▼辛夷と丸い実

自宅の窓から最も近い六義園内に辛夷(こぶし)の木があり
病気にでもなったのか数年前に激しく剪定されてびっくりしたけれど
次第に樹勢を取り戻して春になると真っ白な花をつける。



今年は秋になったらたわわに実までつけた…
と思ったら夏の間に絡みついて育った植物が
辛夷の木に丸いオレンジ色の実を残して枯れたのだった。




何の実なのか興味があるのだけれど
高いところにあるのでよく見えない。



楽しい(?)大掃除の最中にRICOH製の
2倍フロントコンバージョンレンズが出てきたので
デジカメに取り付け35ミリ換算720ミリの望遠によるクローズアップ現在。

やはり何の実かはわからないけれど
辛夷がしっかり春の芽吹きの準備をしているのがわかった。

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▼動物園の牛

上野動物園には絶滅に瀕している日本在来牛のうち
口之島牛(くちのしまうし)と見島牛(みしまうし)の計2頭が飼育されている。



現在、干支展「“日本在来牛”って何だろう?」その歴史と秘密を探ると題した
特設展が開催されているという。

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▼正月飾り

マンション暮らしなので正月飾りなんて不要と思ってきたのだけれど
昨年末、何となく暮らしに華がないので買ってみる気になって
自宅と仕事場と義父母が住む三つの区画のドアに
小さな正月飾りを下げてみた。



かわいいネズミの飾り物がついており、捨てたり焼いたりするのは
もったいないし可哀想なので箱に入れてとっておき、
取り出してみたら十分使えそうなので再利用したいのだけれど
ネズミは11年後に使えるかもしれないのでかぶせるものをつくってみた。



小さな牛乳バックをつくり、骨粗鬆症だと言われた義母が
牛乳を毎日しっかり飲んで骨肉とも太ってくれるようにとの祈りを込めて
「乳牛(ちちうし)」という文字を配してみた。
義母はもう乳牛(ちちうし)と呼べないほど痩せている。

1辺2センチの正方形断面を持つ小さな牛乳パックを3つ作りながら
大学出たての頃、こうして雪印乳業の牛乳バックをデザインしていたことを思い出した。

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▼奥さまは魔女 Bewitched

NHK-BS2で再放送中の『奥さまは魔女』を見るのを楽しみにしている。
日本語吹き替え版の放送が始まったのが1966年というので
静岡県清水で中学生の時代に見ていたのだと思う。


   ▲12月27日、中央区銀座にて。

ダーリン(夫)とサマンサ(妻)とエンドラ(姑)とラリー(上司)の
軽妙な会話がとても面白いのだけれど
これは中学生ではわからなかっただろうなと思い、
短い時間内にふんだんにあるダーリンとサマンサの
キスシーンばかり見ていた気がする。

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▼コヒアアラビカ

赤坂に古くからある珈琲の店。
かなり昔、まだ社会人になりたての頃に何度か入ったことがある。
当時はこの場所でもっと古い建物だったような気もするけれど
記憶違いかもしれない。



昔も今も珈琲の味にはうるさくなくて、
まずい珈琲と美味しい珈琲の違いくらいはわかるけれど
美味しい珈琲のクラス分けをできるような味覚はない。
美味しい珈琲はみんな美味しいと感激してしまうだけだ。
それでも郷里静岡県清水の櫻珈琲で訓練を受けたので
少しは味わいの差を言い表す言葉も使えるようになり
もう一度自己採点のために入ってみようかなという気もある。

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▼向こう側

どこの会社も今日が仕事納めのようで
打ち合わせで外回りしたら別れ際に担当者から
「よい年をお迎えください」
などと言われ、届いた仕事関係のメールにもまた
「よい年をお迎えください」
と書かれていた。



仕事で通りかかるたびに写真を撮って定点観測していた
青山一丁目、青山通り沿いにある皇居内の三本の木も、
重曹で煮詰めて葉脈だけ残した木の葉のように
綺麗に透けて向こう側が見えるようになっていた。
おそらく皇居内からビルが見えないための
景観を重視した目隠しなのだろうけれど
春が来るまで役に立たない。

「よい年をお迎えください」
という挨拶が寂しくて苦手なのだけれど
「年明けまででいいですよ」
という仕事がたくさん入ってきたので
一年の終わりの向こう側が見えることによって
年末年始も忙しくてたいへんだ!と言いつつちょっと嬉しい。

