将棋名人戦の争奪戦の勝者は?(毎日VS朝日)

2006-04-15 06:51:44 | しょうぎ
折から、第64期名人戦7番勝負(森内名人対谷川九段)が始まったのと同時に、「将棋名人戦」そのものの争奪戦が始まった。現在の主催権のある毎日新聞を攻めるのが朝日新聞である。原因は契約金。将棋は白黒の出るゲームであり、名人戦争奪戦も引分けは考えられず、どちらかに決まるわけだ。

攻められる毎日新聞は、経緯についてこう書く。(毎日新聞 2006年4月13日 東京朝刊)

「毎日の名人戦」守ります=東京本社編集局長・観堂義憲

日本将棋連盟は名人戦七番勝負が始まる直前の3月末、毎日新聞社に対し、「来年度以降の名人戦の契約を解消する」と通知してきました。連盟が12日の棋士会に報告して公になりましたが、ここに至るいきさつと毎日新聞社の考えを読者の皆様に明らかにしたいと思います。

将棋界で最古の伝統と最高の権威をもつ名人戦は、1935年に毎日新聞社が創設したものです。いったん朝日新聞社の主催に移った時期もありましたが、77年からは再び毎日新聞社の主催に戻り、将棋連盟と協力して運営してきました。私たちは、名人戦の単なるスポンサーではなく、将棋連盟とともに最高のタイトルを育ててきたという自負があります。

ところが、通知書の郵送に続いて来社した中原誠・将棋連盟副会長は「長い間お世話になり、感謝している。名人戦の運営には何の問題もなく、あのような通知書を出して恐縮している」と切り出しました。

なぜ契約解消なのでしょう? 中原氏によれば、朝日新聞が高額の契約金や協力金を示し、名人戦を朝日新聞にもってくるよう強く要請しているから、というのです。

毎日新聞は将棋連盟と名人戦の契約書を交わしていて、これには来年度以降も契約を継続する、と明記しています。ただし書きで「著しい状況の変化などで変更の提案がある場合は両者で協議する」となっています。

「著しい状況の変化」とは、たとえば将棋連盟から棋士が大量脱退して経営が立ち行かなくなったとか、毎日新聞が契約金を払えなくなった場合を意味し、他社の新契約金提示などの介入はそれには相当しないというべきでしょう。連盟に通知書の撤回を求めます。

毎日新聞は名人戦の契約金を将棋連盟の要請に応じて徐々にアップしてきました。このほか王将戦をスポーツニッポン新聞社と共催しており、合わせて年に4億円以上の支払いをしています。

関係者によれば、朝日新聞が将棋連盟に提示した条件は年間5億円以上を5年間払う、というものです。日本の伝統を大切にする将棋連盟が信義よりも損得を重視するのでしょうか。

30年前、朝日新聞と連盟の契約交渉が決裂しました。この時は、連盟がそれを公表したことを受け、毎日新聞は復帰交渉に入ることをあらかじめ朝日新聞に通告したうえで連盟と契約しました。毎日新聞はきちんと手順を踏んだのです。

ところが今回の契約解消通知は、私たちにとりまさに寝耳に水でした。将棋連盟から契約金の値上げなど契約の変更要請は一切なく、朝日新聞からはいまだに何の連絡もありません。長年、共同で事業を営んできて、しかもその運営には何の不満もなかったパートナーに対して、社会通念上も許されない行為と言えるでしょう。

毎日新聞は全国の将棋ファンのためにも、名人戦を今後も将棋連盟とともに大切に育てていきたいと思います。


要するに、毎日新聞によれば、3月末に将棋連盟を代表して中原誠副会長がやってきて、「朝日が、もっと高い契約金を払うので、毎日との契約は終了!」と宣言されたのだが、これは契約違反だ、と言っているわけだ。そして、あとは信義上の問題を提示。長く付き合ったのにひどいじゃないか・・ということだ。

一方、朝日新聞側の報道は次の通り。2006年04月12日21時03分ASAHI NET

名人戦「契約更新せず」 将棋連盟が毎日新聞社に通知

日本将棋連盟(米長邦雄会長)の理事会は12日、東京・千駄ケ谷の将棋会館で開かれた「棋士会」で、将棋名人戦に関する毎日新聞社との契約を来年度以降更新しないとの方針を示した。同時に、朝日新聞社から新たな契約条件の提示を受けていることを、所属棋士に明らかにした。

名人戦契約とは、名人位決定戦とそれに付随する順位戦の棋譜を新聞社が独占使用する権利。連盟は毎日新聞社と3期ごとに名人戦契約を更新してきたが、同連盟理事会の経営諮問委員会が赤字対策として、昨年夏、朝日新聞社に契約移管を打診。朝日新聞社は今年3月17日付で新たな契約条件を提示した。これを受け理事会は第66期(名人戦は08年度、予選は07年度)からの更新を打ち切る方針を決め、3月末、毎日新聞社に通知した。5月末の棋士総会で最終決定する予定。

