恩田陸著の名作『蜜蜂と遠雷』の映画化。書籍は文庫で上下巻。こども時代から波乱の多い人生を送った4人の新人ピアニストが、コンクールの場で再会する。
本当は本を読んでから観る方がいいのだが、映画では、すべてをコンクールの直前の時間に圧縮し、その中で、過去の追想がはさまれる。
ピアノの映画は難しいというのは、コンクール出演レベルの俳優などいないからで、そうなると観ている方は、代役だと思うわけで、海外の有名映画でもそういう感じがする。
本作では主役の4人に体型や顔の感じが似ているピアニストを起用していて、代役感をきわめて低く抑えている。
コンクールや、全国大会を目標とする各種ストーリーというのは音楽やスポーツにとどまらずたくさんあって、それが全国大会優勝とか県代表とか、初勝利とかレベルが上から下まであり、通常は、ごく普通の少年少女が努力や運の積み重ねで到達するというパターンが圧倒的に多いが、この映画は少し異なっていて、そもそも才能の固まりの人間たちが、色々な都合で、練習もできないなか、なんとか、元ある力を取り戻すというような組立になっている。
テストの点数に例えるのはあまりふさわしくないが、100点満点で「40点程度の実力のこどもが必死に勉強して80点に到達した」というのではなく、「ずっと100点を続けていたのに、家の都合やヘボ教師のため、長く勉強できずに70点ぐらいまで下がったが、状況好転し、ついに100点に復帰した」というような流れだと思う。
題名の『蜜蜂と遠雷』だが、蜜蜂関係者が優勝し、準優勝者は遠雷関係者ということ。
劇中の音楽(ピアノ曲)だけを聞くためには、いわゆるサントラ盤があるのか調べると、普通のサントラだけではなく、登場した俳優ごとにその代役ピアニストが演奏したCDがあるようだ。つまり何種類もある。そういう例を聞いたことはなかった。ただ、それはそのピアニストがバルトークやプロコフィエフの曲を弾いているだけとも言えるし、ちょっと考えてみる。
ありがとうございます。人が死ぬのはどうもですが。