明日への日記…78 老人ホーム昼食風景

 

【朝の螺子締め】1月7日土曜日。室町幕府が徳政令を発令。面白いことにこの年英国でも、乞食と浮浪者の禁止・規制、就業を強制した救貧法が出されている。日本では翌年一向一揆が起こるし、英国では資本主義により生産手段を奪われた人が急増している。世界の歴史の大きな傾き。

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大宮の老人ホームまで食事介助に通う家内に付き添って面会に行った。義母は食事中の動きが快調で壊れたロボットのようではない。

義母が暮らしている老人ホームでは、機会を捉えては声かけを励行しており、配膳時には一人ひとりの名を呼んでご飯の量を聞いている。。
「○○さん、ごはんどれくらい~」
と声かけし、言葉が出ないのか手を塁審のように水平に振って返事をするおじいさんがおり、
「(すりきりでおねがいします)」
という懐かしい言葉が聞こえるような気がする。



手作りミートローフ



元職人風のおじいちゃんが
「なんだよ、最近は肉が減って魚ばかりだな~」
と大声でぼやいている。

鬱気味で
「食べたくない」
と泣いていたおばあちゃんが、パクパク食べるようになっていて安心した。



サワラの西京焼き



元職人風のおじいちゃんが
「看護課長、今日お風呂入れてよ~」
と言うので
「だ~め、お熱あるでしょう?からだ拭いてもらおうね」
と答えたら
「やなこった~」
と言う。みんな笑った。

老人ホームの廊下に、誰かが書いて寄贈したらしい、ミミズがのたくったような書が飾られており、この2年間、時間をもてあますと解読に取り組んでいたが今日やっと読めた。
「清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵会う人皆美しき」
与謝野晶子だ。

夜は録画しておいウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサート演奏を聴いたが素晴らしいできばえだった。見ていた家内が
「すごいなぁ、この人たちこの町に泊まるんだよね」
と言うので
「日帰りは無理じゃないかな」
と答えておいた。

 
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明日への日記…77 Kodak

 

【朝の螺子締め】1月6日金曜日。鎌倉を追放された梶原景時が一族を率いて上洛すべく相模国一ノ宮を出立し、清水の梶原山で果てるまでの旅始まる(1200/01/06 正治1/12/18)。

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デジタルの時代になってもKodakはおもしろい会社でデジタルカメラもいくつか使った。「記憶色」などといういかがわしい造語で評価されることが多く、上手な彩度の上げ方で現実より鮮やかな世界を撮影できた。中に東洋現像所が入っているようなカメラでブログの写真もずいぶん撮った。

ああ Kodak のデジタルカメラ、まだ一つ持ってるんだった。大切にしよう。ただ iPhone のカメラが優秀なので出番がない。今持っている Kodak のデジタルカメラは、ヘンな電池がついてるなぁと思ったら、富士フイルムの最新型と共用できることに驚いたのだった。

 
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明日への日記…76 母のことなど

 

【朝の螺子締め】1月5日木曜日。西伊豆土肥発沼津行き駿河湾汽船「愛鷹丸」が静岡県戸田村舟山沖で沈没。死者121名。定員26名の小型木造船に、5倍の乗客を乗せていた(1914/01/05)。土肥は母親の生まれ故郷で舟山には親戚がいる。確か舟山は松本清張『Dの複合』に登場したな。

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母親が健在の時は貰ったカレンダーをかき集めて帰省した。家中何処でもカレンダーが欲しい人で「困った、どのカレンダーにメモしたっけ」などと間抜けな捜し物をしていた。元日から普通の日記をつけ始めたが Evernote なので間抜けな捜し物の必要がない。

検索機能付き住宅というものを作ったら売れると思う。住宅内をくまなく走査しているカメラが蓄積した文字と画像データベースから探し物が検索できるGoogleハウス。親「こんな化け物に身代は渡せない」 子「俺だって、こんなグーグルな家は要りません」(落語「親子酒」改竄)

