▼銀座の足柄

東京都中央区銀座2丁目。
昭和通り裏通り『タイガー食堂』からちょっと南に歩くと1丁目から2丁目に変わり、
その角に『足柄木材』という材木店がある。
「足柄」が名字なのか地名なのかはわからないが、
やっぱり坂田金時の足柄山を思い出してしまう。


    撮影日: 06.4.28 0:22:00 PM
    RICOH
    Caplio GX
    露出時間:1/217
    F値: 4.7

地名というのは面白いもので、神奈川県出身者は
やっぱり「足柄」という文字を見ただけで
懐かしいふるさとの山々を思い出してしまうのではないだろうか。

僕は巨人ファンではないのだけれど、
義父のつきあいをしながらナイター中継を見ていて、
「清水隆行」選手が登場するとついつい「清水銀行」と読めてしまい、
思わず貯金したくなる……ということはないが、
「清水打てっ!」と応援したくなる。

なんとなく銀座の裏通りの材木店前を通るたびに
故郷を懐かしんでいる足柄出身者がいそうな気がする。

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▼東海道本線根府川駅のこと

幼いころの東京・清水間の行き帰りで
胸躍るような車窓風景のひとつに根府川駅付近の風景があった。
 
海側の席に座り窓の下を見ていると、鉄橋を渡る際は
眼下に相模湾の波打ち際までの目も眩むような絶景が見えた。
 
最近は鉄橋に金属フェンスが張られて興趣がそがれたが、
餘部鉄橋の列車転落事故などもあって暴風対策なのだという。


    【写真】東海道本線根府川駅に停車中の座席より。
     撮影日: 06.4.23 7:44:07 AM
    RICOH
    Caplio GX
     露出時間:1/217
    F値: 3.2
 
大好きな根府川駅について調べていて初めて知ったのだが、
なんと関東大震災の時、根府川駅に入線しようとしていた列車が
ホームごと海に転落し、乗客と駅員など125名の方が亡くなられたのだという。
 
今でも眼下の海中には当時のホームがそのまま横たわっているといい、
そんな話を聞いて眺める根府川駅の絶景はなおさら感慨深い。

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▼カメと引きこもり

未明に地震があった。先日新潟が揺れたら今朝は静岡が揺れた。
 
午前中の東京地方は相変わらず不安定な天候だったが
午後になったら風は強いものの見事に晴れ渡ったので
六義園内を少し歩いてみる。
まぶしい日射しを待ちかねたようにカメが甲羅を干している。

ねえお義母さん、空いた岩を奪い合ってカメたちは必死でしょう?
寄生虫を駆除したり消毒をしないと死んでしまうからなんだけど、
それだけじゃなくて動物というのはカメだって人間だって
口から取り入れた食べ物からカルシウムを吸収して
骨にするためにはビタミンDが必要なんだよ。
で、そのビタミンDは紫外線に当たらないと
体内に生成されないんだよ。ねぇわかる?



……引きこもりがちで骨粗鬆症気味だといわれる義母に
天気の良い日は少し散歩でもしなくてはいけない、
少しはカメを見習いなさいと言っているのだけれど、
なかなかその気にさせることができない。

「お義母さん、ねえ、聞いてるの?お義母さんっ!!」
と怒鳴ったらイスに座ったままの義母をドーンと
後ろに倒してしまう夢を見てびっくりして目が覚めた。

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▼しもふり銀座の両河内

駒込駅至近の商店街しもふり銀座・染井銀座は巣鴨の青果市場が近いせいか、
やたら八百屋が多くて、そうでなくても八百屋が多い中に、
安売りの八百屋が店を出して競争が激しい。
競争の激しさが消費者にはわざわざ足を運びたくなる動機になっている。



どの店にもタケノコが出てきて、
どの店のタケノコにも「静岡県産」と書かれており、
静岡県産ならきっと清水のタケノコではないかと思ったりする。



僕が子どもの頃からしもふり銀座にあり、
大学時代に帰りに寄ると、常連のおばあちゃんが
「ちょいと学生さん、タマネギ半分ずつ買わない?」
と声をかけられることが多かった老舗八百屋店頭にも
旬のタケノコが並び「両河内」と明記してあった。