同連盟の西村一義専務理事は「理事会としては将来のことや連盟の財政事情を考え、決断した」と話している。

名人戦は、1935年に世襲制から実力制に移行し、第1期から第8期まで毎日新聞社、第9期から第35期まで朝日新聞社、第36期からは再び毎日新聞社が主催し、新聞に棋譜を掲載してきた。

毎日新聞社社長室広報担当は「日本将棋連盟会長から事前協議なく届いた第66期以降の契約解消通知は、法的・手続き的に問題があり、信義にもとると考えています。毎日新聞社としては撤回を求めており、第66期以降も日本将棋連盟との契約は継続するものと理解しております」とのコメントを出した。

〈朝日新聞社の荒木高伸広報担当・社長室長の話〉 日本将棋連盟理事会の諮問機関である「経営諮問委員会」から、昨年夏ごろに「名人戦をやるつもりはないか」と打診をいただきました。名人戦は長年にわたって要望してきた棋戦であり、弊社の考え方を理事会にはお伝えしてあります。現時点では、日本将棋連盟と毎日新聞社との話し合いの行方を見守りたいと考えております。もし主催させていただけるなら、将棋の普及・振興に一層力を入れていきたいと考えています。


こちらの記事によれば、名人戦の移管時期はあと1年後になるわけだ。前回(第36期)の移籍時には、将棋連盟と朝日新聞の契約交渉がこじれ、結局、毎日新聞が引き受けるまで1年間のブランクが生じ、各方面に多大な損失が発生したことからの反省なのだろう。

そして、朝日の書き方では、朝日が仕掛けたのではなく、「名人戦を主催したいと前から思っていたところ、運良く将棋連盟から誘いの言葉があって、対価を決めた」というように自分を悪者にしないようにしている。


ここで、将棋界(男子棋士)のタイトルについて書くと、七大タイトルというのがある。竜王・名人・王将・王位・棋聖・王座・棋王

このうち、竜王(読売)・名人(毎日)・王将(スポニチ・毎日)・王位(東京新聞等地方紙)が7番勝負。棋聖(産経)・王座(日経)・棋王(共同)が5番勝負ということになり、卑しい話ではあるが、タイトルの序列も契約金の順になっている。朝日は名人戦を毎日に奪われた以降タイトル戦を持っていない。密かに狙っていたのは間違いない。何しろ発行部数では読売1000万部、朝日800万部、毎日400万部ということで、毎日が名人・王将と由緒あるタイトルを二つ持って、朝日がゼロというのはバランスからいっても奇妙である。

では、両者が発表しているように、3月になってバタバタと話が進んだのかというと、まったく違うのだろう。名人戦の朝日への移籍論は私が知っている限り10年ほど前からずっとくすぶっていた。要するに「おカネ」の話。基本的には読売と将棋連盟の間の、最高額で最高タイトルという「竜王戦」との関係もあるのだが、毎日から名人戦を高額で朝日に移管すると、半自動的に読売との契約料も上がるわけだ。さらに、毎日新聞が持て余している王将戦をリニューアルして権威を上げ、毎日にも顔を立てれば、毎日からの収入減もなくなり、大増収が期待できるわけだ。機を窺っていたのは確かだろう。

そして、今回の問題が具体的に表面化したのは、おそらく3月初旬だったのではないだろうか。実は、将棋連盟会長米長邦雄氏が公開しているさわやか日記というまったくさわやかでなく生臭い日記の3月18日の項に以下の危ない内容が書かれていたのに気付いていた。朝日の記事からいえば、前日の17日に朝日から将棋連盟に契約金の提示があったはずだ。

3月18日(土)20時26分28秒
大阪から内藤國雄関西本部長が来ていました。「中原さん、内藤はんとコーヒーどうですか」久し振りに3人でコーヒー。将棋界の現状や昔話に花が咲きました。

読売新聞社・小田次長来訪。
新しく創設した「経営戦略本部」についてご高説を乞いました。とにかく一番先に相談するのは読売新聞社です。

夜は朝日新聞社の鈴木文化部長と会いました。とにかく二番目に相談するのはこの人です。朝日アマ名人戦の前夜祭。会長挨拶をしました。将棋、特にアマチュア棋界にご尽力の朝日新聞社に感謝します。

夜9時からは毎日新聞関係者に面会。とにかく酒ですね。デジタル社会への進出について各社に協力を求めました。

今日は14時間半勤務でした。


つまり、読売・朝日・毎日に順番をつけているわけだ。一番が読売というのはあまり問題ない発言だが、二番が朝日、というのがミソである。

この三社との話をよく考えると、読売には「今度、名人戦が朝日に変わり、契約料が上がるので、読売さんもアップよろしく」ということだろう。朝日の部長とは、「こまかな条件の確認」を行う。管理費が高いとか値下要求していた毎日とは、「まあ、色々ありますが、きょうは酒にでもしますか」と肩透かし、ということなのだろう。


実は、棋士の登場する方の名人戦七番勝負は4、5、6月と3ヶ月内では終わるのだが、名人戦獲得一本勝負の方は1年間、ダラダラと続くのであろうと予想される。しかし、もともと先読み型思考の人間たちの集まりである将棋連盟には、何か秘策があるのではないかと思って、米長さわやか日記を辿ってみると、3月14日の記載で以下のエントリがあった。

