こまもの こまごま こまごめ日記[4] スマホを有袋類化する

 買い物で秋葉原に出たのでドスパラ3階の上海問屋に寄り、あれこれ小物を買い込んできた。
 スマートホンの背面に貼って背中側を有袋類化できるカードケースが売られており、やっぱり誰でも思いつくようなアイデアなんだなと思う。この構造なら買うまでもなく自作できそうに思うけれど、布を使った手作りは難しそうなのでひとつ買って来た。ステッカーブルポケット Sinji Pouch(シンジポーチ)というのが商品名らしく韓国製だった。

 わざわざ商品としてお金をとるだけのことはあり、簡単に滑り落ちないような摩擦があって、カードを落とす心配はなさそうに思う。布は伸び縮みするので厚みのあるものも収納できる。iPhone の裏に貼って Suica を入れてみたが、簡便なお財布携帯もどきになって便利だ。

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【近くへ行きたい】不動明王の引っ越し

 田端駅南口の小さな改札は JR 線路に沿って切り立った崖の中腹にある。
 寺田寅彦が書いたものを読むと田端駅周辺の描写がよく登場し、思い浮かぶのが南口なのは往時の風情をとどめていると感じられるからだろう。
 かつては改札を出ると切り立った崖線と北東方向へ広がる下町が見えるだけの淋しい風景が広がっていたが、今は大きく東京スカイツリーが見えてびっくりする。東京スカイツリーを観ながら崖線の道を行かず、右手の急な石段を登ると桜並木のある高台尾根道になる。その石段になっている坂の名を不動坂といい、登り切るあたり左側に解説板がある。

田端駅南口から西南へ登る坂です。坂名は、かつて田端駅南口付近に石造不動明王立像が安置され、不動の滝があったことによります。この不動明王像は、明治四十五年(一九一二)五月に始まった田端駅拡張工事により現在地付近へ移され、さらに谷田川改修工事にともない、昭和十年(一九三五)十一月に現在地(田端三十四一隣接地)へ移され、田端不動尊となっています。(北区教育委員会平成五年三月版、坂の名解説)

 明治末頃まで、東京の人々は夏になると「滝浴み」といって、都内あちこちにあった滝と呼ばれる場所で避暑をかねた行楽をしたという。田端近辺では王子の「不動」、「稲荷」、「権現」、「大工」、「名主」の五滝、「田端」、「道灌山」の滝なとが有名だったという。
 解説板の記述通りに解釈すれば、高台からしたたり落ちる水が滝のように落ちている場所がかつて南口近くにあり、そこにあった石造不動明王立像が明治四十五年から始まった田端駅拡張工事で邪魔になったので、現在地付近、すなわちこの解説板を読んでいるこの場所近くに移された。その後昭和十年谷田川改修工事にともなって田端三−十四一隣接地に移され、田端不動尊となったというわけだ。

|①不動坂、②田端不動尊|

 だが、この「現在地付近」を「この解説板を読んでいるこの場所近く」と読まず、現在地である「田端不動尊」の近くと解釈すると、谷田川改修工事の際にまた邪魔になってお不動さまは「田端三十四一隣接地」まで引っ越さなければならなかったことになる。解説板の「現在地」の使い方がややこしいのだ。田端不動尊の現在地がとんでもない場所にあることを知らない人が「現在地」と言われたら、今説明を聞いているここのことだと思う違いなく、そういう意味なら最初に出てくる現在地のところを「現在地(田端三−十四−一隣接地)付近へ移され」とすべきなのだと思う。

|明治時代はこんな感じ|

 いずれにせよ、不動の滝もなくなってしまい、居場所と存在理由を失った不動明王が、田端駅拡張工事と谷田川改修工事のとばっちりをうけて現在地にたどり着くまで、不動明王引っ越しの細かないきさつはさまざまな事情でわからない。(2013年6月24日)

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カレー南蛮百連発:番外編

 郷里静岡の蕎麦屋で食べるカレー南蛮に比べて、東京都内で食べるそれは画一的で面白みに欠けている。
 その一方で、郷里の気取らない蕎麦屋のメニューにあるカレーライスは「お蕎麦屋さんのカレー」などと惹句が添えられているので注文してみると、業務用カレーなのではないかと思われる味わいでがっかりすることが多い。
 逆に、東京の蕎麦屋のそれは、カレーらしいカレーを食べさせる店など掃いて捨てるほどあるので、カレー南蛮から派生したような蕎麦屋らしい独特のカレーであることが多く、そういうカレーが好きなので、カレーライスがあればカレー南蛮ではなくそちらを注文してしまう。