やっぱりね(笑)

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▼輸送経路

鉄道や高速道路網というのは電波にして空中を運べないものを
輸送する通路として便利なのだろうと思うし、
線路脇や道路脇もしくはその下には
たくさんの伝達経路が敷設されているんだろうな、
とは想像していたけれど、ガード下に露出した場所で改めて眺めたら
すごい量だなぁとびっくりする。

  ▲秋葉原駅ガード下にて。

昨日変なメールがスパムフィルタをくぐり抜けて届き、
Macintoshのメールソフトではタイトルが文字化けしていたが、
Windowsのメールソフトでは「てすとめーるタイトル」というタイトルになっていた。
そしてMacintoshでは本文が空っぽだったが、
Windowsで受信してみると「てすとめーる本文」という文字が
3行繰り返されて入力されており、送信者は僕自身!になっていた。

誰かが僕のメールサーバーから僕になりすましてメール送信できるかの
テストをしたのかなぁと思い、なんだか気味が悪いので、
長年使ってきたメールアドレスを変更しようかと思ったのだけれど、
世話人をしているメーリングリストの管理人をしているので
ログインに使われるアドレスを変更すると
管理のできる者がいなくなってまずいんじゃないか思いとどまった。

だけど気味が悪い。けれどアドレス変更は
思いがけない新たなやっかいごとを産みそうな気もする。
他人に迷惑がかかると嫌だしなぁ、どうしよう……。

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▼秋葉原・とんかつの『丸五』

東京都千代田区外神田1-8-14。
秋葉原とんかつの名店『丸五』が建て替えられていてびっくり。

「(えっ!秋葉原電気街の真ん中にこんな昔ながらのお店が!)」
と思わず足が止まり、そのまま大好きになってしまった
懐かしい店のたたずまいはもうない。


撮影日: 06.4.15 11:02:28 AM
SONY
DSC-T1
露出時間:10/2000
F値: 3.5

古びていく民家や店舗というのは、他人が外部から見れば、
この古さこそがいいのだからいつまでもこのままでいて欲しい、
などと思ったりするけれど、
中に住んでいる人や商売をしている人たちは
日に日に老朽化していく住まいや店をだましだまし使っているわけで、
ましてや狭い敷地いっぱいに建っていれば、
他人から見たら素っ気ない姿になっても
建て替えなくてはならない日が必ず来るのだろう。


撮影日: 01.8.3 5:05:44 PM
FUJIFILM
FinePix4700Z
F値: 2.8

ここはひとつ
「長いことありがとう。本当にご苦労さまでした」
と懐かしい思い出の店舗にお別れをし、
「これからもがんばってくださいねと」
お店の方をねぎらうべきだろう。

4月15日土曜日。
妻が使う新しい液晶モニタを調達しに秋葉原に出たので
正午前に新店舗に入ってみたが、
花束がいっぱいの店内に、行儀の良いパソコンおたく達が
すでにぎっしりと並んで携帯をいじっていた。

人気は昔と変わらないことにほっとし、
若者の間に割り込んで変わらぬ味のトンカツを食べる。
なぜかこの店に来る若いパソコンおたく達は
ソースをとってくれたりして親切である。

店の前の「止まれ」の文字は
5年前には「とまれ」だったことに気づいたりする。

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▼環七

東京の小学校を卒業する前に東京の環状7号線は部分開通していた。
そして環状7号線が開通したついでに、
小学校脇の大通りが放射10号線であることを教わったのである。

世田谷区喜多見に住んでいた叔父が
マツダキャロルという軽自動車を運転して迎えにきて、
「北区から世田谷区まであっと言う間に着いちゃうぞ!」
と言い、本当にあっと言う間に着いてびっくりした。

【写真】東京都豊玉北三丁目。環状7号線豊玉陸橋。
撮影日: 06.4.14 2:30:30 PM
SONY
DSC-T1
露出時間:10/2500
F値: 3.5

まるで北区と世田谷区が四次元通路で結ばれたようで感動したが、
あっと言う間に自動車が世の中に溢れてしまったので、
今はもう三次元通路に戻ってしまい、
北区から世田谷区まであっと言う間に着いちゃうことはできない。

