▼がまぐちや

東京都文京区湯島二丁目。

郷里静岡県清水興津に『うなぎや』という洋品店がある。

親の介護のため岩手県に帰っていった友人がいるが
彼女の実家は『しょうゆや』という名の蕎麦屋だという。


     撮影日: 06.6.30 2:55:05 PM
    OLYMPUS CORPORATION
    C755UZ
    露出時間:10/2000
    F値: 2.8

名が体を表していない店がここにもあり
『がまぐちや』という名前だがコーヒーを飲ませる店である。

郷里にはもっと他にもそういう名が体を表していない店が
いくつかあったような気がするが
暑いせいかまったく、思い出せない。

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▼並木通り

東京都中央区銀座一丁目。
並木通りインターロキッング舗装の歩道にリンデン(しなの木)の並木から木漏れ日が落ち、
木漏れ日が描く模様はやがてコントラストを増して、夏が来る。



最近は並木通りというと若い女性にとっては
高級ブランド・ブティックが並ぶ憧れの通りらしいが、
それは銀座5丁目から向こうの並木通りである。



僕は並木通りというと銀座1丁目から4丁目の並木通りが並木通りらしく感じられ、
昔はもっともっとB級な安らぎのある通りだった。
この通りから名画座の老舗『並木座』が消えたのは1998年だった。

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▼午後4時20分ただいまの温度29゜C

久しぶりに東京は終日晴天。

深夜1時から起き出して仕事をし
本郷→赤坂→銀座と出版社3社を回って打ち合わせをし
汗だくになって事務所に戻ったら電話があり、
代々木の出版社でも打ち合わせがあったのを
完全に忘れていたのだった。


   撮影日: 06.6.27 4:20:28 PM
   OLYMPUS CORPORATION
    C755UZ
    露出時間:10/2500
   F値: 3.2

東京都新宿区西新宿一丁目。

慌てて出かけた代々木で打ち合わせを終え新宿駅南口まで歩く。

午後4時20分で気温が29゜Cもあるということは
東京の最高気温は30゜を越えたのだろうか。

暑い!

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▼煎餅の味わい

東京都文京区向丘2丁目。
本郷通り沿いにあるお煎餅の老舗『梅月堂(ばいげつどう)』。
炭火で手焼きした堅焼きせんべいが美味しい。

祖母は自分の歯が一本もなくなっても堅焼きせんべいが大好きだった。
口の中でふやかして香ばしい焦げ醤油の味を味わい、
煎餅がちょうどよい柔らかさになったところで噛んで食べるのが
何とも言えず美味しいと言っていた。



伯母は立派な歯が揃っていた頃から、
何故か湿気たお煎餅が大好きで
とくに栗煎餅や八つ橋はわざと湿気させてから食べるのが好きだった。

そして揚げ煎餅などの袋菓子を食べ終わると袋の底にかけらやかすが残るが
袋を傾けて片方の隅に寄せてからハサミで三角形にちょんと切り、
粉薬を飲むように口の中に入れ、お茶を飲んで
「あ~~~お~いし~(笑)」
と満足そうに言うのだった。

煎餅というとそういうB級な食文化を持つ一族に生まれたことをしみじみ実感する。

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▼わたしの太陽

 元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
 今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。
 さてここに『青鞜』は初声を上げた。
 現代の日本の女性の頭脳と手によって始めてできた『青鞜』は初声を上げた。
 女性のなすことは今はただ嘲りの笑を招くばかりである。
 私はよく知っている、嘲りの笑の下に隠れたるあるものを。(平塚雷鳥『青鞜』創刊号より)

本郷通り沿いの掲示板にあった平塚らいてうの写真にびっくり。
なんと美人だったのだろう。
こんな太陽が家庭にいたら眩しくてたまらないだろうなと思う。



秋葉原を歩いていたら店頭でこんな呼び込みをしていた。

美人の方は防犯ブザーと防犯スプレーを買いましょう。
それなりの方はご両親に感謝しましょう。(秋葉原怪しいグッズの店呼び込みより聞き取り)

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▼洗い箸がうけるわけ

母方の実家は祖父と叔父が瓦工場を営む職人の家だったせいもあってか、
ご飯茶碗も汁椀も共有だったし箸も丸く削った竹を黄色く塗り
持ち手の断面を赤く塗った共用の「洗い箸」だった。