 東京都北区田端6丁目、田端高台通りにある蕎麦の店『浅野屋』前を通りかかったので初めて入ってみた。

 こういう土地の常連客を大切にしなくては商売が成り立たない場所にある店は、昔から変わらぬ作り方を味を守っていることが多いので、一度カレー南蛮を食べてみたいと思っていた。玄関を入ってすぐのテーブルに腰掛けた若い女性が、茶色いカレーを食べているのが見えたので方針を変え、カツカレーを注文してみたが、やはり和風だしでのばした和風カレーだった。

 とても美味しかったので今度こそカレー南蛮を注文してみようと思う。
 いらっしゃいませと出される温かいお茶と、汗だくでカレーを食べているのを見てさっと出される冷たい水が、なんともタイミングよくて居心地の良い店だった。


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こまもの こまごま こまごめ日記[3] 捨てられない空き缶

 

  炊き込みご飯の素を買ったら箱の中味は缶詰だった。無地の缶は天面に中味を識別する印字があるだけで、プルオーブンでスパッと開缶して蓋を取り去れば、真っ白で簡素な空き缶が残る。本体は丈夫なスチール缶で適度な重みと強度があり、例えリサイクルされるにしても、捨てるのはちょっともったいないなと思う。


 水洗いして仕事場に持ってきたら、机の上に散らばっている筆記用具をたてておくのにちょうどよい。お金さえ出せばどんな物でも豊富に手に入る時代だけれど、捨てるべき物を捨てずに再利用するとちょっと得した気分になるという性質が人間にはある。こういうコストとゴミ削減をかねた引き算による商品価値の付加はいい方法だなと思う。

K&K 国分の『入れ炊く』シリーズ


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こまもの こまごま こまごめ日記[2] 突っ支い棒



 ノートパソコンの画面を強く押してやれば後ろにひっくり返る。ひっくり返らないようにするには突っ支い(つっかい)棒が必要だ。秋葉原の上海問屋に行ったら突っ支い棒になりそうな部品(※1)が売られていたのでいくつか買っておいた。

 エレコム株式会社が発売している Bluetooth キーボード TK-FBP029E は不思議な商品で iPhone / iPod touch を開いた蓋の上に載せて使う。そうやって使うと au から発売されていたキーボード付きスマートホン IS01 そっくりになり、メーカー社内にファンがいたのだろう。

 固定せず蓋に載せて使うのがコンセプトとはいえ、落とさないかと気を使うので置けるものならテーブルに置いて使いたい。で、テーブルに置いてみると iPhone の自重で押すまでもなく後ろにひっくり返ってしまう。

 というわけで 買っておいた突っ支い棒パーツをカバー背面に取り付けてみた。

 商品コンセプトを逸脱した工夫と改造は買った者の自由で、消費者はこういうことによって王様になる。そういえば昔、王様のアイデアというアイデア商品ショップがあったっけ。

(※1)NoDaRi と刻印がある。ブランド名かしら。

 ※ このキーボードが秀逸なのは単四電池で動くこと。


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こまもの こまごま こまごめ日記[1] 傾斜台



 ちょっとしたお絵描きに使うため、タブレットを傾けて固定するためのスタンドを探しているのだけれど、適当なものが見つからない。そういう時は 100 円ショップで流用できそうなものを探して手を加え、自分が求めているものを自作してしまうことにしているのだけれど、そのものズバリできあいの物が売られていたので買ってきた。

「TABLET PC FOLDING STAND 折りたたみタブレット PC スタンド」という商品名で、折りたたむとたいらになるので持ち運んでもかさばらず、二箇所を折り曲げると4段階の角度で固定できるという。

 持ち歩いて人前で使うのならもうちょっと見栄えのよいものが良さそうに思うけれど、室内に置いて反固定式の置き台にするならこれで十分だし、使い心地も 100 円なら何の不満もない。ちょうどこれくらいの角度で固定できる物が欲しかった。

