▼ふと目を上げて

インターネットで知り合った清水の友人が母の墓に参ってくれるというので、
バケツとタオルを新調して早めに清水大内の保蟹寺に行き、
到着を待ちながら墓の掃除をし、
ふと目を上げたら脇に自生した花にシジミチョウがとまっていた。


    撮影日: 06.8.27 9:43:39 AM
    RICOH
    Caplio GX
    露出時間:1/217
    F値: 2.5
    
墓の掃除を終えてふと目を上げたら
清水大内で生まれ育ち、山梨県に嫁いで行ったはずの従妹が立っていて驚いた。
一昨年他界した叔母の三回忌で今着いたばかりだという。

友人母娘が到着したので一緒に墓前に花を供え焼香し、
ふと目を上げたら墓石の上にカマキリがいてこちらを見ていた。

今月はじめの一周忌に墓参りをしてくれた友人一家が、
墓参りを終えてふと目を上げたら
やはり墓石の上にカマキリがとまってこちらを見ていたという。

ふと目を上げたら何かに気づく、ということはちょっと嬉しい。

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▼おいべっさんの裏手

八雲神社下流、「おいべっさん」右側が更地になり、
毎度の事ながらその場所に以前何があったか思い出せない。
なんか町内会の倉庫のようなものがあった気もするけど
「ハズレ」かなぁ。


   撮影日: 06.8.26 3:53:28 PM
    RICOH
    Caplio GX
    露出時間:1/189
    F値: 4.3
   
更地の奥に蔵のような古い建物があって気になる。
更地になった場所に以前何が建っていたかもわからないが
建物の裏手に見える別の建物の裏手が何の裏手にあたるのか
余計なお世話かもしれないがわからない。
山田医院の裏手に蔵があるのだろうか。

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▼おはよう江尻宿

ほんのちょっと前まで、東京駅5時20分発普通列車静岡行きに乗るために
最寄り駅へと向かう道は朝日が眩しいくらいだったのに
もう朝5時近くなっても町が暗いのにびっくりする。
あっという間に日が短くなって「秋だなぁ…」と思う。



8時16分清水駅に降り立ち、駅前銀座商店街のアーケードを辿り、
清水橋をくぐり、清水銀座を西に歩いて旧東海道江尻宿に入ると
日が短くなって夜明けが遅くなったせいか
午前8時半でもまだ「早朝」の爽やかな気分が
朝靄のように立ちこめている気がして嬉しくなる。

魚町稲荷手前、稚児橋方向へ折れる角の
「餃子倶楽部」がなくなっていてびっくりした。

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▼鳥物語

静岡県清水相生町。

ふと見上げたら「鳥物語」という看板があり、
久しぶりに言葉の力を感じる看板を見てしばし立ち止まる。

子どもの頃、清水市高橋に住む伯母の家は庭に鶏舎があってニワトリに卵を産ませていた。
小さな鶏舎だったがちゃんと棚になったそれ風のもので
家庭では食べきれないほど卵を産んでいたので
売って商売にしていたのかもしれない。



遊んでいるうちに鶏舎に入り込み
産み落とされた卵を手伝いのつもりでかごに集めて持ち帰ったら
「2歳くらいになって卵の産みが悪くなった鶏はさっさと潰すだよ。どの鶏ん産んだか記録しているだから持って来るじゃないよ」
と叱られたことがある。

知らなかった、ニワトリにはそういう物語があるのか……と驚いた子ども時代もある。

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▼パッケージプラザイトウ

東京の住まいの近所に「五十嵐商店」というのがあって
我が家では「いがらしのこんぽうや」と呼んでいる。
梱包材料店というのは身近にあると便利なもので、
もしかすると文具店よりも利用する機会が多いかもしれず、それは
梱包材料店といっても文具店が扱う商品の領域をかなり浸食しているからだ。
そして文具より梱包材料の方が人間の暮らしの
必要不可欠な道具の領域を多く包含しているのかもしれない。



実家を片付け始めたら清水ではこの
「パッケージプラザイトウ」のお世話になることが多い。
母は確か「いとうせろはん」と呼んでいたので
もともとはセロファン袋を商われていたのではないかと思うのだが、
僕が憶えているこの場所はかつて中央スーパーがあったような気がする。
ここに中央スーパーがあったのは、さつき通りの中央スーパーが
移転してきたんだったっけなぁ…などと思い出し、
さつき通りの中央スーパーができる前は、
さつき通りを挟んだ向かいに深沢マートという店があって
同級生に秀才の深沢君がいたっけなぁと思い出す。

深沢マートも中央スーパーも次第に記憶がいい加減になり、
いい加減な記憶をまとめて包含したように今は梱包屋がここにある。

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▼本の始末

6月中旬、清水中央銀座にて。



古本の価格などを見ると「売る」なんていう状況じゃないのかしら。
実家の本の始末をどうしようかと頭が痛い。
こうやって捨てる人が多いのだろうか。

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▼「みのべ」開店

静岡県清水江尻町。
江尻宿裏の小路を抜けて仏具店に向かう道すがら、
茄子紺に「やきそば おでん ところてん」と
爽やかに染め抜いた暖簾の清水風ファーストフードのお店が開店していた。


