◉眠りとほころび

2018年4月30日
僕の寄り道――◉眠りとほころび

このところ体調が悪かった。「悪かった」と過去形で思う。

インターネット検索するとインチキ医学情報で溢れかえっているので、少なくとも自分や家族の体調についてはネット検索しないようにしている。検索すれば「夜間高血圧」とか「睡眠障害」など、他人と比べての「分類の枠組み」に取り込まれるに決まっているのでやらない。

2002 年に三人の親の在宅介護が始まってから、わが家の夜は 21 時就寝と決めている。深夜に錯乱が始まったら、夜明けまで騒いで家族を寝かせない年寄りがいたからだ。睡眠こそが「死」の代替となるやすらぎの逃避場所だった。寝る前は「どうぞ朝まで起こされませんように」と祈っていた。

親たちの看取りが最後に近づいて在宅介護が終わっても、相変わらず 21 時就寝の生活習慣は変えていない。早寝早起きこそ信頼に足る自分への健康法だと思っている。

それがいつ頃からか未明に目がさめるようになり、目が覚めると眠れないと感じるようになった。眠れないと余計な考え事をするので、枕元のスマートフォンで本を読むようになり、おかげで読書量は増え本読みのスキルが上がったと思うし、本読みに飽きるとずいぶん日記も書いた。

そのせいだと思うのだけれど、日中激しい睡魔が訪れるようになり、さいわい自由業なので昼寝をすることもあるのだけれど、どうも「眠り」についての不快が高じて感じられる。

夜中にスマートフォンで本を読んでいると、目を覚ました妻が
「暗いところで本を読むと目が悪くなるよ」
と昔懐かしい母親のような小言を言い、
「だって眠れないんだもん」
と子どもじみた答えをすると、
「いいえ。目をつぶっていれば必ず眠れます!」
ときっぱり言う。

いささか昼間の睡魔に危機感を感じるので、連休入りをきっかけに、言われる通り夜中に目が覚めても目を閉じて何も考えず「ちんとしている(富山弁でじっとしている)」と、確かに程なく眠ってしまう。ネット検索すれば脳内伝達物質を援用したインチキ解説記事があるかもしれない。

目を閉じて眠りのほころびを繕えば、次に目が覚めた時は明るい朝になっており、昼間の睡魔もやってこない。簡単なことなので、これからも「ちんとしていよう」と思う。(2018/04/30)


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◉色あい

2018年4月29日
僕の寄り道――◉色あい

「ああ、もう窓全体が緑色だね!」
老人ホームで暮らす義母の居室、その突き当たり、ベランダに面した大きな窓が雑木林の若葉ですっかり塗りつぶされている。 先週末もそうだったけれど、塗りつぶす緑の絵の具が厚みを増している。

世界を塗りつぶす絵の具の色には一つひとつ名前が付けられている。色は一つひとつが個性的な【色】であり、【色】は論理的に数字で言い表すこともできる。

世界はたくさんの【色】が集まってできている。たくさんの【色】が集まってできた色のかたまりを【色合い】と言う。
「ああ、もう窓全体が緑色だね!」
と言ったときの緑色はたくさんの【緑】が集まってできている。

老人ホームベランダから見える雑木林の緑を iPhone に入れたアプリ「StripeCam」で撮影するとこんなふうにできている。撮された写真を天地1セルで横にスライスして、取り出した帯で画面全体を縦に塗りつぶしてくれる面白いアプリで、こんなストライプ状の画像が出来上がる。

その一部分を取り出すと【緑】の仲間がこんなふうに集まって緑色の【色合い】をつくっている。

妻が手作りオルゴールを鳴らしながら義母の身体介助をする脇で、木の床や、カーテンや、カレンダーなどさまざまなものの【色合い】を採集してみた。

人の暮らし、人生にもまたさまざまな【色合い】がある。
2002年に三人の親たちの介護が始まってから盆も正月もない暮らしが始まった。連泊をする旅行らしい旅行もしたことがない。だが人から「えらいですね」などと労(ねぎら)われると恥ずかしい。妻も自分も、ひとつことに集中し、家に閉じこもっての一人遊びが得意なタイプだったので、限られた暮らしの中に閉じこもっての暮らしが苦手ではない。