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仙台は霧の中

 仙台は父親が生まれ育ったところなので父方のふるさとということになり、亡き母も一時戸籍を置いたことのある街である。自分もまた生まれて間もない頃ほんの短期間暮らしたらしいのだけれど、記憶があるほうがおかしいくらい幼い時期なので、「雪」「路面電車(※1)」「交番」「石段のある家」という記憶の断片を並べて母親を驚かせたことがある。いかに母親を驚かせようとも、その四つしか記憶にないのでふるさとなどと言うのはいかにも口はばったい。

 もう親戚すら住んでいない仙台の街だけれど、縁あって片手で数えられるくらいは訪問した事があるが、父親がこの街で生まれ育ったのかと感慨を持てるほどの捉え方ができていない。幼い頃に別れた父親なので、この風土に育まれた杜の都の人らしい感性を持った人だったんだろうな、くらいに美化された感慨を持てたらいいなと思うので、なおさらとらえどころのない街と感じてしまう。

 駅の近く、大通りを歩いていたら仙台ハリストス正教会(※2)があった。
 仙台駅から父の家があった霊屋下(おたまやした)へ歩く道すがらだし古そうな建物なので、この場所からこうしてこの教会を見上げたことがあるのだろうかと思ったが、明治25年(1892)築造の教会は、昭和20年(1945)の空襲で焼けてしまい、再建されたのが昭和34(1959)年、それもまた老朽化して建て直しになり、現在のこの教会は平成10年(1998)完成なのだという。両親が仙台で暮らしたのは昭和30年から31年なのでまだ焼け跡に教会が建つ前だ。

 病気になって仙台で療養中の友人(※3)を見舞い、午後早めから一杯飲める店を探して歩き回ったが、東北の大都会化した仙台の街は垢抜けており、東京のように朝から飲む客を相手にする煤けた飲み屋は見つけられなかった。戦後復興期の仙台はこうじゃなかったんだろうなと思うが、そういう飲み屋が好きだった両親も、当時は貧しくて外で飲むどころではなかっただろうと思う。

 駅近くの雑居ビルで午後三時からやっている『瑠璃の間』という居酒屋を見つけ、若々しいジュンサイと、仙台味噌でたいたおいしい鯖味噌煮を食べた。歩き疲れてほろ酔い気分になり、勘定を済ませて外に出たら、結局またとらえどころのない街だった仙台は夕暮れ時になっていた。
 

※1 仙台市電は1976年に廃止。
※2 青葉区中央3丁目4-20。
※3 友だちのブログはここ

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【近くへ行きたい】までの道案内

 西ヶ原不動院で「滝不動までの道は説明しにくいから誰か案内人を見つけた方がいいよ」というある種とても親切な石の道標(地図①)を見たので、朝の散歩で実際に自分を道案内するつもりになって滝不動まで歩いてみた。
 巣鴨方面から旧東京外国語大学脇を通って飛鳥山へ向かう道があり道端に石の地蔵(地図②)などあっていかにも古道っぽい。

その地蔵のある場所から左へ折れて行く道もいかにも古いので、滝不動方面に向かうならこの道しかあるまいと思って辿って行くと、古道は明治通りと首都高で分断されている。横に歩き横断できる場所を探して反対側に渡り、横歩きしたぶん引き返すとまた分断された古道の延長がある。

その古道を音無川方面に向かうと北区立滝野川紅葉中学にぶつかる丁字路があるので右折し、ちょっと行くと「たきふどう」と大書され傾いた石の道標(地図③)がある。その数十メートル先左手が滝不動正受院参道になる。

 西ヶ原不動院前からその旧東京外国語大学脇の道にぶつかるまでまっすぐ行けば、あとは要所にお地蔵さんや道標があるので、道を口頭で伝えるのも大した手間ではないように思うのだけれど、明治初年の地図を見たらそんな道は影も形もない。

 西ヶ原不動院を出たら畑を避け右折して高台に上り、茶畑にぶつかったところで現在もある北西へ向かう道を歩く。実は学生時代の四年間をこの道沿いで過ごしたのであり、土地の人にこの道は鎌倉道なのだと聞いた記憶がある。明治初年の地図ですら点線なのだから、江戸時代はもっと心細い道だったのだろうなと思う。というわけで確かにこの道順を石の道標に刻んで案内するのは難しい。

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