神奈川の大井戸

2023-01-02 00:00:05 | 歴史
東神奈川にある宗興寺は、ヘボン博士が診療所として使っていたことで有名で、博士の碑まであるが、隣接した場所には「神奈川の大井戸」と言われる井戸が保存されている。

江戸時代には東海道の名井戸として宗興寺よりも有名だった。寺のことを大井戸寺と言っていたらしい。現在では海岸からは相当離れているが、昔ながらの漁具の店や海運関係の建物も多く、江戸時代はほぼ海岸だった場所だ。丹沢水系の地下水がここまできていたのだろうか。



江戸初期には徳川将軍が宿泊するための「神奈川御殿」がそばにあり徳川将軍もこの井戸の地をたしなんていたそうだ。

そして、井戸の水量の増減で翌日の天気を知ることができると言われ「天気井戸」とも呼ばれていた。



おそらく地下水の末端で水圧が低く、気圧の変化で水脈の水流が変わっていたのだろう。そいうところからも丹沢水系のような気がする。

なんとなく、現代の「道の駅」の名産品を想起させる。


ところで神奈川宿付近にあった徳川将軍専用の御殿はどこにあって、どうなったのだろうか。残念ながら正確な場所は特定されていないが、東神奈川駅の横浜寄りにすぐのところにあったのは間違いないらしい。諸説あるようだが1622年に設営され、1655年に解体されたとも言われる。秀忠、家光は宿泊している。

ではなぜ解体されたのかは記録がないそうで、勝手に解釈すると将軍が江戸市外にあまり行かなくなったのではないだろうか。何しろ、危険がある。由井小雪のクーデター(慶安の変)が起きたのは1651年だ。

また、幕府の財政も悪化していて、1657年の明暦の大火で燃え落ちた江戸城天守閣も再建をあきらめることになる。

そういうことで神奈川宿はなくなったが、その理由についてはマル秘にされたのではないだろうか。

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