昨日の会長挨拶は大いなる波紋を広げました。お世辞を言って下さったのはマスコミの管理職や協賛会社の人達です。
戸惑ったのはプロ棋士、女流棋士、現場の担当者。大別するとそうなります。契約金や協賛会社に対して費用対効果を堂々と持ち込んだのは初めてでしょう。

女流棋士諸君。よく意味をかみしめてや。

今日は弁護士や教育関係者と何人かに個別に会います。


この1ヶ月前頃から、米長会長は女性棋士会の代表たちと頻繁に会合をもっている。私の勘ではあるが、主催者が今一つはっきりしていない女流名人戦などの大型女流タイトル戦を毎日に渡すことなどでバランスをとろうとしているのではないだろうか。


実は、今回の主催紙移籍騒動の前兆をかなり前に予想していたエントリがある(と手前ミソに)。
昨年5月の対局で、元名人である加藤一二三九段が、「待った」をした、6月に処分された事件について触れた弊ブログ2005年06月13日「待った大王」処分は陰謀か?である。文中の後半で朝日=米長密約陰謀説を書いている。

この加藤一二三氏、朝日新聞派なのである。現在は不明だが、以前は朝日の嘱託であった。昭和52年に発生した名人戦移籍紛争で名人戦の主催権は朝日から毎日に変わった。それ以後、朝日は大タイトル戦を持つことがなく、常に巻き返しのスキを狙っていたわけだ。そのため、棋界内部に朝日派を拡大すべく、長く加藤氏を支援していたわけなのだが、もう彼の、内部での力はまったくなくなり、将棋連盟会長には、宿敵、米長邦雄氏が座ってしまったわけだ。

それでは、米長氏が毎日派かと言うと、そういうわけではないはずだ。できれば財政困窮の折り、スポンサーとして、今度は、名人戦を毎日から朝日に移籍することを思い描いている可能性はあるだろう。となれば、この事件は、どうも将棋連盟と築地新聞が「絶好の機会」と「加藤斬り」で新局面を狙ったものではないかと睨んでいるのだ。つまり「捨駒」だ。


つまり、朝日が送り込んだシンパである加藤一二三氏が棋士間では全く人望のない(敬虔なクリスチャンであり、勝負に負けそうになると将棋連盟ビルの屋上に出て讃美歌を歌い、神に祈るという逸話もある)ことから邪魔になり、排除したのだろうという推測である。


ところで、毎日新聞の論を支持する気もないが、すべての基準が「カネ」であり、それもマスコミという主催者に頼るという構造では、果たして、将棋ファンは納得するのであろうか。それより、平日深夜とか週末にネット上で対局中継でもした方が、よほど未来的指向だとは思うのだがどうなのだろう。

追記1:本質的問題は、朝日がいいのか毎日がいいのか、ということではなく、そこまでして収入アップをはからなければならない将棋連盟の収益悪化なのだろう。そして、その原因は社会構造の変化に対応できない硬直性と棋士の怠慢にあると考えられる。

追記2:将棋連盟からHPにアップあり。契約は3年単位の自動延長条項がついていて、契約期間終了の1年前通知が義務付けられていたところから、3月31日までに意思表示をしたものとの内容である、とのこと(契約内容を開示してもいいのだろうかとは心配だが有効期間位はOKかな)。
名人戦についての交渉経緯

皆様からお問合せの多い名人戦交渉の経緯についてご説明いたします。
昨年夏、日本将棋連盟理事会は外部の有識者による経営諮問委員会を設置しました。委員会からは、現在の財務状況改善、将来の展望等々ご意見を承りました。その中でタイトル戦見直しの話があり、名人戦を朝日新聞社に主催させてはどうかと提言がありました。朝日新聞社は30年来名人戦主催を熱望していることから、委員会のメンバーが朝日新聞社に打診しました。
委員会が仲介する形で朝日新聞社との交渉を開始しました。3月17日に朝日新聞社から正式に申し入れ書を受け取り、将棋連盟は毎日新聞社に対して契約の自動延長をしないという申し入れをしました。(申し入れないと第66期から第68期まで自動的に契約が更新される。契約変更は一年前の3月31日までに申し入れなければならない)
日本将棋連盟は契約書に則って毎日新聞社と交渉中です。
なお、現在行われている第64期名人戦(森内-谷川)に続いての第65期名人戦は毎日新聞社主催で行われることは間違いありません。
2006年4月14日 日本将棋連盟理事会

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2 コメント

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なかなか大胆な意見 (通りすがり)
2006-04-15 12:36:45
スポンサーあっての棋戦。名人戦もその一つ。

記事の途中に出てくる貴方の意見、なかなか大胆で十分に参考になると思った。



ちまたでは(ブログ等)、毎日、朝日に対する感情論だけで意見を述べている低レベルなコメントにうんざりする。連盟はじめ関係者の意向がまったく無視された内容で、問題の核心が見えていない。



時々立ち寄るかもしれません。よろしく。
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Unknown (とも)
2006-04-17 08:08:13
加藤九段が歌うのは、



負けそうになってとかでなく、



対極前の朝からとか、昼休みからですよ。
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