▼大観覧車と大やきいも

静岡県静岡市清水区入船町。
エスパルスドリームプラザにできた大観覧車を見てきたと
雑誌の編集会議で言ったら乗ってみたかと聞くので
ひとりでは恥ずかしくて乗れないと言ったら
女性編集者たちに笑われた。



静岡県静岡市葵区東草深町。
焼きいも、静岡おでん、かき氷などで名高い『大やきいも』。



編集会議が行われる静岡市女性会館の近くなので
前を通りかかるたびに入ってみたいけれど
やはりひとりでは恥ずかしくて入れない。

女性はひとりで大観覧車に乗ったり
ひとりで『大やきいも』に入ったりできるのだろうか。

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▼虫づくし

静岡県静岡市葵区安東。
熊野神社門前にある前橋釣エサ店。
大人になってからは釣りに縁がないので
釣りエサの看板が物珍しい。



ベトナム虫、ストロー虫、岩虫、虻虫(?)、チロリ虫、ゆ虫(?)。
判読が怪しいものも含めて怪しい虫の名ばかりで
ひとつとして知っている虫の名がないことに釣りエサの奥深さを知る。

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▼水落町の理髪店

静岡県静岡市葵区水落町の素敵な顔をした理髪店。

ちょっと前まではこうして懐かしい記憶の手がかりを見つけると
どこでこういう景色を見たのだろうと
場所の記憶を手探りすることが多かった。



最近は場所などどうでも良くて
かつては日本中どこにもこんな穏やかな佇まいの理髪店があった
時代の記憶を引き寄せて抱きしめようとしている。

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▼来て幸

静岡県静岡市葵区水落町。

『来て幸』と書いて「きてこう」もしくは女っぽく「きてこ」と読むのだろうか。
この店の看板を見た途端のけぞったのだけれど
最近はのけぞらない清水っ子も多いのだろうか。
旧静岡市にあるお店なので静岡っ子にも
のけぞる人がいるんだろうなと思うと嬉しい。



清水では「やってこ」(やってごらん)とか
「たべてこ」(食べてごらん)とか
「見てこ」(見てごらん)とか
「貸してこ」(貸してごらん)という方言があり
「きてこ」は「来てごらん」という意味なのだ。

たぶんそういうことなんだろうと思うけれど確かめたわけではない。
でも懐かしい言葉なのでそう思いたい。

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▼堀を渡る風

静岡市葵区駿府町。
駿府城お堀端にある水位伝送器。
こういう機械でお堀の水位を管理しているのかと
立ち止まって眺めていたら水面を渡る風がかなりドブ臭い。



下流の清水区にはこれほど小綺麗な水辺は少ないけれど
こんな懐かしいドブ臭さを嗅ぐことも少ない気がする。
それでなくとも流れの少ない堀なのに
堀に流れ込む下水設備と管理に
見た目の体裁以前の根本的な問題があるのではないかと思う。

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▼葬式饅頭

静岡市葵区鷹匠。
この場所を通るとついつい創業慶応3年和菓子の『松柏堂本店』が気になってしまい
ということは和菓子屋として商売するのに良い場所なのだろう。

東京で過ごした子ども時代の言葉遊びに、
「そーだー村の村長さんがそーだー飲んで死んだーそうだー」
とそーだーづくしの言い立てがあり、続けて
「葬式饅頭でっかいそーだー中のアンコは少ないそーだー」
と言って大笑いするのだけれど
急いで作るため重炭酸曹達で膨らませたパサパサで皮ばかり厚く
アンコがちょびっとに見える葬式饅頭を笑いのめしたものだと思う。



東京では葬式があるたびに親が貰って帰る
でっかくて皮がパサパサの葬式饅頭を食べるのが楽しみだったのだけれど
郷里静岡県清水では葬式饅頭を食べた記憶がないので
葬式饅頭を会葬者にもたせる風習は関東地方で盛んなだけかと思っていた。

『松柏堂本店』店頭に書かれた仏事用饅頭の文字を見てそんなことを思い出した。
関東地方でよく食べた丸くて白くてでっかい葬式饅頭なのかどうかが気になるけど
「あのー、葬式饅頭をひとつください」
と言うわけにも行かないので謎のままになっている。

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▼北街道の極真カラテ

新静岡センター前から水落町方面へ続く北街道沿いの商店街が好きだ。
降りたままになっているらしいシャッターに小さなポスターが貼られており
友人の息子が通う極真会館大石道場のものなので
ついつい気になって立ち止まる。



同じポスターを二枚並べて貼ると一枚単独とは違った効果があるように見え、
その理由を上手に言葉にすることはできないけれど、さらに一枚足して
三枚並べるとその効果が減じてしまうような確信があるから不思議だ。

