▼「イイギリ食堂」完食閉店

デイサービスを利用している高齢者在宅サービスセンター脇に
イイギリの木が生えていて毎年たわわに真っ赤な実をつけ、
先日からヒヨドリがやってきてついばむ姿が見られた。



1月30日の昼食時に見たら完全に食べきったらしく
丸裸になったイイギリが雨に濡れていた。

ヒヨドリ御一行様
また来年のご来店を心よりお待ちしております。
「イイギリ食堂」店主敬白
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

▼夕暮れの高架下

夕暮れ時に歩く線路沿いの道が好きだ。
仕事帰りに寄り道して歩いていると
高架下には好きなだけ立ち止まることのできる
目に見えない停車場があるように思えたりする。



電車の車内放送で
「…各駅に停車して参ります」
というアナウンスがあると最近はなぜか嬉しい。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼Varietyのバラエティー

学生時代「バラエティー番組」の「Variety」は
「バライアティ」という発音で覚えた。
静岡県清水淡島町にあった松本英語塾のおじいちゃん先生は
「バライアティ」と教えてくれた気がする。

街で見かけた看板で「バライティ」と
発音を記述する人に初めて出会ったので
ネットで「バライティ」を検索したら
そう表記する人が大勢いるのでちょっと驚いた。



発音をカタカナで表記するということは
「その人にはどう聞こえるか」
という問題をはらむので単純に正しい正しくないと
指摘するのは難しいと思う。
参考までに発音を聞くことができるサイトで検索すると
昔覚えた「バライアティ」ともまたちょっと違っており
僕の耳には「ヴライアティ」と聞こえる。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

▼ひねる

飲食店店頭に吊された作り物のマグロ。



「う~ん」と唸っては見みるものの
北島康介のように「なんもいえねぇ」のは
ただそれだけでひねりがないからかもしれない。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼日本橋 朝之景

歌川広重、東海道五十三次「日本橋 朝之景」のような
日本橋を渡る鮨の大名行列。



魚河岸で働く人々のようなのり巻きが天秤棒を置いて
橋のたもとで行列が通り過ぎるのを待っている。

広重だと橋のたもとに2匹の野良犬がいたはずだ。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )

▼一月のイイギリ

デイサービスを利用している高齢者在宅サービスセンター脇に
一本イイギリの木が生えていて毎年たわわに真っ赤な実をつける。

質より量を優先してたわわに実をつけるイイギリは
冬になって葉をすべて落とすと赤い実だけを露わにしてとても目立つので、
それを見た人はたいがい「食べられないんだろうか」と思うらしく
ネットで検索すると食べてみた人の感想を読むことができる。
淡泊な味なのに苦みがあって美味しいものではないという。



1月27日、義母と一緒に舞茸タンメンという創作麺を作って食べ
窓からイイギリの赤い実を遠望していたら
ヒヨドリが群がって実を食べていた。
かろうじて日当たりの良い先端の方から熟しはじめたらしく
そのあたりを中心に丸坊主になっている。



イイギリの実は淡泊な組成なので、
いつまでも実が熟さず長いこと落ちずに枝に留まる。
そして年が変わって一月も終わりに近づき
街に鳥たちの餌がなくなるのを見計らうようにしてちょうど食べ頃になるので
こうしてお腹を空かせた鳥たちの格好の食堂になっている。

今頃このイイギリ脇の建物内で、義父も地域のお年寄りたちと一緒に
にぎやかな昼食を食べている。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

▼感謝

仕事の打ち合わせで出掛けた出版社の
エレベーターホールにあった手作りの飾り付け。



「落ち葉に感謝 枯れ枝に感謝」

長いこと年老いた親たちの介護をしていると
こういうことも、わかるなぁ……と思うようになってきた。

いや、自分が年をとったせいもあるかな。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼鬼の目にもチョコ

手で食べられるパン食希望の義父のために
毎日曜日買いに行く近所のパン屋には
季節の創作パンがひとつある。
先週まではカスタードクリームとホワイトチョコの
雪だるまパンが並んでいたけれど、
今週からはチョコクリームの入った節分の鬼になっていた。



「ほらおとうさん鬼だよ」
というとニコニコ笑う義父が子どもみたいなのか
子どもみたいなパンを嬉しそうに見せている
いい歳した子どもたちを笑っているのかはわからない。
節分を過ぎたら雛祭りをテーマにしたパンが並ぶのだろう。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼イギリス食パンの行進