    撮影日: 06.8.11 0:48:31 PM
    Panasonic
    DMC-FX8
    露出時間:10/2500
    F値: 2.8

完全なる新規開店なのか、
以前からご商売されていた店の新装開店なのかはわからない。

「みのべ」とあるのは苗字だろうか。
「みのべ」というと行政法学者美濃部達吉と
「走れコウタロー」に登場した美濃部亮吉元都知事しか知らないので
とても珍しくてそれだけで暖簾をくぐりたくなる。

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▼記憶の不思議「和田精肉店」

静岡県清水江尻東。
新清水駅前から清水厚生病院行きのバスに乗る。
普段バスで通過することのない道を、
高い視点から眺めるのは面白い。

この派手な店構えのパソコンスクールに勤務する女性から
箱蕎麦の『音羽屋』さんに関して
メールを貰ったことがあったなぁ…と懐かしい。
懐かしいのはいいが、その左隣が精肉店だったことに初めて気づいて驚いた。



何年もの長きにわたってその店の前を行き来していたのに
バスの窓という高い視点から町を眺めて初めて気づく、
そういうことってよくあることなのが不思議である。

病院に入院中の友人からのメールで
冷蔵庫に入っているビールが立っているとビールとわかるのに
寝かせて入れてあるとどうしてもビールと認識できない
おばあさんの話が面白かった。

僕は室内で捜し物が見つからず、
この部屋に必ずあるはずだと確信があるときは、
椅子の上に立って天井近くから見下ろす事にしているが、
そうするとどうしてそこにあるのが目に入らなかったのだろう…
と思うような場所に捜し物があることが多いのだ。

誰でもそういうものなのか、僕の個人的な病気なのかは謎である。

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▼手羽先の「おおむら」

盆まつりをしっかりやっているご褒美……というわけではないんだろうけど
浜田町のラーメン屋ご主人夫婦に
静岡市葵区籠上(…になるのかな?)にある
手羽先の「おおむら」という店に連れて行って貰った。



これはすごい店!感動。
手羽先も美味しいけれど鶏のモモ焼きの美味しいこと!
2チャンネルでオヤジが怖いからいやだという書き込みがあったが
同じく怖いと評判だった東京神田神保町「兵六」のお父さんにくらべたら
ちっとも怖くなくて穏和でいい人だと思う。

「おおむら」のオヤジさんは浜田町のラーメン屋によく餃子を食べに来るらしいので、
浜田町でオヤジさんと仲良くなってから「おおむら」に乗り込むという戦略も有効かもしれない。
仲良くなれるかどうかが問題だが。



友人を誘って清水からもう一度「おおむら」に遠征したいけれど
夜道を自動車で出掛けていったので場所がよくわからない。

「オヤジが怖いからいやだ」という書き込みのあった
2チャンネルのスレッドを見たら
浅間山そばの「あさひ」、静岡市水道町「鳥甚」もいいとか。
旧静岡市は知らないだけに奥が深い(あたりまえか)。

いやすごい店を知ってびっくり。

※カメラを忘れて行ったので写真は携帯電話にて。

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▼茶色のタイル

8月16日、新清水駅前近くでバス待ちをしていて、
ふと港橋方向を見たら、見慣れたはずのさつき通りの景色が新鮮に見えた。



さつき通り沿いにあった商業ビルの取り壊しが終わりに近づき、
万世町の空が広くなり、右隣に昔からあるみずほ銀行、
旧第一勧業銀行のビルですら新鮮に見える。



「清水にもデパートができた!」
と大喜びした大型商業ビルは、茶系統色のタイル張りがおしゃれに見えた。
解体工事が終了間近の現場脇に
その懐かしいタイル張りの壁がわずかに残っていた。
これが見納めになる「花菱デパート」の壁である。

もっとそばに寄って写真を撮ろうと思ったら
厚生病院行きのバスが来た。

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▼お久しぶり

8月14日、朝のNHKローカルニュースを見ていたら
「今日は久しぶりに静岡市からも富士山がくっきり見えています」
と言い、
「ちょっと山頂付近に雲がかかっていますが…」
と言うので、慌ててカメラを持って入江岡跨線橋に行ってみる。


   撮影日: 06.8.14 7:44:17 AM
   NIKON
   COOLPIX S4
    露出時間:10/7052
   F値: 4.0

入江岡跨線橋に行ったら今テレビで見たとおり
ちょっと山頂付近に雲がかかった富士山があった。
ただそれだけのことがこんなに嬉しいのも「お久しぶり」だからかもしれない。