韓国は金属の箸、中国は樹脂製の洗い箸を用いる。

日本は外食をすると使い捨ての割り箸が多くて、
今の若い子には外食での洗い箸を知らない子も多いのではないだろうか。



東京大学、学生食堂。

22日の昼食は「かきフライ丼」と「南瓜のサラダ」にしてみた。

箸はセルフサービスで割り箸か青い洗い箸を自由に選ぶのだが、
割り箸より洗い箸を選ぶ学生が遙かに多いのにいつも驚く。

若い女性を見るとあの馬鹿馬鹿しい抗菌グッズブームを思い出すが、
女子学生まで洗い箸を使っているのも意外だったりする。

東大生の頭脳を高く見積もりすぎているせいかもしれないけれど、
割り箸より洗い箸を選ぶ理由は意外に奥が深いような気もする。

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▼Ceci n'est pas une Concorde.

久しぶりに錆び付いたフランス語を書いてみたが違っているかもしれん。
大学の第二外国語はフランス語で「AA」だったけれど
友人の代返で試験だけ受けに出ていたから。

まじめに授業に出ておけばよかったなぁと思う。



おっ、今さら東京にコンコルドが就航したのか……
と一瞬思ってしまう東京メトロ赤坂見附駅の地図。

赤坂見附駅って飛行するコンコルドに似ている。

でもこれはコンコルドではない。
Ceci n'est pas une Concorde.

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▼花火

友人から夏の便りが届いた。
この季節、清水銀座宇佐見人形店前を通るたびに
「(すごい量の花火があるなぁ)」
と感心していたけれどマスコミでも取り上げられているらしい。



今年は7月16日が灯籠流しだそうで、
昨年、母が願い事を書いた灯籠を稚児橋から流したことを懐かしく思い出す。
母があんな状態でなかったら灯籠を流そうなんて思わなかったかもしれない。

母と手紙で励まし合っていた、難病にかかっていた僕より12歳年下の従妹が
母の死の翌々日に跡を追うように他界した。

そしてその夏、叔父の家の縁側で
従妹が遺した中学生と小学生の姉弟がする花火を見た。

人生で一番美しい花火だったような気がし、
今年の夏もおじいちゃんの家で姉弟が過ごすなら、
花火を買って持って行こうかな、と思ったりする。

子ども時代、親たちも僕たちがする花火を遠くから楽しそうに見ていたが、
そういう花火がいいなぁと思える年齢になってきた。

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▼1972年のサッカーゴール

1972年入江小学校創立100周年を記念して撮影された航空写真を送っていただいた。

この人文字の中に当時1年生だったさくらももこがいるそうで、
ということは日暮れまでちびまる子ちゃんの熱い視線を受けながら
ひたむきにサッカーボールを蹴っていた長谷川健太少年もいたわけである。



そういえば運動場にサッカーゴールが据えられており、
東京の小学校などでは考えられなかった光景である。



清水市立第二中学入学式の日
「このクラスの中に東京から来た人もいます」
と教師が言ったら
「ええ~っ!」
と歓声が上がったが、多少羨望の眼で見られた…かもしれない「東京の子」は
サッカーをやったことがないと知られた途端に「いなかっさー」になったのだった。

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▼二分団と三分団

インターネットや地図を使って頭の中ではなく、自分の身体で世界と出会うことはは楽しい。

2006年4月13日に

    「一分団のある通りの左っかたに…」
    という言い方で通じる人たちがこの地域にはいるのだろう。
    一分団がわかったので八分団と併せて
    僕にとって二つめの目印である。

と一分団を見つけて喜んだ。

そして2006年5月28日、旧町名江尻柳町を探していて偶然二分団を見つけた。



一分団、二分団を見つけたからそのうち三分団にも出会うだろうと思っていたら
三分団は生家のある地域の氏神様前にあった。



そうか、こんな所に三分団はあったのかとびっくりした。

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▼清水駅前銀座、謎のオアシス

静岡県清水。清水駅前銀座のアーケードに面してこんな格子戸がある。

おそらく僕が子どもの頃からずっとあったのだと思うが
発見された(気づいた)のは2006年6月10日の土曜日である。



駅前銀座アーケードからこの格子戸をくくりぬけ見上げる夕焼けの空に
誰歌うともなく子守歌が聞こえてきそうな
家々に囲まれ真ん中に樹木が生えたオアシスのような場所があるらしい。