久しぶりに歩いた近所の路地。
小さな店の奥で職人が延々食パンだけを焼き続けており
次々に山型の食パンが焼き上がっていた。



醗酵を終えたパン生地が焼いている最中に窯伸びして
ひとまわり大きくなって焼き型から突出することで
山型のイギリス食パンができあがるわけだけれど
ポット型の菌床で栽培されるナメコの飛び出すような発生に良く似ており
そう考えるとナメコ自体もイギリス食パンに似ている。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼駒込小学校の給食

駒込小学校前の掲示板に掲示されていたある日の給食。

●おにぎり2個
●具だくさん汁
●魚の照り焼き
●からあげ
●フライドポテト
●切り干し大根の煮物
●くだもの
●ゼリー



小学生たちがおにぎりを直接手でつかんで食べるとすると
スプーン、箸、五本箸の3種類を使い分ける
食器までバラエティ豊かな昼食ということになる。

先割れスプーン一本で食べていた昭和三十年代の給食って何だった……
などと言うとまた黒柳徹子が怒るんだろうな。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼道端のトリニトロン

道端にあった大型のトリニトロン。

球面ではなく円柱状のSONY製トリニトロン管が好きだったので
廃物として道端にうち捨てられていてもついつい見入ってしまう。



背中に背負っているのは低音用スピーカーだろうか。
とってつけたような脱着式にも見え、
はずれるかどうか試してみたいけれど
奥から出てくる人がいたら怖いので写真だけ撮ってきた。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼横丁物語

江戸川橋地蔵通り商店街。

街灯の旗飾りや店頭の看板には
『横丁物語』の文字がある。



商店街を構成する個人商店に栄枯盛衰はつきもので
立派な店持ちと言っても中味は限りある人間の人生なので
時の流れにそった物語であることから逃れることはできない。



そういう意味で『横丁物語』の文字は味わい深く
それでも人生という物語がいつも春であるかのように
演じようとする商売人の努力には見習うところが多い。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )

▼109……多少の楼閣 煙雨の中



港区赤坂にて。

南朝四百八十寺 多少の楼台煙雨の中
(なんちょうしひゃくはっしんじ たしょうのろうだいえんうのなか)

漢文の授業で習って大好きだった杜牧の詩。
単に言葉が連なるリズムが好きだったのかもしれない。
ちなみに東京府には明治5年の調査によると2,486の寺があったという。



それでは東京に20階建て以上のビルがいくつあるかというと150くらいらしい。

東京壱百五十棟 多少の楼閣煙雨の中
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼筑土八幡の御供水

新宿区筑土八幡町にある筑土(つくど)八幡の御供水。
御供水と書いて「ごくうすい」と読み
御供水は神仏に供える水のこと。
このATOKでは変換されないので辞書登録した。



八角形の石をくりぬいて井戸になっているようにも見えるし
井戸ではなく水を貯めておく器のようにも見えるけれど
こっそり蓋をずらしてのぞく勇気はない。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

▼筑土八幡の神輿

新宿区筑土八幡町にある筑土(つくど)八幡の神輿。

今から330年ほど前の延宝六年に作られたものだそうで
ガラス越しに観察すると恐ろしく細工が細かい。



江戸時代の地図を調べたら確かにこの場所に昔からあって筑土明神と記されている。
「つくどちょう」にあるのだと思って調べたら所在地は筑土八幡町であり
筑土八幡町の隣にある「つくどちょう」は違う字をあてた津久戸町になっている。



今朝ほど上記の記事をアップしたら
郷里静岡県清水で建築家の友だちの書き込みがあって
港区赤坂二丁目で大正8年から
襖の引手金具を製造販売しておられる
清水商店を教えていただいた。

偶然午後1時から赤坂の出版社で会議があり、
そんな老舗が目と花の先にあると教えていただいたのも
すぐに行ってみろという啓示ではないかと思い
清水屋という名前にも親しみがあるので
仕事帰りに訪ねてみた。



友だちの書き込みにも職人がいなくなったという嘆きが書かれていたけれど
まさかこんな事になっているとは思わなかった。



こういう偶然もあるんだなぁと感慨深い雨の日の出来事。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