母も妻も草花に水をやる時は「はぁ~気持ちいい気持ちいい」と声掛けしていた。男なので口には出さないが、やっている本人が気持ちいい。最近は鉢の石に水をやっても気持ちいい。

母親が愛用していた秘密兵器「アルミクイックジューサー」を注文した。アルミ製の頑丈な手動ジューサーで、素朴な構造だが手軽で掃除が簡単なのだ。一人暮らしの母は食べきれないほどの果物が届くと、ジュースにして保存しては飲んでいた。夫婦二人でも食べきれないほど果物が届いた時のため(なう)。

 
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明日への日記…75 義母近況

 

【朝の螺子締め】1月4日水曜日。MiG-15導入により制空権を奪還した中朝軍がソウルを再度奪回(1951/01/04)。半島の民間人死者数400万人という統計も。

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年が改まるときは些細な習慣も一緒に改める。雑誌連載原稿を、買ったまま使い込めていないAndroidノート(LifeTouch note)で書き始めた。仕事ではカナ、遊びではローマ字入力の両刀使いだけれど、ローマ字入力で書いている。頬杖をつき、考えながらポツポツ片手打ちできるから。

犬の背中を掻いてやると、後ろ足が動いて自分で掻いているような仕草をする。朦朧とした義母の口元に、声かけしながらに食べ物を運んでいると、箸を持った手が動いて自分で食べているような動作をする。実際に起こっている事への「意識」で口や喉が動き「記憶」から読み出される情報で手が動いている。

頼むのが申し訳ないのでなんとか自分でやろうと思うようなことをやむを得ず他人に頼んでしまい、「ごめんなさい、大変だったでしょう?」と尋ねると「ぜんぜん」と心から楽しそうに答える人がいる。手続きの記憶に従うだけで身体が動くような仕事をする人たち、「苦にしない」という特別な技能。

味わいつつ会話を楽しむような意識された飲食は、人間がそもそも持っている「手続きの記憶」により無意識に身体が動くおかげで成り立っており「味わいつつ会話を楽しむ」ような事ができなくなった年寄りは、手続きの記憶による行為だけが空回りして行き場を失い、意識と記憶の共働作業が崩壊している。

奇妙な動きをしながら娘の食事介助を受けている義母を見ているとレインボウズの世界的ヒット曲『バラバラ』を思い出す。「♪ マ ベビベビ バラバラ…!」などというフレーズが浮かんでしまい、不謹慎なので作り笑いをしてみせるとニコリと笑うことがあり、野坂昭如にちょっと似ている。

侍の無礼討ちで胴切りにされた上半身が銭湯の番台で、下半身が蒟蒻屋で働き、仕事中に便所が近くて難儀するから、水を控えろと下半身から上半身に便りが届くという枕話を談志の枕話で聞いた。「解説の山藤章二の髪型がいい!」と家内が言うので「頭部は大宮の盆栽家が世話をしている」と教えてやった。

 
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明日への日記…74 ケーシー高峰

 

【朝の螺子締め】1月3日火曜日。(1868/01/03 慶応3/12/3)。「いやあロッパ君、王政復古の大号令」と語呂合わせで記憶した日。ちなみに古川緑波は1961年1月3日順天堂病院に入院し、16日「肺炎と全身衰弱」で死去した。享年57歳。

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年賀メールに「丸山鉱泉」の名があって気になったので検索してみた。虫食いの葉のように土地勘のある地域は地図を見ない方が夢がある。

浅草から中継された演芸番組を録画しておいたので飲みながら見た。「食べるとおなかがピーピーになる」食品が入ってくるから、というケーシー高峰のTPP反対論はわかりやすい。

人間の健康に一番良い食べ物は牛の舌だけれど、健康になるかわりに副作用で頭が悪くなる、これを医学的にタン細胞と言う、みたいなドイヒ~なギャグをケーシー高峰がNHKで言えるのは、正月だからと78歳の死に損ないだからだろう、などとつぶやくのもドイヒ~かしら。