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▼きりつ寿司

「鮨職人は半畳の椅子(畳)に正座して握っており、これを「坐り仕事」といった。客は立って食べていたのである。」(別冊サライ1998『大特集鮨』より)

鮨屋に「立ち食い」とある由縁であり、
誰でもそんなことは知っているのかもしれないが、
次の文章を読んでびっくりした。

「戦前の東京では、店舗を構えた鮨屋と屋台の鮨屋が同数だったという記録がある。屋台店はそれほど数が多かったようだ」(別冊サライ1998『大特集鮨』より)

そういう屋台形式の立ち食い寿司が戦前までは当たり前だったのである。



静岡県静岡市葵区駿府町。
北街道沿いに『きりつ寿し』という名の寿司店があった。
「きりつ」というと立ち食い寿司店なので
「起立」を連想してしまうのだが
店名の由来は何なのだろう。
ATOK2006で変換しても姓名や地名の「きりつ」は候補にないのだ。

「その後、屋台店を店舗(持ち帰り専門の高級店)に合体させた店が出現し、ついには屋台形式をカウンターという形で店の中に取り付けた、現在の形が出現することになる。」(別冊サライ1998『大特集鮨』より)

あらためてそういわれてみると、
カウンターというのは固定店舗内に無理矢理合着させた屋台だったんだなぁと思う。

それにしても気になる「きりつ寿し」!
実際に客となって出掛けて行き、
食って飲んで笑った勢いで聞いてみるしかないかな。

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▼清水今昔

8月4日金曜日、清水橋北側の「地踊り」見物を終え、
間もなく清水橋が徒歩で通行できなくなるというので
急いで南側新清水駅前方向に渡り、
1970年に写真撮影した場所に立ってみた。



『清水目玉焼』サイトに高校生だった1970~72年の写真を掲載した頃は
「(今の清水はなんか変だ。それにくらべて昔は良かったなぁ)」
と思う気持ちが正直に言えば強かったけれど、
最近はそう思わなくなったし、
サイトに新旧の写真を並べて
「昔は良かった」
などというオヤジにだけはなりたくないと思う。



こうやって他愛のない日記を書いて読んでくれる一握りの友人が生きている
今の清水が一番いいに決まっている、そう思わないと
生きたくても今日この日を生きられなかった人に対して不遜であり、
清水みなと祭り総踊りを終えて汗だくになりながら
きらきらした瞳で感動している友人の子どもたちにも申し訳ないからだ。

第59回清水みなと祭りを3日間堪能して
本当に今の清水が好きな自分を確認した。

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▼夏と梅干し

静岡県清水西久保。
鹿島神社近く、清水富士宮線沿いの民家軒先にて。

梅干しを干す光景を見ると夏だなぁと思う。
清水の町を歩くと自家製梅干しを作っている家が多くてびっくりするが、
もし日本中どこの町でも同じくらい
梅干し作りは伝承されている……としたら、いいなぁと思う。


    撮影日: 06.7.29 11:49:54 AM
    RICOH
    Caplio GX
    露出時間:1/440
    F値: 4.7

何枚か写真を撮っていたら物音に気づいたらしく、
左手にあるシャッターがガラガラっと上げられて
不審そうなお母さんの顔がのぞいたので
「すみません、梅干しがあまりに美味しそうなので写真を撮ってました」
と言ったらにっこりと笑っていた。
今写真を見返すとこの家は犬を飼われているのかもしれない。

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▼前方後円墳型凹み

「へこみ」と打つと「凹み」と変換されるが、
「くぼみ」と打っても「凹み」と変換されることに気づいた。
「凹み」と書くと「へこみ」と読む人と「くぼみ」と読む人に分かれ、
書いた本人が「へこみ」と書いたか「くぼみ」と書いたかは確かめる術がない。
日本語というのは面白いなぁと思う。

狐ヶ崎駅に停車中の静鉄電車後部運転席。
ワンマン運転なので無人だが各種計器の動きを眺めていると飽きない。



「…扱いは車内外の確認」と書かれた右側、
巨大まち針のような操作レバーに隠れているが
前方後円墳型の凹みがある。

運転手が乗り込んでくるとまずそこに懐中時計をパカッとはめ込むのであり、
鉄道用懐中時計がパカッとはまるように
どの電車の運転席にも同じ大きさの前方後円墳型へこみがある。

きっとどの鉄道会社も運転手がもつ懐中時計の寸法は同じで、
規格が決まっているのだろう。

ひどくモダンな計器類を備えた列車の運転席にも
化石を上手に採集した跡のような凹みがあり、
運転手が年季の入った懐中時計を
パカッとはめる瞬間を見るのが楽しくて仕方ない。

静岡駅ホームに入線してきた東海道本線興津行き列車の先頭に乗ったら
(草薙駅で下車して静鉄に乗り換えるので)
運転手の交代があり、乗り込んできた運転手が
パカッと懐中時計をはめるのを見て得をした気分になる。

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