というか、親の介護を大義名分として混雑で疲れる行楽の渦中に塗(まみ)れず、静かに自宅で好きなことをして過ごす暮らしの【色合い】が性に合っているのかもしれない、などとときおり話し合っている。

障害家族を抱えて大変だなあと思う友人が「やってみればたいへんでもないですよ」、働き盛りで中途失明しても生きいきと暮らしている人が「なってみるとたいしたことないですよ」などと気丈に笑顔で話されるのを見て、当事者でない自分が額面通り受け取るわけにはいかないと戒めつつ、暮らしの【色合い】に馴染みながら、そういう中に小さな楽しみを見出す気の持ち方は、人を救うたいせつな御守袋かもしれないと思ったりする。

並列を受け入れる。比べない。(2018/04/28)



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◉因幡の白兎

2018年4月28日
僕の寄り道――◉因幡の白兎

幼い頃、母親が家事をしながら童謡『だいこくさま』を、絹を裂くように甲高い声で歌っていた。どこからあんな声が出るのだろうと思うほど歌声がひっくり返る人だった。

♪ 大きなふくろを かたにかけ
大黒さまが 来かかると

鰐鮫(わにざめ)をだまして海を渡った報いなのであまり同情できない白うさぎが

♪ ここにいなばの 白うさぎ
皮をむかれて あかはだか

と歌われて登場する。同情できないとは言え「あかはだか」である。まるはだかにされたうえ、さらにあかぎれになったように痛々しく感じられたものだった。

意地の悪い兄弟達と違って心優しいだいこくさまは正しい治し方を教えてやる。

♪ 大黒さまの いうとおり
きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれば
うさぎはもとの 白うさぎ

近所の坂下にプランターでガマを育てている方がいる。フランクフルト・ソーセージを串に刺したような茶色い穂をつけ、植物図鑑の絵と同じなので「ああこれがガマか」と毎年思っていた。

今年もまたバラが美しい季節になった。頼まれた買い物がてら昼休みに坂を下りたらもうすでに満開になっていた。

そしてバラと通りを挟んだ向かい側で、ガマの穂がはだけて綿毛を吹いていた。

そうか、硬くて乾いたフランクフルト・ソーセージの中にたくさんの綿毛が詰まっていたのかと、納得しながら感動した。これならあかはだかの白うさぎも救われるだろう。(2018/04/28)


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◉ニューヨーク炭鉱の悲劇

2018年4月27日
僕の寄り道――◉ニューヨーク炭鉱の悲劇

呼吸には「荒い呼吸」「穏やかな呼吸」「浅い呼吸」「深い呼吸」があり、穏やかで深い呼吸は心にも身体にも良いという。確かにそうだろう。

呼吸が浅くなるのは余計なところに力が入っているからであり、人は余計なところに力が入らざるを得ない状況に直面したとたん血圧が上がる。とんでもない他人のおかげで頭に血がのぼるのは、高血圧の人にとっては好もしからざる状態なのだと思う。

腹の立つ相手を振り払おうとするより、自分の呼吸法を身につけることで対処する方が有効かもしれない。バカはひとりだけじゃないので、縁が切れない不意のバカ――もちろん自分自身という内なるバカも含む――に備える護身呼吸術。いいかもしれない。

自分の呼吸のことを考えて足元に目を落とし、臍下丹田(せいかたんでん)を思い浮かべたとたん、丹田と炭田がつながって「ニューヨーク炭鉱の悲劇」という古い歌のタイトルが記憶の中から転がり出てきた。ザ・ビージーズ 1967 年のヒット曲だった。

曲自体は覚えていないのだけれど、「はてニューヨークに炭鉱などあるんだろうか」と気になったことだけを、今も曲名とともに覚えている。

結論から言えば「ない」のだけれど、インターネットなどなかった時代は「ある」ことに対して「ない」ことを突き止めるのはたいへんだった。だから作家やタレントでもいいから博識のお兄さんが必要だった。そういうお兄さんが身近にいなかったので、ずっと謎のままになっていたのだった。