 
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明日への日記…74 老人ホーム訪問

 

【朝の螺子締め】1月2日月曜日。菅原衍子が宇多天皇の女御(にょうご)となる(0897/01/02 寛平8/11/26)。衍子は菅原道真の三女で「のぶこ」と読むが、寛平はかんぺいではなく「かんぴょう」。

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今年の初夢は友だちの写真家が「貝売り」になる夢で、露天で店を広げていたのでご祝儀に鮑か栄螺でも買ってやろうと思ったら、逆に浅利の味噌汁をもらってしまうという長閑なものだった。

老人ホームに入所してきた友人のお父さんは百歳。配膳を待つ間、突然「仙客來り遊ぶ~雲外の巓~(せんかくきたりあそぶ~うんがいのいただき~)」と詩を朗々と吟じ、うとうとしていたおばあさんたちが驚いて拍手し、題目は「誰も寝てはならぬ」ではなく「富士山」だという。百歳は生き神様。

老人ホームで百歳のお爺さんが詩吟を唸ったら、若いケアワーカーが「わたし、ちゃんとした詩吟って初めて聞いた、エロ詩吟しか知らないもん」と笑う。エロ詩吟ってなんだろうと検索したらお笑いコンビ天津のひとり、木村卓寛のピン芸だという。聞いてみたい。

大宮・東京間をピストン往復していると、埼玉というのは空っ風の吹く関東平野の一部なのだなと改めて思う。大宮は強風が吹きすさんでいたのに駒込は小さなつむじ風か路上にあるだけ。

 
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明日への日記…73 元日

 

【朝の螺子締め】1月1日日曜日。源為義、八男の為朝の乱行により解官となる(1155/01/01 久寿1/11/26)。清水から伊豆大島へ配流されたという為朝、NHK 大河ドラマ『平清盛』に登場するかも。新年あけましておめでとうございます。本年も淡々と早起きで宜しくお願いします。

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いつも黒い服を身にまといビシッとした服装で出かけていく小柄な女性がおり、会うたびに「おはようございます」と擦れ違いながら挨拶する。今朝は立ち止まり「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」という言葉が流れ出て、「おはようございます」以外の挨拶を初めてした。

 
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明日への日記…72 スパークノンシリコンバンドと老人ホーム寸景

 

【朝の螺子締め】12月31日土曜日。 武田信玄が駿府に侵攻し(1568/12/31 永禄11/12/13)、翌年には久能城、江尻城、蒲原城などを築城する。清水の歴史に、今福和泉守、馬場美濃守などが登場する。

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静電気火花放電防止シリコンリストバンドを両手首につけたままでいる。それでも注意深く物に触れるのは「やっぱり効果がないなぁ」という結果になるのが嫌だからで、そういう心の働きが効能のあるがごとき結果を生んでいるということもあると思う。いずれにせよ火花放電は今のところない。めでたし。

老人ホームの元職人風入所者が、調理部の若者に「とろろ汁が食いてぇなぁ」と言い「残念だけど山芋がなくて」と答えたら「道具さえ用意してくれればその辺で五、六本は掘ってきてやる」と言うので笑った。

 
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明日への日記…71 年賀状が遅れる

 

【朝の螺子締め】12月30日金曜日。月山富田城の尼子義久が毛利元就に降伏(1566/12/30 永禄9/11/19)。NHK 大河ドラマで緒形拳が好演したのは父親の尼子経久の方。

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年賀状印刷を頼んだ京都の会社がウンともスンともで、しかも注文したことになっていないようなので、東京の会社に急ぎ発注した。そちらは朝一でメールが来て、データを見たところオンデマンドでもオフセットと甲乙つけがたく、早く安く上がるというので提案に従った。

