【塔のある夕暮れ】

【塔のある夕暮れ】

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 6 月 13 日の日記再掲)

午後四時半、新宿区百人町にある出版社で打ち合わせを終え、表に出ると梅雨空が嘘のように晴れていた。こういう瞬間は、振り仰いだ青空の電柱までが美しい。ふとJRの駅ひとつ分くらい歩いてみようという気になり、線路沿いに初めての道を歩き始める。

突然目の前に奇妙な塔が出現して眼を驚かす。幼い頃は給水塔や火の見櫓など、塔を町でよく見かけたものだけれど、こんなに巨大で年季の入った塔が東京の真ん中に残っているのにびっくりした。これくらいに存在感があると、教育委員会が解説板を掲示していたりすることが多いのだけれど、何の表示も見あたらず、敷地に固有名や所有者を示す表札すら立っていない。

周りを歩きながら観察するに、ビル 10 階分くらいの高さがありそうなのだけれど、内部にはエレベーターがあるのだろうか。そんなものはなくて灯台のように螺旋階段で上るのかもしれない。それにしても各階の床面積が螺旋階段分を除いてもかなり余裕がありそうに広く、どんな内部になっているのだろうと興味が尽きない。

最上階は屋上のようになっており、人間転落防止の手すりもある。そしてその真ん中に大きな硝子窓のある六角堂のような小部屋が設けられており、かなり都内の眺望がききそうで最上階の部屋は大きな窓を持つ必然性があるらしい。今でも何らかの用途で使用されているのかしらと首を傾げたくなる古さだが、屋上の下側面には真新しい金属配管が露出しており最近手直しされたようで、どのように工事し、何のための配管なのかも気になる。

路上でカメラを構えて長いこと見上げていると近隣住民が通りかかるけれど、誰も僕を気にする風もなく、塔の存在自体にも気付いていないかのように思えたりする。なぜなら、この塔に隣接して見事な公園があるのだけれど、いくら周囲をまわっても公園名を記した看板がないのである。ひょっとすると塔に隣接したマンション群にも名前がなかったりして……などと思い、近くに寄ってみるとマンションにはちゃんと名前があってほっとする。

奇妙な塔にも、不思議な公園にも、マンションや個人住宅、そして学校にも名前がなく、鉄道の駅にすら固有の名前のない町、というのがあったら恐ろしい。恐ろしくて、
「塔よ!これほど個性的なら、きっと君には固有の名前があるはずだ!頼むから名乗ってみてくれないか!それに、一体全体何のために君はここに立っているのだ!」
と、叫びたくなるような不思議な夕暮れである。

   ***

2003 年 7 月 8 日追記

あれはやっぱり「配水塔」だったのではないかと思えてならず、そうだ、近くに新宿消防署があったはずだと気づき、「新宿消防署+塔」で検索したら、目当ての情報を見つけることができた。
 
僕の撮影した塔は、昭和23(1948)年に完成、現在の名前は都営戸山住宅給水塔であり、建造当時は戸山鐡筋住宅給水塔と呼ばれていたらしい。屋上の六角堂風の建物はやはり「火の見櫓」であり、新宿消防署ができたことでその役目を終えたが、遙か東京湾まで見渡せる眺望の良さだったという。
 
戸山地区というのは山手線内では最も標高の高い場所であり、戦後集合住宅地として開発されたので、いったん電気ポンプで水を汲み上げ位置エネルギーを利用して各家庭に配水する、このような大規模な配水塔が必要だったのだろう。

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【男投げ女投げ】

【男投げ女投げ】

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 6 月 11 日の日記再掲)

キャッチボールは和製英語である。
 
野球用語には和製英語が多い。トップバッターは lead-off hitter、ランニングホームランは inside-the-park home run、ヘッドスライディングは headfirst slide、ナイターは night game と言った具合に数え上げたらきりがない。キャッチボールは play catch だそうで、捕球遊びであって投球遊びではないのかもしれない。ともかくふたりひと組で捕球と投球を交互にするキャッチボールは楽しい。
 
男女の身体の違いを面白く思うことのひとつに、女性特有の座り方がある。床に座る際、太股をピッタリくっつけ、膝から下を左右に開く座り方で、僕はどうしてもそれができないし、男友だちでできる者を知らない。関節の出来具合が違うのかしらと思ったりする。
 
同様に面白いと思うのが、女性がボールを投げる際、とくにオーバースローではいわゆる女投げになってしまうことで、これは運動神経の善し悪しとは直接関係ないような気もする。幼い頃から男に比べてキャッチボール体験が少ないからと説明されることが多いけれど、男の子はたいがい最初から男投げできるので違うような気がする。

女性の肩関節における腕の付き方が浅いからという説もあるけれど、女子ソフトボールで腕をぐるぐる回す激しい投げ方を見ていると、あまり関係ないような気もする。妻は僕に比べて遙かに運動神経が良いのだけれど、キャッチボールをすると見事な女投げで球に勢いがなく、遠投もきかず、コントロールも悪い。何処が悪いのかと観察していると肩 → 肘 → 手首と連動する動作が上手くできなくて、何度教えても駄目なのである。

どうして矯正できないのだろうと見ていると、投球動作のあいだ、終始両足先が前方に向いているのである。男投げができる者ならわかりやすいのだけれど、投球動作の際、軸足の先は投球方向に対して90度横を向いており、踏み出す足先は投球方向へ向くのであって、がに股の男性には自然にできる動作が、内股気味の女性には苦手なのかもしれない。そのため肩 → 肘 → 手首と連動する動作がスムーズにできないようで、男女固有の身体差が影響しているとすればやはり腰から下のような気がする。

昼下がりの東京・銀座 1 丁目、久し振りにキャッチボールの上手な女性を見かけてシャッターを切った。

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