ニューヨーク炭鉱の非在を確かめるためネット検索すると村上春樹がたくさんヒットし、彼の短編集に同名の作品があるらしい。

今ではもてあますほど多い解説記事のひとつをクリックしたら
「みんな、なるべく息をするんじゃない。残りの空気が少ないんだ。」
という台詞が登場するという。文脈の坑道はどう穿たれているのだろう。

呼吸のことを考えて潜り込んだ話の坑口に奇妙に合いそうなので、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」が収録されている文庫本『中国行きのスロウ・ボート』を買ってみた。大好きな彼の翻訳本以外を買うのはおそらく初めてだと思う。(2018/04/27)

***

このところ仕事の合間に苦手だったリコーダーの練習をしている。静かに穏やかに息を吐く練習にちょうどよく。吐いているうちに吹いていて心が穏やかになる。上手くなりたいというより、心と身体の健康法としてやっている

「だんだん上手くなってるけど、なんであなたグループ・サウンズばかり吹いてるの?」
と妻に笑われ、昨夜は
「ノーベル賞とったんだから、あなたの好きなボブ・ディランでも吹いたら?」
と言われた。(2018/04/27)


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◉ケメ子と水虫

2018年4月26日
僕の寄り道――◉ケメ子と水虫

鼻唄混じりで楽しい就寝準備の片づけをしていると、好きなクラシック音楽のフレーズが、いつのまにか「ケメ子の歌」や「水虫の唄」になっていて笑ってしまう。

後者は明らかにベートーベンやメンデルスゾーンのパロディーなのでさもありなんとして、前者はアメリカンポップスのそれなのだけれど、両者は 1968 年のヒット曲という点で共通している。時代を反映しているかもしれない。

「ケメ子の歌」では、大好きなケメ子に「好き」と告白し、「嫌い」、「わたしはあなたが嫌いです」とキッパリ言われてショボンとする。痛ましいのだけれど、なぜかふたりの関係が微笑ましくて、羨ましいとも感じてしまい後味が悪くない。その先があったに違いない。だからいまでも忘れずにいる。

それはなぜかというと
「わたしはそういうあなたが嫌いです」
と正直に言い
「そう言ってもらえてよかった、じつはわたしもそういうあなたは嫌いです」
と胸の内を包み隠さず見せあう「その先」に、真の愛情や友情を見つけることがあるからだ。あればいい。いやある。年をとるほどそれがわかってくる。水虫のそれも、うつされた菌との共生の唄だった。

好きと嫌いは表裏一体で、それを併せ飲むことの中にこそ「真の」と呼べる、友情、愛情という「理解」が見出せるのかもしれない。(2018/04/26)

蛇足で言い切るなら、追い詰められて進退極まったら、「好き」と「嫌い」好悪の情を相手の目の前でひとまとめにしてのみこんで見せるほか、共に生きていくための「活路」を見出す手立てはない。それこそが知恵だろう。


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◉半分、青い。

2018年4月25日
僕の寄り道――◉半分、青い。

子どもの頃から左耳が難聴なので、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』主人公の気持ちが半分わかる。これから北池袋で打ち合わせなのだけれど、今朝はあのあたりもみんな煙雨の中にある。

風邪をひいて熱が出たり、大量の鼻水が出るようになると、左耳だけでなく右耳の聴こえも悪くなる。あまりに聴こえないので、小学生時代、ひとりで近所の耳鼻科に行ったら「耳の穴の発達が遅れて狭いままなので、これから少しずつ広げていこうね」と先生に言われ、怖くて逃げたのでそのままになっている。

風邪を引いた時以外には別段不自由も感じずに育ったが、社会人になって仕事で会議に出るようになってから困った。特に聴こえが悪い時に限って、大きな会議室で小さな声の発言者に出くわして困った。そうういう時には仕事などやめて家に引きこもりたいと思うこともあり、そういう時のために補聴器を買ったが数回使ったままほったらかしになっている。

どうしてそうなったかというと、耳の方は相変わらず聴こえが悪いままなのだけれど、人の話が聴こえない状態で打ち合わせに出ても平気になったからだ。まずはじめに
「実は子どもの頃から難聴で、風邪をひくとほとんど人の話が聞き取れなくなります。申し訳ありませんがよろしくお願いします」
とことわりを入れることにしている。