本当はオンデマンドではなくオフセットに執着しようと思ったが、オンデマンドの機械を持っている印刷会社営業と知り合いになりたかったので提案に従ってみた。利益の少ない小商いの中で、新たな商売のチャンスをを見いだすような動きをしてくる商売人が好きだ。「印刷会社さんにもお使いいただいています」ということは下請け孫請けなのだろう。そういう知り合いができると面白い。

 
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明日への日記…70 瓶ビールとスパークノンシリコンバンド追記

 

【朝の螺子締め】12月29日木曜日。三河で森山崩れ(1535/12/29 天文4/12/05)。血で粘土をこねるような抗争。母方のご先祖は三河の瓦職人というのがわが家の定説になっているが、祖父は三河を三州(さんしゅう)と呼んでいた。三河の一の宮は清水にもある砥鹿神社。

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カクヤスでヱビス中瓶を1ケース買ったら、お兄ちゃんが「あれ、今日はハートランドビールじゃないんですか」と言うので「たまには違うのも飲む」と答えたら、お姉ちゃん二人と一緒になって「あはは」と笑う。あいつらは陰でハートランドオヤジと呼んでいるに違いないと確信した。

カクヤスでビールをケース買いするときは、配達を頼むのが面倒なので担いで帰る。家が飲み屋だったのでビールを運ぶ手伝いは慣れているが、大瓶だったので 133ml × 20 本 + 瓶の質量分重く25kg はあったと思う。それを酒屋のお兄ちゃんは必ず 2 ケース重ねて運ぶので感心した。

静電気の火花放電防止用に注文したスパークノンシリコンバンドが届いたので、早速スパークしそうなところを触っているが、今のところ効果あり。静電気の火花放電防止用スパークノンシリコンバンドはやはり両手に必要なようで、はめていない左手はやはりバシバシ火花放電する。

 
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明日への日記…69 スパークノンシリコンバンド

 

【朝の螺子締め】12月28日水曜日。美濃の斎藤道三が大垣城を包囲(1547/12/28 天文16/11/17)。斎藤道三が用いた 家紋「二頭波」はとても美しい紋様だと思う。

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ここ数日静電気がひどくて何に触ってもバシッと来る。ついに水道から出る水に触っても火花が出る始末で、心身ともに耐えがたいので「スパークノンシリコンバンド」という御守りをアマゾンで注文してみた。腕は二本あるのでなんとなく「スパークノンシリコンバンド」も二つセットで購入したが、右手にしていれば左手も OK なんだろうか。

愛用のマウス、スクロールホイール周辺にクロームメッキ縁取りの装飾があり、その部分に右手人差し指が触れるとバシッ!と静電気の火花が飛ぶ。そのたびに心臓が止まりそうになるので別のに交換した。Logicool の凡庸な卵形マウスに変更したけれど、触った途端に静電気の火花が飛ばないことのありがたさを痛感する。

クロムメッキのマウスをやめたらマウスを持つとき以外でも静電気バシッ!がなくなった。あのマウスを持って一日仕事してるのが問題だったんだろうか。

 
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明日への日記…68 みみずく通信

 

【朝の螺子締め】12月27日火曜日。雪舟が国の重文益田兼堯像(益田市立雪舟の郷記念館蔵)を描く(1479/12/27 文明11/11/15)。絵ばかり描いているのを咎められ、柱に縛り付けられた幼い雪舟が、涙で鼠を描いた話を子どもの頃よく読んだ。「えらいひとのはなし」だろうか。

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太宰治『みみずく通信』。新潟駅前で降り、万代橋を渡り、新潟高校で講演をし、砂丘を越えて海辺に出て、沈む夕日を見て古町を歩き、たくさんの運河のある通りを見ながらイタリヤ軒に行き、飲み屋で一杯やって宿に帰る…友人に案内されたコースを太宰も歩いていた。そのコースになるんだなと笑えた。

くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。(太宰治『みみずく通信』)

 
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