▼後ろ姿

血圧を下げる薬を貰いに近所の診療所に行ったら
待合室が高齢者でいっぱいで集団検診らしい。
「大腸ガンの…」などという声が聞こえ
皆最後に検便の道具を渡されている。

「二つありますから別々の日にとって二つ揃ったら持ってきてください」
と薬剤師に言われ「使い方わかりますか?」と聞かれた高齢の婦人が
「わかります、何かにとってから詰めるんでしょう?」と答え
薬剤師が笑って「それは昔のやり方、今のは挿すんです」と言い
ご婦人は「さ、挿すんですか!」と驚いていた。

    【写真】JR清水駅前の臀部。
    撮影日: 07.9.16 4:57:33 PM
    NIKON COOLPIX S10

僕もつられて驚いたせいか、
検便の道具を肛門に挿している姿を思い浮かべてしまい
座薬や浣腸みたいに挿すのはいいけど
挿したときに肛門のあたりに便がなかったらどうなるんだろう…
などと真剣に悩んでしまった。

よく考えたら「とったものを詰める」んじゃなくて「とったものに挿す」のだけれど
「わかりました…」と嫌気がさしたように帰って行ったご婦人の後ろ姿が目に浮かび
本当にお尻に挿して苦闘して居るんじゃないかと心配してしまう。

コメント ( 4 ) | Trackback ( )

【高橋の子どもたち】

【高橋の子どもたち】
 
 

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2007年 9 月 27 日の日記再掲

静岡県清水高橋。
巴川東岸には土俵のある神社がたくさんあり、相撲が今でも盛んなことを最近になって知って驚いたけれど、高橋にも土俵があると聞いていたので見に行ってみた。

北街道沿いにある神明神社の鳥居をくぐってちょっと入った右側に不思議な石があり、「だるま石」と呼ばれるらしい。その石の解説板があったがなかなかふるっているので転記しておく。

■だるま石。
RICOH Caplio R2

明治時代、高橋にたいそうな力持ちが二人いた。
遠藤友蔵、天保十年の生まれ、身の丈六尺、碁盤をつかんでウチワにし、ローソクの火を消したという。
かたや、小田切大吉、嘉永三年の生まれ、米は二俵づつまとめてかついだ。(一俵は六十キロ)またある時は、四十五貫(百七十キロ)のお茶を担って、一人で箱根を越えたという。
この二人が山原の若い衆とカケをした。
「二人で担げェりやァこの石くれてやらァ」
「なにォこんなャ石……」
山原川の奥、中尾から、二人は差しモッコで、意気揚々と担いできてしまったという戦利品。人呼んで「だるま石」という。

登場人物の生まれは江戸時代とはいえ明治時代のお話しで、生年も名前も明記してあるので実在の人物かもしれない。「碁盤をつかんでウチワにし、ローソクの火を消した」という話が妙に可笑しい。きっとおだっくい(お調子者)だったのだろう。さらに続く文章がいい。

この石、戦前は札木の辻(高橋中の三叉路)の火の見の下にあって、子供達の格好の遊び場だった。竹を叩いてオカンジャケをこしらえ、花を小石で潰して色水をつくった。
上面の無数のアバタは何十年、高橋の子供達が石でつついた名残りである。

「オカンジャケ」というのは静岡地方に伝わる竹でつくった郷土玩具である。40 センチ程度の若竹の端 2/3 くらいを叩いて潰し、赤や黄や紫などの色で染めたものである。

■境内の土俵。
RICOH Caplio R2

境内にある小屋掛けの土俵は明治三十七年に作られたもので青年と少年による奉納相撲が今も行われているという。

飲み屋をたたんだあと、子ども時代に戻ったように染め物にのめり込んでいった母も、飯田の悪童と呼ばれて小さいくせに異様に相撲が強かったという叔父も、だるま石で色水を作ってオカンジャケを染め、神明さんの土俵上で飛び跳ねていたのかもしれない。ふたりとも戦前ここで「高橋の子どもたち」として育ったのだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )

【高橋のでんきむし】

【高橋のでんきむし】

神明神社境内にあった貼り紙。
「でんきむし」というものがこの境内にいるらしい。

撮影日: 07.9.22 1:59:59 PM
RICOH Caplio R2

そもそも「でんきむし」というものを知らないのでよけいに怖い。
高橋の子供達は「でんきむし」を知っているのだろうか。

コメント ( 14 ) | Trackback ( )

【和物所】

【和物所】

静岡県清水八坂西町。
北街道沿いに小さな社があり神社の名前は『和物所稲荷神社』という。
「和物所」と書いて何と「あいなんじょ」と読む。

撮影日: 07.9.22 2:06:17 PM
RICOH Caplio R2

どうやら「和物所(あいなんじょ)」という名前は八坂町の小字だったらしい。
曰くありげな地名なので由来をネット検索したら
「和物所」という言葉の奇妙さにネット上で疑問を表明しているのは
僕と栗林デンキの大将だけであることがわかって
またまた地球の端っこで親近感を感じつつ唖然。