あとは聞き取れたキーワードで類推して自分の考えを淡々と述べる。話している声が自分という洞穴の中にわんわんこだましている。それでもたいがい、みなさん頷きながら聞いてくれているし、伝わっていなくても自分に納得がいくことだけを話しているのでそれでいいやと思えるようになったからだ。

実はみんなあっけにとられたり、半ば呆れて聞いているのかもしれない。まことに身勝手ではあるけれど、自分の方だけは納得がいって心は半分青空なのである。

耳が聴こえているのに、この人は話があさっての方向にずれてしまう傾向を持つ人なのではないかと思う人でも、自分に偽りのない正直な気持ちをいま晴れ晴れと述べているのだろうと思うようにして聞いていると、実は得るところのある、意表をついた角度を持つ意見だったりする。

人の話に聞く耳を持つということは、理解しようとする側でも、半分心が晴れているのだろう。(2018/04/25)


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◉酔っぱらいはおたがいさま

2018年4月24日
僕の寄り道――◉酔っぱらいはおたがいさま

社内飲み会に誘われて出かけ、酒を飲めない人たちがいるというので、ノンアル飲料を手土産にしたら、「そもそもお酒が飲めないんだから、そんなのじゃなく普通のジュースが飲みたい」と言われ「ああそうか」と笑ったことがある。

お酒が飲めないのだけれど飲み会に必ず参加する人がいて、「お酒抜きでも楽しいですか」と聞いたら「みんなだんだんろれつが回らなくなり、何を言ってるかわからなくなっていくのを見ているのが楽しい」と言うので笑った。

昨夜もいつも通り夫婦ふたりの晩酌をしていたら携帯に電話がかかり、ろれつが回らない声で「もう寝てましたか〜」と言うので、「だいぶご機嫌ですね、ろれつが回ってないけどまた芸者遊びですか?」と言って笑った。

「ちょっといい人にかわります」と言われて次に電話口に立った人も、もうご機嫌でろれつが回っていない。「ろれつが回ってないじゃないですか」と笑っているこっちも多分もうろれつが怪しくて、そういうろれつが回らない者同士の電話を盗聴している人がいたら、何を話しているかほとんどわからないだろう。(2018/04/24)


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◉函館のサッカー小僧

2018年4月23日
僕の寄り道――◉函館のサッカー小僧

最近はいつも手帳を持っているようにして、人の話を聞くときは必ずメモを取る。メモを取っておいて見返すとあとで楽しいし、面白い話を聞いたのにメモを見るまで聞いたことすら忘れていた、という事態が多いからだ。まさにモッタイナイ話である。

メモを取ることにおけるもう一つの効能は、相手が高齢者の場合、メモを取る姿を見た途端ぐっと話に身が入るのがわかってボケ予防支援になり、相手がちゃんと聴いているのを感じて嬉しそうにしてくれることだ。

歳をとるとかえって過敏になる感覚があって、それは他人からの「軽視や無視」を感じるチカラだろう。この人は自分の話を適当に聞いている、まともに聞いてくれないのだと感じて落胆する年寄りの顔は、横から見ていてよくわかる。

マンション集会室飲み会に必ず出てくる大酒飲みのYさんは84歳、昭和8年生まれなので父親の年齢に近い。隣りに腰掛けて飲みながらする与太話が楽しい最年長の友である。

先週末は意外にもサッカーの話についてくるのでなぜかと聞いたら、函館で過ごした中学高校時代はずっと蹴球部だったという。函館中学、函館工業高校、蹴球部でのポジションはどこだったのかと聞いたら「ずっとハーフ」だったと言い、チームは強かったかと聞いたら「強かった、『はたけやま』という双子の選手がいて、卒業後も活躍して日本サッカー協会に行ったはず」という。

二日酔いでボロボロの記憶とともに翌朝を迎えたけれど、手帳を開いたらそんな思いがけない話がメモしてあった。本当の話かどうかはどうでもいい。(2018/04/23)


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◉あいつ

2018年4月22日
僕の寄り道――◉あいつ

昨夜はマンションの住民交流会で飲みすぎた。
朝になってもまだアルコールが抜けていなくて、そういう朝は仕事をしながらいつもと違う歌が口をついて出る。まだ昨夜の余韻に引っ張られているのだろう。