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▼サークルゲーム

仕事で練馬区豊玉の出版社へ。

バイク便を手配したら受付の若い女性が、
「お届けはネリマクホウギョクの……」
と非常にユニークな読み方を披露してくれた地名だが、
確か豊島と多摩を折衷にした安直な由来の地名だったと記憶している。



西武池袋線桜台駅前のどこにでもある桜の街路樹がある風景。

静岡県清水で中学・高校時代を過ごし、
大学生活を終えて社会人になり、
晴れて自腹で飲食できるようになって東の東京下町に繰り出したら、
幼い頃の思い出の町並みがハイカラになっていてビックリした。
一方山手線の輪から西の郊外に向かう中央線や私鉄沿線の
駅周辺が古びていてビックリした。

かつて山の手と呼ばれた地域が、
第二山の手、第三山の手などと呼ばれて西の武蔵野原へ延びていき、
東からだんだん古びて下町化していったのだと思う。

この西武線もそうだが、私鉄沿線の古びた町並みは
郷里静岡の新清水と新静岡を結ぶ
静鉄の各駅前に自転車預かり所があった時代のような
懐かしくもやるせない情緒が横溢している。

やがて古びたやるせなさに耐えかねて再開発の手がつけられ、
また東から西へとハイカラ化の波が伝播していくのだろう。



環状七号線豊玉陸橋脇の住宅展示場。
ここもできてからずいぶん経つなあと眺めていたら
松井秀喜が説明に出てきており、
「築10年のミサワホームをぜひご覧ください」
と書かれた札を持っていた。

10年経ってもこんなに綺麗ですよ、といいたいのだろうが
時の流れではなく人の生活のやるせなさが
家を古びさせていくわけで、
モデルハウスはサークルゲームとしてはルール違反である。

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▼一分団

清水暮らしが長い人は場所を他人に伝えるのに
「○分団の脇を入って行って右っかたにある家だんてすぐにわかるよ」
などと土地勘のないものにはすぐにわからない言い方をし、
我が母もそういう人だった。

中学校への通学路に八分団があったので「八分団」だけは
僕にとっても清水の良い目印になっているのだけれど、
その他の分団の場所は知らないし
いったい数字のつく分団がいくつあるのかもわからない。



日の暮れない夜道を歩いていたら真っ赤な明かりが路上に漏れているので、
近寄ってみたら「清水消防団第一分団」だった。

「一分団のある通りの左っかたに…」
という言い方で通じる人たちがこの地域にはいるのだろう。

一分団がわかったので八分団と併せて
僕にとって二つめの目印である。

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春風亭昇太と王子

郷里清水の花菱百貨店の思い出を心に浮かべて歩いていたら、
王子駅脇で鉄道高架をくぐるトンネル内に
「北とぴあ」ツツジホールで6月23日に開かれる
区民寄席「きたくなるまち区民寄席」のチラシが貼られており、
郷里清水出身の落語家春風亭昇太の名があって嬉しくなる。
「よっ!!」



同郷人というのは面白いもので、
どうしても視線が歌丸さんより昇太の方に行ってしまう。
目を閉じてチラシを思い浮かべると昇太の顔写真の方が大きい。

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▼マルサンデパート



元国会議員の八代英太さんに
著書の装丁を依頼されたので会いに北区王子の事務所に行った。

郷里静岡県清水の花菱百貨店の建物が取り壊されることにしんみりし、
我が町にデパートと名の付くものができることが
都会の証のような気がして誇らしかった子ども時代があった。

北区王子にも「マルサンデパート」という小さなデパートができ、
とても嬉しかったし、僕は確かシャッターに絵を描かせてもらったと思う。

八代さんの事務所こそがマルサンデパートだったのではないかと思い、
打ち合わせを終え、通りに出て、ビルを眺めて
女性編集者にそんな話しをしたら
「そうだよ、マルサンってうっすら見えるじゃない」
と言い、ずいぶん小さなデパートだと笑われたらちょっとしんみりした。



