Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

志の教育

2015年11月25日 | Weblog
本日、専門学校での「志の教育」のモデル授業、
全8講座が終了しました。

皆様と共に、素晴らしい時間を過ごせました。

第8講座は、これまでの講座で、
「感じたこと・気づいたこと・学んだこと」であり、
「自分自身の志」を語るということでした。

学生の皆さんのスピーチは本当に素晴らしかった!

自分の言葉で思いを語っていた、
その成長の姿に本当に驚きました。

そして、自分のつらい過去を語り、
それを乗り越えようとしている勇気に感動しました。

そのスピーチの深さには、思わず涙が出ました。

素晴らしい皆さんと共に学ばせていただいたことに、

また、その時間を共有させていただけたことに、
心からの感謝を申し上げます。

どうか、恐れずにチャレンジし続けて下さい。

人の痛みの分かる優しい人になって下さい。
同時に、痛みを救える強く明るい人になって下さい。

皆さんなら必ずできます!

今もまだ、素晴らしい時間の余韻が残っています。
本当にありがとうございました。
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正邪の秤

2015年11月23日 | Weblog
場面場面で切り取って見れば、
邪なことがうまくいっているように
見えることもあるのだと思います。

しかし、
正邪の秤は、
必ず正しい所に落ち着くものなのです。
天秤の動きとはそうしたものです。

私が私利私欲のために行動しているのであれば、
きっと上手くいかなくなることでしょう。

しかし、そうでなければ、
仮に、一時的に騙されたり、
人に利用されることがあったとしても、

時がたてば、
正邪の秤は正しい位置に戻るのだと信じています。

それは、
社会のため、未来のために、
真摯に尽くそうと努力を重ねる人間に、
天は必ず報いてくれるからです。

人間であっても、
心の目が曇っていなければ、
私利私欲のために行動している人と、
公のために尽くそうとしている人との区別はつきます。

今まで振り返ってみて、
「私心なかりしか」は、
私の行動の一つの指針です。

色々な非難があったとしても、
心静かに、その非難が、
どのような心から出てきたものかを考えれば、

答えは自ずと見えてくるのだと思います。

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理解

2015年11月23日 | Weblog
理解していただくことは、
なかなかに困難なことだと思います。

私が講演や研修で語ったことの
いったいどれほどの部分が、

本当に私が心から思っている意味合いにおいて、
聴いて下さった人の心に届いているだろうかと思うと、
心胆を寒からしむるものがあります。

勿論、
それは伝える私の力の不足でもあり、
迫力の足りなさでもあります。

更に言えば、
信ずるものの違いというか、
見ている世界や、目指してる世界の違いでもあると感じます。

そうした誤解も突破していくだけの、
迫力と繊細さを持ち合わせていこうと思います。



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ネガティブな発言

2015年11月18日 | Weblog
ネガティブな発言は、
最悪の事態を想定して、
良い忠告をして下さっていると受け止めて、
感謝します。

しかし、

想定して下さった最悪な事態は、
ネガティブな発言をする人の元に、
形を変えて訪れることを、
私は如何ともすることができないというのも事実です。

なぜなら、
ネガティブな発想をするから、
ネガティブな言葉が生まれ、
ネガティブな行動となり、
ネガティブな事態が引き起こされるのが原理原則だからです。

心の習慣が生み出す、
負の循環に気づくことが大切なのだと思います。



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逆境の中で

2015年11月17日 | Weblog
逆境にある人に、
どのような言葉をかけることができるか。

また、

どのような行動をとることができるかで、
その人の器の大きさや誠実さがわかります。

どこに本当の思いがあったのかは、
誤魔化しようもなく伝わってくるものです。

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蚊のたかってくるように

2015年11月17日 | Weblog
「蚊のたかってくるように、
用のたかってくる人にならなければいかんよ。
役に立つ者は用に追いかけられるが、
役に立たん者は用の方で逃げてゆく。」(渋沢栄一の言葉)

この言葉は渋沢栄一が口癖のように言っていた言葉だそうです。

「バランス良くみんなで仕事を割り振って・・・」
というのは理想論であって、
現実にそうは成らないものです。

仕事に命を賭けておらぬ人に頼んでも、
いつまでたってもその仕事はできあがって来ないし、
仕事と気がつかないから、やるべき事も見えては来ないのです。

必然的に仕事はできる人、責任感の強い人、
向上心のある人の所に集まってきます。

「私に言ってくれたら・・・。」と言っている時点で、
もう誰も仕事を頼みはしないのです。

・・・と、仕事を抱え込んで悩ましいところを、
何とか脱却しようと一歩一歩頑張っています。

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真善美

2015年11月11日 | Weblog
今は、あまり語られなくなった言葉ですが、

真・善・美 は、やはり大切だと思います。

大人になるということは、
それらの価値を
冷ややかに眺めるようになるということでは
断じてないと思います。

私はそう信じています。
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美しい心を

2015年11月11日 | Weblog
仕事ができることも大切です。
お金持ちであることも良いことです。
美人であることも良いことだと思います。

しかし、それらのことは、
心の美しさとは必ずしも一致しない。

私は心の美しい人が好きです。

私利私欲が好きな人とは馬が合いません。
噂話や陰口や悪口が好きな人とも馬が合いません。

良い悪いではありません。

ただ、馬が合わないだけです。
価値観が違うだけなのです。

価値観が違っていても、
全ての人が幸せになればよいと心から思います。

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大義を心に留める

2015年11月10日 | Weblog
大義がなければ、

些末なところに目が向き、
些末な視点での判断となってしまいます。

喜びも、悲しみも、怒りも、
それはどこから湧き出て来ているものなのか、
常に自問自答していきたいと思います。

自分の損得や、
つまらぬ意地や、
他との比較から生じる感情ではなく、

良き大義を持ち、
それに照らし合わせての、
怒りや、悲しみを持ちたいと思います。

そして、
大義と合致してこその、
大きな喜びではないかと思います。
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念じ続ける

2015年11月08日 | Weblog
念じ続けていれば、

いつかそれが実現していくのだと、
この歳になって感じています。

困難もあり、
逆境もあり、
油断もあります。

時には、
道が行き止まりだと感ずることもあります。

しかし、
思い続けている限り、
少しずつ、その方向に向かっていくのだと思います。

時に道が見えなくなったように思えても、
念じ続けている限り、
実現に向かっての歩みは止まっていないのだと思います。

だから、善きことを念じ続けなければなりません。

思いがかなうのであれば、
やはり、善きことを思い続けることが大切で、

その思いとその実現に対する疑念は、
自分自身のパワーを削ぐことになります。

だから、
「思い続ける」という、
その一事を大切にしたいと思います。

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