学生時代に聴いた歌にはよく「あいつ」が出てきた。
男が「あいつ」と言えば同性を指すことが多いけれど、そのうちの一曲を口ずさんだら、この「あいつ」とは女性のことだったのではないかと不意に気づき、ちいさく「あ…」と思う。

学生時代に「あいつ」を男性としか思えなかった自分が、「あいつ」は女性だったのではないかと思えるようになっている。女性を「あいつ」と呼べることには深みがある。

「あいつ」が出てくる歌は意外に多くて、頭の中で記憶を再生してみると、「あいつ」が明らかに男性を指している歌は多い。だが「あいつ」が女性ではないかと思える以外に、「あいつ」が社会であったり、主義であったり、課題であったり、苦悩だったりするのではないか、そう思える歌がまれにある。そういう歌はいつまでも色褪せず、今もときおり口をついて出る。(2018/04/22)


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◉石鏃(せきぞく)

2018年4月21日
僕の寄り道――◉石鏃(せきぞく)

使い古した日用品の中で、くつを捨てるときにはさまざまな感慨が靴底にまとわりついており、手にとってしばらくぼんやり見入ってしまう。

学生時代に熱中した吉田拓郎の歌もいつしか時代の彼方に遠ざかり、もう聴かなくなって久しいけれど、ときどきふと口をついて出るフレーズがいくつか心の中に残っている。

安井かずみが作詞した『金曜日の朝』もそのひとつで、突然出て行ったまま帰ってこない彼女は、白い運動ぐつをはいて出て行った。

その運動ぐつは「旅で見つけた」ものであり「夏を歩いた白いくつ」であり、それをつっかけて消えたまま戻らない。

古いくつを手にとって眺めながら「(ああ、このくつをはいて夏を歩いたなあ)」と思う。だいじにはいたので夏だけでなく秋も冬も春もともに過ごしたのだけれど、自分にとってこの場合の夏は括弧つきの「夏」で、元気に歩けた人生を振り返る愛惜の情が混じっている。

アメ横の靴屋で買ったスペイン製のトレッキングシューズをはきつぶした。そのくつをはいてたいへんな距離を歩いた。東京の街だけでなく、郷里静岡県清水の山や海岸も歩き回ったし、義母に会うためさいたま市にも通ったくつである。

手にとってすり減ったくつ底をひっくり返して見たら、ひび割れたゴム底の隙間に小石が挟まっており、ほじくり出して手のひらに乗せ「(ああ石鏃)」と思う。

石鏃(せきぞく)は、古代人が石を材料にして作った鏃(やじり)で、矢の先端に紐などで固定して使った小型の石器である。先の尖った二等辺三角形で、底辺両脇の等角も尖らせて「返し」になっており、獲物に刺さりやすく抜けにくい。

くつの底に挟まっていた小石は、もちろん古代人の石鏃ではないけれど、挟まったまま抜けずにいたという点で、形の中に石鏃としての機能を持っていたと言える。

くつはゴミとして袋に戻し、かかとに刺さった小石だけを引き出しにしまった。ともに「夏」を歩いた小石である。(2018/04/21)


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◉无邪志から

2018年4月20日
僕の寄り道――◉无邪志から

夜中に目が覚めたのでごろごろしながら本を読んでいたら「无邪志」と書かれていてこれが読めない。日本武尊(やまとたけるのみこと)東征後に国造(くにのみやつこ)が置かれた地域の名前で「むさし」と読む。四世紀半ば頃だろうと推定されている。

で、こういうキラキラネーム的真名仮名(まながな)地名「无邪志(むさし)」とか「知々夫(ちちぶ)」、郷里静岡だと「珠流河(するが)」のような表記も今では、「武蔵」、「秩父」、「駿河」とすっきり漢字ふた文字に置き換わっているわけだけれど、その契機については初めて知った。

文化文政期(1804〜1829)に編まれた武蔵国の地誌『新編武蔵風土記稿 』に
「和銅の勅諚に仍て 、国郡邑里の名は佳字を撰び 、二字に定よと有しより」
とある。和銅といえば 708 年から 715 年までの女帝元明天皇が治めた時代のことで、地名に好字をあてさせる以外、諸国に風土記の編纂を命じたりしている。実務は法律に長けていた藤原不比等(ふじわらのふひと)が行ったのだろう。