どうしてそんなことに気づいたかというと、
このお宅のおそらく裏側にあたる「さつき通り」沿いに居酒屋があり、
その店の奥にあるお手洗いは昔懐かしい「外トイレ」のようになっており、
小用に立つと中庭のような場所に出て木々の間から夜空が見えるのである。

面白いなぁ、表通りから見えない場所にオアシスがある、
駅前銀座アーケード側から見たらどうなっているんだろうと
帰省時にながめていたらこの格子戸、そして奥へと続く謎の小道を見つけたのである。

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▼商売はん盛

静岡県清水入江一丁目。
はんこ屋の前に貼られていた張り紙。

「商売はん盛」

なるほど……と深く納得する。



このはんこ屋、僕が子どもの頃からあったが
入江小学校百年記念誌『入江の里』によると稚児橋方向から順に、

「次ぎが小長井文次郎箪笥屋で、糀屋、床屋、豆腐屋、三木茶碗屋、有馬下駄店、ハンコヤで、次ぎが大きな砂糖屋野村清ェ門と万エンさんの福士太物屋、酒造家で知られた播磨屋、山本コウモリ屋で、デッコロボウで知られる通称いちろんさんの店……」

と記述があり、その「ハンコヤ」がこの店なのだと思う。
 
先日播磨屋酒店が店を閉じられたので明治時代から続いている貴重な店のひとつであり、
「商売はん盛」にも非常に説得力がある。

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▼雨のカナダ大使館前

奥に見えるのは高橋是清記念公園の樹木。
激しい雨脚が写っている。

カナダ大使館脇の塀に腰掛けているヤツがいるのでちょっとドキッとする。
楽しいドキッはとても貴重な体験であり、
外出して良かったと感じる一瞬である。



散歩は世界を広げるための飛び道具である。

「景色が大きいほど、見つかる楽しみも大きい」

その通り、散歩こそボケ防止の特効薬だと思う。
年をとればとるほど歩いた方がいい、としっかり自らの心に刻む。

たとえ土砂降りでも。

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▼「S」の秘密

サトちゃん   今年は雨ばっか降っていやくなっちゃうね。

サトコちゃん  それも週末になると決まって雨ん降るだよね。

サトちゃん   サトコちゃんも清水弁が上手くなったじゃん。

サトコちゃん  清水に嫁に来て、はぁええかんたつんてね。



サトちゃん   帽子についてる「S」は佐藤製薬の「S」だか?

サトコちゃん  んなわきゃあないじゃん。

サトちゃん   サトちゃん・サトコちゃんの「S」だか?

サトコちゃん  なにょを言い出すだか、このひたあ。

サトちゃん   へえじゃあ清水の「S」だか?

サトコちゃん  もうたいがいにしなよ。

サトちゃん   わからないから聞いてるだんておせえてくれたってええじゃん。

サトコちゃん  んもー、胸に「MARINERS」って書いてあるじゃん。

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▼酔っぱらいの眼

「地元チームに熱き声援を!!」

5月27日の帰省時、ひとり港橋の「うさぎや」で飲み、
ちょっと酔って帰る道すがら、清水銀行の交差点で撮影した写真。

清水っ子は地元チームである清水エスパルを応援しましょう!…という
きわめて漠然とした街頭看板にしか見えなかった。



今になって見返してみると、酔ってもいないのに看板が回転して見え、
よく見るとパルちゃんの看板の後ろに
50円の官製ハガキがあって反時計方向に25度くらい回転しているのに気づいた。

これはどういうメッセージなのだろう。
「熱き声援を!!」
というのはハガキを書けということなのだろうか?
ハガキは清水銀行に書けばいいのだろうか?

酔っぱらいの眼にはハガキが見えず、
酔っていない頭脳には官製ハガキが後ろで回転して
チョロッと見えていることの意味がわからない。
バカなんだろうか(笑)

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