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プラトン『国家(上)』

2018年04月09日 22時31分15秒 | 文学
プラトン『国家(上)』(岩波文庫)を読んだ。
正義について考えるのに一個人の正義について考えるよりは、より大きな国家の正義について考えるほうが考えやすいという理由から国家について考えるのであるが、途中僕としてはどうでもいいような話も続き、長いので最後まで読めるかどうか不安になる。
正義というのは、それぞれが自分の仕事のみを行い、他のことを行わないことだというような話があり、「いったいそんなことがあるだろうか」と思いはするのだが、アデイマントスやグラウコンたちはそんなふうな疑問は口にせず、「ゼウスに誓ってそのとおり」とかぬるいことを言っている。
時代が違うから仕方がない。
立派な人の子どもはたくさん作って、そうでもない人の子どもはあまり作らせないように、というようなちょっといまでは誰も口にできない思想も平気で言ってしまっている。そういうのが古典を読むということだ。
女や子どもをみんな共同にしてしまえば、男たちが「自分の」妻とか「自分の」子どもとか「自分の」領地みたいなことを言わなくなって、国家が一つにまとまるというのもものすごい思想だと思う。いまでは誰も言わない。
誰も読んでいないから名著として売られていても問題にならないのだろう。
今後どのように展開していくのか楽しみでもあるのだが、いったい僕はこの本をどういうように読めばよいのかよく分からない。まだプラトンとの付き合い方がよくわからない。
口の悪い、ざっくばらんなおじさん(イメージで言えば立川談志のような)がいて、よく知り合う前に、一体この人の言うことは本気なのか、すべて冗談なのか、頭が悪いだけなのか、判断できかねるという時期があるものだが、プラトンについてはそんな時期に当たるのかもしれない。

今後しばらくプラトンを読んでいくつもり。
まず家にある本を読む。
『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』(新潮文庫)
『饗宴』(新潮文庫)
『テアイテトス』(岩波文庫)
『ゴルギアス』(岩波文庫)
『メノン』(岩波文庫)
『パイドロス』(岩波文庫)

それから持っていない本を買って読む。
『プロタゴラス』(岩波文庫)
『法律』(岩波文庫)
『アルキビアデス クレイトポン』(講談社学術文庫)
『ラケス』(講談社学術文庫)
『リュシス』(講談社学術文庫)
光文社古典新訳文庫にもいくつかあるのだが、岩波文庫にあるものしかないので読まない。あと、この文庫は解説が長過ぎるのであまり買う気がしない。そんなに長々と訳者解説を読むものかなと疑問に思う。

それからいくつか入門書。
藤沢令夫『プラトンの哲学』(岩波新書)
竹田青嗣『プラトン入門』(ちくま学芸文庫)
R.S. ブラック『プラトン入門』(岩波文庫)
クセノフォーン『ソークラテースの思い出』(岩波文庫)
アラン『プラトンに関する十一章』(ちくま学芸文庫)
こういう本を読んでしまうと、分かった気になったり、個々の作品を読むのが面倒になったり、あまり良いことはないので気をつけて読みたい。

プラトンを読むことにどういう意味があるのかいまだによく分からないのだが、ずっと読まれ続けているものだし、なにか良いことがあるのだろう。
少なくとも哲学書のなかでは、何を言っているのか分かりやすいほうではある。


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