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▼丸のある風景

旧東海道江尻宿のお茶屋店頭にかけられた
筆書きの丸が染め抜かれた暖簾。
筆書きの丸のモチーフはよく見かけるので
それを見てことさら心が和むということはない。



ところが正方形に写るデジタルカメラの
正方形の画面の中で見ると
見慣れた筆書きの丸が妙に気持ちよいのが不思議。
丸と正方形は相性がいい。

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▼ご覧の通り

郷里静岡県清水万世町。
南高梅を使い、紫蘇による天然色で、ちゃんと天日干しした、
ご覧の通りの本物だというのだけれど
その本物が見あたらない。
手前の札を見るとさっきまでここにあって売れてしまったのかも知れない。



大・中・小どれでもよりどり500グラムで
1パック1,500円プラス消費税だという。
ネットでこういう仕様の梅干しを買うと
確かに1,500円くらいするので本物を見て買えるなら
リーズナブルな値段と言えなくもないけれど
ご覧の通り本物がないと「えっ?」と思うほど高く感じるのが不思議。

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▼駐車場

郷里静岡県清水。
生家を取り壊した後は駐車場にでもしようかと思うと友人に話したら
もったいないからその時は舗装などするなと言う。
駐車場を舗装することによって周囲の気温もずいぶん上がるそうで
近所のご迷惑にならなければ未舗装でもいいかなと思う。



そんな話を友人たちとしていたら清水の未舗装駐車スペースがとても気になる。
クロネコの顔と全身像の人形はネコのトイレ化を防ぐ工夫だろうか。
それとも眼が光るので夜間の誘導灯がわりだろうか。
そしていつもこうして夏みかんを置いているのだけれど
夏みかんにも未舗装駐車スペース維持のためのノウハウがあるのだろうか。
そちらはちょっと想像がつかない。
落ちた夏みかんを嫌う動物でもいるんだろうか。

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▼辻一里塚発掘現場

郷里静岡県清水、旧東海道辻の一里塚があったあたりで
地面が掘り返されていたので「おっ!」と思う。
東京だとこれくらい掘れば必ず江戸時代の
住居跡などが出てしまうので必ず発掘調査が始まる。



旧東海道の一里塚脇なので何か出てきても良さそうなものだけれど
これは江戸時代のものじゃないよなぁと思いつつ
念のために写真を撮っておいた。

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▼booth

郷里静岡県清水で母が営んでいた居酒屋は
必ず午前1時まで店を開けていたし
客がいれば明け方まで店を開けていることも多かった。
帰京して友人たちと会って話し込み午前0時を過ぎてしまうと
旧中心市街地に居場所がないことに唖然とする。



いつだったか午前0時を過ぎて友人たちと別れ
ひとり歩いていたらこのビルの二階にだけ人気(ひとけ)があり
人気(ひとけ)があるどころか楽しげに大騒ぎしているのだった。
インターネットの時代なので試しに入ってみなくても
概略はわかるので検索してみたら午前2時まで飲めるらしい。

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▼整理券の意味

清水まちなか巡回バスの料金は100円の均一料金である。

次郎長通りの友人宅を訪ねるため
洋菓子喫茶『富士』前の清水銀座東バス停から乗車したら
ピョロッと整理券が出てきたので
何の意味があるのだろうと戸惑いつつも
整理するための券をとらなければきっと整理の妨げになるので
よい子はちゃんと整理券をとってバスに乗る。



「後乗り前降り後払い」のしずてつジャストラインバスは
降車の際に運賃表で確認した整理券の番号に応じて
運賃を運転席横の運賃箱に入れなければならない。
4番の整理券なので電動運賃表を見ると当然ながら
1番から9番までみんな100円と出ていて限りなく無意味に近い。



清水まちなか巡回バスの利用者がどこから乗ってどこで降りたか
情報整理の助けになって市街地活性化の役に立てますように…
と祈りつつ整理券を添え100円を料金箱に入れて本町で下車する。

それにしても運転手ひとり客ひとりのバスというのは何となく居心地が悪くて
整理券の謎でも考えていないと間がもたない。

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▼夕空の提灯

清水ライナー折戸車庫行きが清水駅前に到着し
地下道を渡くぐって西友前に立ったら
清水みなと祭りの提灯に灯りが点っていた、



「ああ、もうみなと祭りの季節だなぁ」
と思うときの「ああ」にもさまざまな「ああ」があり
帰省した直後の「ああ」は旅人の感傷を添加した「ああ」になっている。

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▼食パン

食パンだけを次から次へと焼き続けているパン屋がある。
感心して眺めながらそういうご商売を不思議に思うと
「食パン」という言葉自体が不思議に思えてくる。



「食パン」の語源をインターネットで検索すると
こっちのサイトからこっちのサイトに転載したとしか思えない
同じ文章のうんちくがたくさん出てきて
最近の大学生のコピペレポートみたいで
語源なんてどうでもいいやという気分になる。

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