コメント ( 6 ) | Trackback ( )

【西友最上階のレストラン】

【西友最上階のレストラン】

清水駅前にある西友の最上階。
西友の最上階には行ったことがないがファミリーレストランにでもなっているのだろうか。
清水相生町にあった花菱百貨店の最上階にもファミリーレストランがあり母親と二人で食事をしたことがある。

撮影日: 07.9.16 5:02:40 PM
NIKON COOLPIX S10

窓際の席に座って窓の外を見たら、当時母と二人で寝泊まりしていた旭町飲食店街にあった店のちっぽけなトタン屋根があり、あの下で暮らしているのかと思って食事をしたら、あまり楽しくなかったのを覚えている。

九月の駅前を見下ろす窓辺でくつろぐ人たちがいる黄昏時。

コメント ( 4 ) | Trackback ( )

【ムーチョ グスト】

【ムーチョ グスト】

ややっ!こんなところにスペイン料理店が……と思って写真を撮ったのだろうけれど、ひとり酔っぱらって散歩して帰る道すがらだったので、場所はおろか写真を撮ったことすら覚えていない。

撮影日: 07.9.22 10:07:00 PM
NIKON COOLPIX S10

場所を確かめて一度入ってみたい。
入るときにはニッコリ笑って

Mucho gusto. Yo soy Masahiko Ishihara !
ムーチョ グスト ジョ ソイ マサヒコ イシハラ!
(ハジメマシテ ワタシハ イシハラ マサヒコ デース)
と言おう。

コメント ( 5 ) | Trackback ( )

【ニンゲンパチンコ】

【ニンゲンパチンコ】

何とかと煙は高いところが好きという言葉通りなので、道路を横断するのに歩道橋を渡るのは嫌いではなく、どちらかというとうきうきとしたりする。

■これは西友のあるブロックの穴。
撮影日: 07.9.22 9:51:00 PM
FUJIFILM FinePix Z3

静岡県清水駅前。
国道1号線が駅前でかくっと折れる交差点には横断地下道があるが、静鉄のバスターミナル前から西友側への横断歩道がないだけで、他の3カ所は信号待ちが嫌でないなら地上の横断歩道を渡ることができる。

癪なことに静鉄バスターミナル側から西友側に渡る機会が最も多く、仕方なし地下道への階段を下りるときはパチンコのハズレ玉になったような気がする。
カランコロコロ……

コメント ( 0 ) | Trackback ( )

▼カレー南蛮百連発



蕎麦屋に行くとカレー南蛮ばかり食べていたという母が
おそらく静岡県清水で一番多く通った店。
母にその店のカレー南蛮の味を聞いたら
「子どもっぽい味だけどお母さんは好き」
と笑っていた。


    撮影日: 07.9.23 11:49:59 AM
    FUJIFILM FinePix Z3

子どもっぽいということはおそらく甘口なんだろうと思ったら
全然甘くなくて良い味だと思う。
けれど半分食べないうちに飽きてきた。
この店はかしわ肉ではなく豚肉と根深ネギを使ったカレー南蛮なのだけれど
豚肉に脂身が多くてかなり脂っこさを感じ、
そういえば清水帰省の度に毎日食べても飽きなかった純和風カレー南蛮は
ほとんど油がなかったことに気がついた。

肉とカレー味と蕎麦つゆがとろみで一体化しているのに脂っこさがないことが
食べ飽きないカレー南蛮の特徴だったのであり、
そういう意味で母は「子どもっぽい味…」と言ったのだろう。

ここの蕎麦は手打ちではないかわりに量が多くて他の店の倍はあり、
母は「…だけどお母さんは好き」といいつつ完食していたのだろうかと首をかしげる。
残さずに食べるのがやっとで滝のように汗が出た。大盛りに感謝。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )

▼カレー南蛮百連発

従兄にカレー南蛮をおごって貰い
「かえしがちょっと甘めかもしれないね」
と言ったら
「だったら○○へ行ってみたらいい」
と言われたので翌週に訪ねてみた。


    撮影日: 07.9.22 0:00:13 PM
    FUJIFILM FinePix Z3

ここの蕎麦も太さがまちまちな手打ち蕎麦で
食べてみたら辛口で「(ややっこれは美味い!)」と思ったのだけれど
半分以上食べたあたりで飽きてきた。

ちゃんとしたカレー南蛮のはずが味わううちにカレー粉がざらざらして
カレーライス用のカレーをそばつゆでのばしたような雑味がある。
カレー粉がいけないのではないかとこの日は思ったが
かなりとろみが足りなかったのを思い出し片栗や葛ではなく
カレーの小麦粉によって出た頼りないとろみのカレー南蛮に似て
カレー粉と蕎麦つゆとがきめ細かなとろみによって一体化していないのが原因だと思う。

人によってはこういうカレー南蛮が好きなのだと思うので善し悪しは決められないけれど
ある意味とても勉強になるカレー南蛮だった。感謝。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )

【山原川と捨川】

【山原川と捨川】

「山原川と捨川」という文字を見て「やんばらがわとしてがわ」と読めたら清水っ子検定第1問に合格である。
捨川のことなんかを書いてインターネットで世界に向けて発信してるやつなんかいるんだろうかと検索してみたら
自分の日記以外に
『栗林デンキの最新情報!!』ブログで
貴重な昔話が語られていた。

■捨川と捨川支流が合流する地点から200メートル離れた場所にある梶原景時一族ゆかりの高源寺。
撮影日: 07.9.22 1:53:37 PM
RICOH Caplio R2

「高橋、下野は、ほとんどたんぼだったね。
捨川(してがわ)の土手づたいに登下校したのも思い出します。
あのまわりもぜーんぶ田んぼだったね。
そうそう冬は田んぼが凍ってたね。霜柱っていうんだっけかな。
レンゲがいっぱい咲いてたのは5月頃だっけかな。
カエルやおたまじゃくしと遊んでたのも思い出しました。」
(kuriden#3が語る「まちの思い出」)

コメント ( 2 ) | Trackback ( )

【遊水池の秋】

【遊水池の秋】

静岡県清水能島の遊水池。

子どもの頃からオヤジになった今にいたるまで、大雨などで赤茶色く濁った水で増水した川を眺めていると水中の魚たちはどうしているのだろうということが気になって仕方ない。

たとえば大雨による洪水警戒水位を超えた川が河川敷の公園まで飲み込んで轟々と流れるとき普段は川ではない拡張された場所にも魚は泳いでいるのだろうかと。



左手のコンクリート水門のような場所からその高さを超えた水が流れ込んで遊水池を満たすことで水位上昇を緩和する仕組みなのだと思うのだけれど
その際呆れるほどのボラが入ってきて遊水池内を回遊していたと言うからやはり魚は川の拡張部分にも浸入しているのだろう。

コメント ( 6 ) | Trackback ( )

【缶のパチンコ】

【缶のパチンコ】

美濃輪稲荷大鳥居前の魚屋に行って店頭で立ち話し、東京に送って貰う魚を注文し、帰り際に店の横を見たら懐かしい一斗缶のフタが落ちていた。



子どもの頃はこれを見つけると大喜びし宝物にしていた。
手のひらにのせて真ん中を引っ込ませ、手の中に隠して友人の耳元で強く握ると「パチン!」と良い音がし、僕たちはそれを「パチンコ」と呼んでいた。
最近の子どもはこういうものを拾って遊ばないのだろうか。

魚屋に返せと言われないうちにポケットに入れ自転車で逃げてきた。

コメント ( 4 ) | Trackback ( )

【気配】

【気配】

もうそこにないものの気配を感じる一方で、やがてそこに立ち現れて来るであろう物の、未来の気配を感じてみようと思ったりするほどに、人にとって時間というのは不可解な代物である。

撮影日: 07.9.22 8:30:59 AM
FUJIFILM FinePix Z3

走行中の静鉄電車車窓より。
御門台駅前のスーパー跡地がしずてつストアになるという。
ここに立ち現れるであろう大型スーパーを想像してみる。

撮影日: 07.9.22 8:33:25 AM
FUJIFILM FinePix Z3

清水大坪町付近に東海道線と静鉄をくぐれる広い道ができる。
ここに静鉄の駅ができたらいいのにと言ったら
「自治体が金を負担するなら静鉄は開業してもいいというスタンスではないか」
と言う友人が居た。

ここにようやく鉄道をくぐれる橋ができるのと同様、金を出してでも新駅が開業したら清水の街はかなり変わりそうな気配を感じる。

コメント ( 10 ) | Trackback ( )

【鶴舞乃城】

【鶴舞乃城】

僕が装丁した三好春樹さんと高口光子さんの対談集がちょうど手元に2冊あったので1冊を従兄に渡し、
「高口さんにサインを貰うといいよ」
と言っておいた。


別れ際に従兄が
「今日はありがとう、本にちゃんとサインをもらっといてやるから」
などと言う。
「(違うってば、僕は高口のサインなんか欲しくないよ)」
と言いそうになって言葉を飲み込み
「違う違う、サインを貰ってしっかり読んで自分で記念に持っていてね」
と言ったら
「りょーーかい」
と言う。
「りょーーかい」
が従兄の口癖なのだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )

【是より志三づ道】

【是より志三づ道】

静岡県清水。
旧東海道追分にある老舗追分羊羹店の角に「是より志三づ道」と彫られた石柱がある。
旧東海道と旧久能道が分岐する入江の辻にも、かつてもう一本同じような石柱があったがいつの間にやら行方不明になってしまったという。

撮影日: 07.9.16 1:33:33 PM
RICOH Caplio R2

旧街道ではない裏通りを歩いていたら唐突に「是より志三づ道」と彫られた石柱があり、「ややっ!」と思ったがずいぶん新しそうで、こういうものを注文して作る人もいるのだと感心した。

コメント ( 0 ) | Trackback ( )
« 前ページ