母は王子にデパートができたと大喜びし、
僕は王子にエスカレーターがやってきたことに大喜びし、
母は真っ白な電気冷蔵庫!……は買えないので
ホテルにある小型冷蔵庫のようなデザインの
氷を入れて冷やす冷蔵庫を買ったのだった。

庶民の夢が貧しく小さかった
昭和30年代のことをふと思い出した。

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▼飛鳥山

飛鳥山公園の桜はまだ残っていた。
今は博物館がたくさんある公園だけれど、
僕が小学生の頃は大きな野球グランドがあって、
申し込むと野球をすることができた。



「この駅前は、飛鳥山をめぐっておりてくる市電と、三河島の方から工場町を抜けてくる王子電車とが落合うところなので、焼鳥屋の屋台が並んでいる。」

と、佐多稲子『私の東京地図』にある坂はこの坂である。
都内で最後に残った都電荒川線が、
飛鳥山をめぐっておりてこないかしらと待っていたが
待ち合わせの正午に遅れそうなので断念。

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▼チャーハンとやきめし


子どもの頃に最初に覚えた料理名は「チャーハン」ではなく「やきめし」だった。
父が好きだった大衆食堂にいやがる母と一緒について行き、
壁の品書きに「やきめし」があると必ずそれを頼んだものだった。

今の中華料理店で出るような均一化したチャーハンの姿ではなく、
「やきめし」には店それぞれに個性があって、焼き豚が入っているのはまれで、
ざくざくと切ったキャベツと豚肉がご飯と一緒に炒められていたり、
時にはハムを入れている店もあって、
僕はハム入りのやきめしがあまり好きではなかったので、
「失敗したなぁ」と思ったものだった。



横浜などの中華街に行けば美味しいチャーハンを食べさせてくれる店があるのだろうが、
町中の中華料理屋で「おっ!」と思うような
美味しいチャーハンに出会うことが少なくなったなぁと思う。

「半ちゃんラーメン」などというメニューが当たり前になって、
ラーメンとセットでチャーハンがおまけのように出されることも増え、
大量に炒め置きしたり、ひどい店になると
炒めたチャーハンを電気ジャーで保温していたりするわけで、
それもまともなチャーハンを食べさせる店が少なくなった一因かもしれない。

写真は静岡県清水江尻東、ラーメン『久月』の
ちゃんと注文を受けてから炒めてくれたチャーハン。

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▼町の歴史――表面採集

町には成り立ちがあり歴史がある。
商品にかぶせられたラッピングフィルムのように希薄な歴史でさえ、
わずかな期間で歴史が重層している場所がある。

祖母がタクシーの窓から
「この店はあんなに安い値段で一泊させてくれるのか」
と驚いていた頃はレンタルビデオ屋だった。



その前だったか後だったか、24時間営業のコンビニだった時期があり、
「ここにコンビニができたからまぁ便利かな」
と思って一度も行かなかったので、地域の人が皆そう思ったのかもしれず、
いつの間にか消えていた。

毎日のように人だかりができて行列が続いていた時期があり、
中をのぞくと折りたたみのイスがたくさん並べられており、
中に入って話しを聞くとたくさんのおみやげをただでもらえるのだといい、
顔見知りの人も並んでいた。

ああいう商法は危ないから近づかない方がいいと母に言っていたが、
今でも場所を移してはあちらこちらで商売をしているのを見かける。

そして4月2日の夜に前を通ったら
最も新しい町の歴史の表層は大きなコインランドリーになっていた。

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▼清水と富士山

4月3日、静岡鉄道入江岡駅ホームから見た富士山。
前夜は激しい雨だったが富士山は冠雪していた。

遊びで弄ぶには超望遠レンズによる遠近感の圧縮は面白いが、
静岡県清水の地勢を知らない人が見れば
「清水って富士山麓にひらけた町だったのですね!」
などと思ってしまいそうな光景に見えてしまう。



一週間たって眺めてみると、
「(清水というのはこんなに富士山と近かったんだなぁ)」
などと撮影した本人ですら感動しそうななるのであり、
超望遠・超広角による視覚伝達の操作というのは危ない気がする。

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