Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

エールを

2017年09月28日 | Weblog
自分に誇りを持てない人もいると思います。
辛いだろうと思います。

私も誇りを持てなくなれば、
毎日は辛いものになるだろうと思います。

しかし、誇りや自信は、

毎日、少しずつ何かを積み重ねていく以外に、
手に入れることができないものだと思います。

だから自分で勝ち取っていくしかない。

どれだけ成功したところで、
非難や批判に晒されることから逃れられた人は
一人としていません。

それでも人は顔を上げて、
誇り高く生きていかなければならないと思います。

なぜなら、
人は自分の為だけに生きている存在ではないからです。

誰かの思いを受け、
その思いをまた誰かに託し、
世代を超えて生きていく存在だからです。

だから苦しみを
乗り越えていくことができるのだと思います。

全ての人が誇りを持てるように、
また、誇りを奪われなくてすむように、
エールを送りたいと思います。

私自身にも。

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心の持ち方

2017年09月28日 | Weblog
常に、タフで、明るく、思いやりに満ち、
充実した日々を過ごす人がいます。

一方で、

常に、いざこざが絶えない日々を過ごす人もいます。

心の持ち方ひとつで、
人はどちらの人生を過ごすこともできるのだと思います。

ただし、
そのための修養を積むことや、
心を磨くための努力をすることが
大前提ではあります。

人は正しく物を見、
正しく心を持てば、

困難を乗り越え、
充実した日々を過ごすことが
必ずできる存在だと私は思います。


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私の目指す教育

2017年09月27日 | Weblog
本当に人が育つかどうか、
私にはよくわかりません。

ただ、心を込めて、共に学ぶだけです。

人は効果がありそうに思えることにお金を出します。

全く効果の無いサプリにも大金を投じていきます。
効くと信じれば、それでも良いのです。

一時的に気分が高揚する、
カンフル剤のようなものにも需要はあります。

しかし、私は、
そうした教育を良しとしたくはありません。

人が成長すると言うことは、
実に地道な一歩一歩を重ねることだと
知っているからです。

だから本当に効果のあるものを。
本物の教育を作り続けたいと思います。

それは、険しく厳しい道程でもあります。

しかし、

正直で居られることは、
一方で、
心安らかな道を歩くことでもあります。
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体験

2017年09月26日 | Weblog
人間の成長にとって、
確かに体験が大切なのですが、

その体験から普遍性を抽出する力も、
教育にとっては大切なことだと思います。

一人の人間が居て、
その体験を語った時に、

そこに普遍性を感じなければ、
人は範としようと思いにくいからです。

「へー。・・・。」と言って終わるのか、

「へー、なるほど。じゃあ、私はこうしてみよう。」
と思うところまでたどり着くのか。

そこに大きな違いがあるのだと思います。

それは、誰のために語っているのかという、
心の持ち方によって変わってくるのだと思います。
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辟易すること

2017年09月25日 | Weblog
難民と武装難民は違う。
対処の仕方も当然異なる。

それを敢えて混同し、
政治家を非難するマスコミにはウンザリする。

というより、
犯罪レベルの悪意だと思う。

国民の言葉に対する感覚が
鈍っているのを良いことに、
詐欺まがいの世論操作が行われるような
国であってはいけないと思う。

それは最低限の良心だと思う。

また、

政治家の離合集散が行われるのは、
世の常かも知れないが、
右顧左眄している人たちに対して
どうも嫌な感覚がある。

顔が良くないのである。
信義を重んじ、
国家を担う覚悟のある顔つきが
見当たらないと感じるのだ。

戦後世代の多くは、
頭で物を考えることしか学ばなかった。

胆力を鍛えることの大切さには
意識が行かなかったのだろう。

だが、頭で考え抜いて、
最後に判断し決断し実行するには、
信念や胆力が必要だ。

胆力は顔に出る。
誠実さも同じだ。

現状に歯ぎしりしながら、
未来に向けて、
プリンシプルをもった人間を
育てていこうと強く思った。






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怒る教育

2017年09月23日 | Weblog
怒ると叱るの別は措くとして、
やはり怒る教育は
対処療法に過ぎないのだと思います。

先生に叱られるからやめるというのは、
その行動の問題点を心から理解し、
改善しようと思っているのではありません。

だから一向に改まらないのです。

また、
自分で自分の行動を改善するという
意志や主体性は一向に育たないのです。

だから過ちは繰り返され続けるのです。

確かに叱れば、
教師は教育している気になることができます。
少なくとも何もしなかったのではない。

それに集団の人数が多ければ、
指導の時間も限られてきますから、
それが最善の方法だとも言えます。

しかし、長い目で見れば、
あまりよろしくない方法であり、

少なくとも、
個々の生徒の主体的行動変容を
生み出すことにはなりません。

それを教育だと思うしかない今の現状は、
誠に嘆かわしいと言うほかありません。

どうすれば、
その状況を変えられるのか。

ちょっと考えてみたいと思います。
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エクスプレッションアカデミー

2017年09月23日 | Weblog
昨日の第3講座にも多くのご参加をいただき、
本当にありがとうございました。

心より感謝申し上げます。

そして、学ぶべき事は多いと、
学問の道半ばであることを痛感しました。

謙虚に、
人としての自分を磨いていきたいと思います。

お酒もお料理も美味しかったです!

人生の中の大切な一日でした。


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紙一重

2017年09月21日 | Weblog
世の中には仕事ができない人がたくさんいます。

世の中には心を病んでしまう人がたくさんいます。

私は、そうした人たちを、

人ごととして笑えないのです。

笑っている人たちを見ていると、

私はとても悲しくなります。

そして何とかしなくてはと思い始めます。

そうした人たちが成長していく姿を見ることは、

私の喜びであり、

大きな価値のあることだと思うからです。

私の仕事だって、たかが知れています。

人を笑えるほど偉くはないのです。

しかし、

自分に救う力量が無いのも事実です。

だから、

悲しむしかありません。

嘆くしかありません。

そして、

祈るしかありません。

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見果てぬ夢

2017年09月20日 | Weblog
日本の教育をより良いものにする。

それが私の志です。

それは、
私自身の教育力を高め、
教育的影響力を高めていくしかありません。

私も既に55歳です。

1つの事を成し遂げるのには、
10年はかかりますから、

今、やろうとしていることが、
人生最後のチャレンジになるのかもしれません。

いや、やりたいことは沢山有ります。
とにかく、考え抜いて、熟慮断行。

それしかありません。





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美夜古寺子屋

2017年09月18日 | Weblog
今日は美夜古寺子屋での講演会でした。

バッカーズ寺子屋の思いを汲んで、
JCのOBが中心となって、
地域で設立された寺子屋です。

昨年八期生が巣立っていきましたが、

今年は支えていらっしゃるメンバーが
忙しすぎて、ちょっと一休みです。

それにしても、卒塾生の皆さんは、
素晴らしく成長した姿を見せてくれました。

本当に嬉しかったです。

こうした学びの場が、
全国各地で展開できるよう、
私はサポートしていきます。

この学び舎は必要なのです。

私はそう確信を持っています。



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