この頃のことを調べると「三世一身法」とか「墾田永年私財法」などという懐かしい受験必須用語が出てくる。和銅年代には平城京遷都があって物入りだったので民は血税を搾り取られた。天皇側と派遣された国造による醜い税の奪い合いも生じ、運搬の使役は過酷で徴集されたら命を落とすのが当たり前だった。いちおう荷役に携わる者たちを気遣う女らしい詔勅もあったらしい。

和銅の時代を引いたら「蓄銭叙位令」などという忘れていた言葉も出て来た。「お金を貯めて位階をもらおうキャンペーン」である。地名に関する和銅の勅諚にも名前があるのだろうかと調べたがわからない。中国を真似た条里制整備の一環だろうか。風土記の編纂を命じたのも勅諚だろうし、秩父産出の純良な銅で鋳造されたという和同開珎の偽造を禁じる勅諚まで出たらしい。

思うにこの頃からカネのために、人一倍欲の皮が突っ張って突出した者たちが国民を奴隷支配し、税を徴収して楽をする競争という、現在に至るカネ本位の社会構造ができ上がった。この春は平安末期あたりから本読みしているが、教科書にはこんな歴史ばかり書かれていたのかとうんざりする。(2018/04/20)


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◉緑の羽根

2018年4月19日
僕の寄り道――◉緑の羽根

国会議員が胸に緑の羽根をつけているので
「緑の羽根ってなんだっけ」
と聞いたら
「交通安全じゃなかった?」
と妻が言う。そうか、通学路の交差点に人が出て、旗を持って子どもたちの見守りをしているのはそのためかと納得したが、正しくは国土緑化を推進する緑の羽根募金らしい。

いずれにせよ、街に初々しい新入学の子どもたちが芽生え、元気に登校していく姿を見る。

六義園の木の葉も日に日に密度を増してきて、ついこの間まで見えていた園内のほとんどが覆いつくされた。緑が爆発したような生気を放つ季節になり、見ていると心地よく圧倒される。人の心が自然に圧倒されたがっているとも言える。死ぬならこういう季節がいい。

友人から「夜逃げの準備中」とか「引っ越しの荷造り中」と文末に書き添えた思わせぶりなメールが届くので、まさか奥さんを残してこの世から夜逃げするんじゃないだろうなと心配したが、マンションリフォームのため一ヶ月ほど借家暮らしをするらしい。安心した。

苔が枯れて死滅した苔玉を解体し、芯になっていた南天を鉢に下ろしたのが昨秋のことである。室内からベランダに出して寒気にさらしたけれど、無事越冬して若葉をふいている。

苔玉だった頃の気分が抜けないので、南天の水やりは適当で良いと知りつつ、毎朝欠かさず水やりしており、ふと鉢の中を見たら、根元近くから小さな苔の芽が出ている。南天も友だちが帰って来て喜んでいることだろう。(2018/04/19)


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◉朝の落し物

2018年4月18日
僕の寄り道――◉朝の落し物

もう一ヶ月くらい昼食はホットケーキを食べている。毎日ホットケーキを食べるのが幼い頃の夢だった。それを実現してみたらおなかがへこんで身体が軽くなった。満足感があって腹持ちがいい割に太らない。

近所のローソンで「バター広がるホットケーキ」というのを買っていたのだけれど、品揃えから消えてしまった。仕方がないので動坂下の業務用スーパーに行き、冷凍のを買ってきて仕事場の冷蔵庫にストックし、昼になるとチンしてバターを塗りはちみつをかけて食べていた。

同じくホットケーキ好きの女性編集者が
「ホットケーキとパンケーキってどこが違うんでしょう」
と言う。セブンイレブンに行ったら確かに同じものがパンケーキとして売られていた。というわけで最近は毎朝セブンイレブンまでパンケーキを買いに行く。

通勤者がぞろぞろと歩く歩道をパンケーキ買いに歩く自分がいて、愛犬の落し物を拾う高齢の飼い主がいて、そっぽ向いて始末が終わるのを待つ犬がいる雨の朝である。(2018/04/18)


