ガソリン税の話

2008-01-22 00:00:22 | 市民A
45c2d995.jpgまさか、ガソリン税が政局になるとは思っていなかったが、もしかすると、政権投げ出しのキッカケになるかもしれない。実際は暫定税率問題は、これだけではなく、逆に税額が減少する暫定措置も多い。石油関係では石油化学用のナフサの石油税(2円/L)の免除とか、なくなれば、日本の石油化学産業は壊滅するはず。まさか免税措置がなくなるとは思っていないから黙っているのだろう。同様に、軽油の暫定措置(こちらは17円/Lの上乗せ)もある。もともと巨額な税源が「暫定措置に依存している」という危うい財政構造だったことが露見してきたとみることもできる(俗に言えば、ボロが出た)。

しかし、このガソリン税の問題というのは、百家争鳴問題で、立場によって言うことはまったく異なる。要するに、払う方の問題と使う方(道路特定財源)の問題が混在しているのでわかりにくい。

とりあえず、払う方の問題から考えてみる。

まず、税金単価だが、ガソリンは53.8円/Lと言われるが、実は、悪名高い「タックス・オン・タックス」制度があり、このガソリン税にさらに消費税が上乗せになっている。つまり、53.8円/L×1.05=56.5円/L。一方、軽油税には、なぜか消費税がかからないため、32.1円/Lである。また、主にタクシーの燃料である石油ガス(ブタン)には9.8円/Lの税金だが、石油ガスはガソリンより燃費が悪いため、ガソリン換算すると14円/L程度になる。

そして、戦後直後にガソリン税が導入された時には、まだ、代替燃料車(アルコールなど)というのがあって、それとの価格差を調整するという名目だったわけだ。その後、道路整備のための目的税ということになる。軽油については、奇妙なことに、ガソリンとの不平等感というところから税金が導入される。軽油税の方がガソリン税より安い理由は、一にガソリンは個人ユーザー主体なので、取りやすい、ということに尽きるだろう。軽油ユーザーは主にトラック事業者であり、トラック協会を作って、一時、道路族をしのごうかという強力組織だった。そしてタクシー業界には、国際航業のO氏をはじめ、これも強大な政治勢力が抵抗していたわけだ。

そして、グラフ化してみると、昭和49年あたりから、税金がぐんぐんと増えている。要するに、田中角栄氏の訴える所得倍増計画により全国に高速道路網を充実させる、という命題だった。さらに、軽油については、1993年に最後の増税が行われているが、東京佐川事件勃発によりトラック協会が壊滅的打撃を受けた隙に道路族が新財源を勝ち取ったことによる。

その結果、まったく不合理、不平等の税金体系ができあがったわけだ。もっとも、ガソリンを下げて、軽油やタクシーを上げようとしても政治献金や御用学者、御用ペーパーが反対して、どうせ何も変わらないだろうとは簡単に想像がつく。

それで、ガソリン税を下げると環境負荷が増す、というのは本当なのだろうか、あるいはそうではないのか、というのは、実際にはかなり難しいことになる。その前に、暫定税率が26円下がると、小売価格がどうなるかということだが、20円程度しか下がらないのではないだろうか。つまり中間業者が値上げ未達で困窮しているわけなのだから、その部分が先取りしてしまいそうだ。では、燃料転換、或いは省エネ効果だが、灯油や重油のような暖房燃料はガスや電気に置き換わりつつあるのだろうが、ガソリンや軽油はエンジンで使われるため、代用燃料があるわけでもない。もともと税金が高いので、無駄に走る人が少ない日本では節約の余地は極めて僅かだろうと思われる。

逆説的に言うと、税率が下がると、価格転嫁が進み、それが産油国の自信を深めることになり、さらに原油価格は上昇に向っていくのではないだろうか。産油国にとってのベストシナリオは、有限資源である原油の生産を増やすことなく売り上げ(つまり原油価格)をつりあげることであり、消費国政府が減税という値上げアシストをすること自体が、まんまと罠に嵌ったことになる。

一方で、原油の生産国の事情を考えれば、しょせんは生産量を引き上げることは、自国の資源枯渇を早めるだけなのだから、好ましくない選択である。したがって価格に関係なく、生産量は変わらない。つまり、日本でセーブしたものは別の国が使うだけなんだから、関係ない、という説もある。


一方で、使う方(道路)に眼を向ければ、日本の道路は高すぎる。だいたい、道路ではなく鉄筋コンクリートの構築物になっている。最後にうっすらとアスファルトを乗せて完成。欧州の高速道路などは、多くは地面の上に、普通の道路のようにアスファルトで道をつくり、せいぜいフェンスで周りを囲う程度だ。地震大国日本はわざわざあぶない空中に道路を作り、脚の補強をする。法外に高くなる。そして、本当に地方がほしいのは、道路ではなく道路工事なのである。つまり、ストックではなくフロー。つまりきりが無いのである。

そして、本当に地方で道路が必要ならば、お上が一旦集金する方法ではなく、中央政府は高速道路と国道建設費分を税金として集め、地方道は各地方ごとに集金すればいいのではないだろうか。必要な道路資金はガソリン税と地方債を発行すればいい。カネが集まらなければ道路を作らなければいいだけだ。


そして、なぜ、土建屋論理がまかり通るのか、ということだが、市民が大人しいからに違いない。今でも東京の霞ヶ関の周辺では、よくデモ隊が騒いでいる。給料上げろ、か、定員数削減反対。たまに聞いていると、教員とか職員とか公務員が多い。ようするに、霞ヶ関に行って、下級公務員が上級公務員に対してゴネているだけだ。市民はデモもしない。

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