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◉転ぶ人

2018年4月17日
僕の寄り道――◉転ぶ人

二足歩行ができるようになったばかりの幼児はよく転ぶ。近くに誰もいないところで転んで泣いている子はあまり見ないけれど、お母さんがそばにいて声かけすると泣き出す。声かけが情けない気落ちを呼び出している。

人は成長につれ二足歩行に慣れてだんだん転びにくくなるけれど、年をとると再び転びやすくなる。義父母も転んでいたが、自分もまた転びやすくなり、今年もすでに二度転んだ。一度目は街路樹の根元につまづいて転び、先日は歩道いっぱいに広がって下校する女子中学生を避けようとして、縁石に蹴つまずいて車道に転んだ。

女子中学生を押し退けて痴漢と間違われたりしたらたまらないので、スマートに迂回して追い抜こうとしたら身体がついてこなかった。年をとると思ったより足が上がっていない。背後で少女たちのクスクス笑いが聞こえた。

それでもまだ若いので上手に両手をついて転び、顔を地面に打ち付けたことはまだないけれど、義父母は顔面から落ちて怪我をしていた。

雨の本郷通りで転んでいる中年男性がおり、額から血を流しているので声をかけたら近所の住人だった。通りかかった若者が手伝ってくれて助け起こし、血止めのハンカチを貸してくれた。落ちて傷だらけになった携帯電話を拾って手渡すと、震える手で家族に電話をかけ「転んじゃった」と絞り出すような声で言った。

やがて奥さんが駆けつけ、傘をさして抱えるようにして帰って行かれたが、礼の言葉はなかった。だがふたりの、悔しくて、恥ずかしくて、消え入りたいような表情に現れていた気持ちはよくわかる。いい年して人前で転ぶほど情けないことはない。

立派な背広を着た紳士が額から血を流して歩いているのを見たことがあるが、彼には声をかけられなかった。パーキンソン病だった義父と同じような歩き方をしていたので、彼もまたそういう病気で苦しんでいたのかもしれない。血をにじませながら、転んでしまった自分が悔しく、誰にも声をかけてもらいたくないという、決然たる顔をして歩いておられた。

***

昨夜は週一回の休肝日で素面(しらふ)の妻を相手に、録画しておいた NHKドキュメンタリー 「ブレイブ 勇敢なる者『えん罪弁護士』」を観た。最後近く、痴漢教師裁判の細部、意外な二審判決の理由、当該裁判官のその後、Twitter への言及など、ちょっと細部で澄明さが損なわれているようなモヤモヤ感があるけれど、ざっくり言えばよかった。(2018/04/17)


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◉朝の気分

2018年4月16日
僕の寄り道――◉朝の気分

駅弁の幕の内弁当を買ったが、今ではローカル線も縦座席ロングシートばかりになってしまい、車内で弁当が食べにくい。急ぐ旅でもないので時刻表を買い、乗り継ぎを考えながらホームのベンチに腰掛けて食べた。列車内よりよっぽど旅気分が味わえる朝食である。

ひとくちカツを食べたら、となりに白身魚フライがあり、そのとなりにはウインナフライもあって、ずいぶん揚げ物の多い幕の内弁当だなと思う。というか揚げ物が湧き出てくるようにサービス満点の駅弁を食べ終え、満足したところで目が覚めた。

低血圧で寝覚めが悪く、朝は食欲がない妻にかわり、高血圧で早起きで、朝から食う気満々の自分が朝食作りを担当しているが、そんな夢を見て目が覚めたので今朝はあまり食欲がない。

昨日の日曜日は意外にも心がけの良い自分が優勢で、気になっていた仕事を次々に片付け、整理し、メールを書いて編集者宛に送信した。達成感が気持ちいい。

そうしたら今朝はどうも月曜日という気がしなくて、朝の買い物に出たら道ゆく出勤途上の人たちが異様に見える。どうしても今日が週末に思えて仕方なく、楽しい休みモードになっている自分がいる。

月曜日から朝が清々しい本郷通りの金物加工店

そういえば子どもの頃も、宿題を片付け予習も済ませた月曜日は爽快だった。朝の気分とは面白いもので、1日をどう感じるかの鍵かもしれない。気分のコントロール法をいろいろ試してみよう。(2018/04/16)


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