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▼瓦斯灯

湯島天神境内に一基だけあるガス灯に灯が灯る夕暮れ間近。
泉鏡花『婦系図(おんなけいず)』が書かれた頃は5基あったという。



これは東京瓦斯の協力で復元された
都内唯一の瓦斯灯だという。



ゆらゆらと揺らめく炎を見ていると
視覚的に感じる暖かさというものが確かにあるのを不思議に思う。

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▼街とマンガ

新潟県新潟市東堀通1番町。
ラーメンの『青島食堂』前を通過していくバス。
この新潟市観光循環バスが通過する本町には
ドカベンに登場する選手たちのブロンズ像が並んでいる。



郷里静岡県清水には海外から
「イリエチョウハドコデスカ?」
とちびまる子ちゃんに関する問い合わせがあるそうで
僕が生まれた街も国際的になっているけれど
海外からわざわざ入江町に来てもちびまる子に関するものは何もない。

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▼夢と現実と酩酊

新潟県新潟市西区山田。
新潟県の観光・物産プレゼンテーション施設『新潟ふるさと村』というのがあり
そのアピール館には戦前(昭和初期)、戦中(昭和20年)、高度成長期(昭和45年)とわけて
新潟の暮らしの変遷をジオラマとホログラフィーを組み合わせて紹介する展示物がある。

作り物の風景の中にホログラムの人や動物が三次元的に動きながら出現し、
本当にいるように見えるというわけではなくて光る幽霊みたいなものなのだけれど
庭先を歩き回るニワトリなど動きが演技でないだけに
人物より妙にリアリティがあってよくできており見ていて飽きない。



ジオラマとホログラフィーを組み合わせた風景というのは
現実のように見えるわけではないし、かといって夢のよう現実離れしているわけでもなくて
たとえてみればお酒を飲んで酔っぱらっているときに見る景色に良く似ており
酩酊状態の世界に登場する事物というのはホログラムに似ているのかもしれない。

ホログラムみたいなので人は気安くぶつかったり転げ落ちたりし、
でもそれはホログラムでなく現実なのでぶつかれば痛いし怪我をするし、
転がり落ちれば命を落としたりするのであぶない。

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▼新潟の空

新潟県新潟市中央区幸西。
信濃川の土手である「信濃川やすらぎ堤」に登る坂道。
土手から水辺までなだらかな緑地があって
冬とはいえこんなに暖かいと
映画『男はつらいよ』のフーテンの寅のように
背広の襟を立て、片足を膝にのせ、草の上に仰向けに寝転がりたくなる。



そして、その辺にあった草を口にくわえて
「けっ! 面白くねぇやっ!」
と「ペッ!」と空に向かって跳ばしてみたら
ちょっと気持ちがスカットしそうなのだけれど
朝のやすらぎ堤を行き交う人々は思ったより人生を
面白そうに生きている気がする新潟の空の下。

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▼お豆さんと飴ちゃん

昨日に続いて本日も神田明神門前の天野屋に名物『芝崎納豆』を買いに行った。
関西には「お芋さん」「お粥さん」などと食べ物に接尾語「さん」をつける言い方があり
「お豆さん」という言い方もあるけれど
納豆を食べないといわれる関西人はにっくき納豆にも
「さん」をつけて「お豆さん」の仲間に入れてくれるのだろうか。


 ▲12/20、神田明神近くの飴屋店頭にて

富山県出身の家族は飴玉のことを「あめちゃん」と言い
娘だけでなく義父母まで一緒になって
「あめちゃんなめる?」などと言うので、
いつまでも幼児性の抜けない親子だと陰でこっそり笑っていたのだけれど、
「あめちゃん」もまた「飴」に接尾語「ちゃん」をつける
関西では当たり前の語法らしい。

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▼神田明神と芝崎納豆

郷里静岡県清水の友だちに意外に糸引き納豆嫌いが多い。
神田明神門前、天野屋の地下には糀や納豆を醗酵させる室(むろ)があり
そうやって作られる『芝崎納豆』はとてもおいしい。

新潟の友だちは糸引き納豆が大好物なので
神田明神門前、天野屋の『芝崎納豆』を食べて貰いたくて
午後から神田明神まで買いに出た。


 ▲左手に天野屋がある神田明神門前

新潟の友だちも先日神田明神を訪れて
境内にある銭形平次の“顔はめ看板(顔出し看板)”で撮った
記念写真を送ってくれたが、亡き母もガンとわかってから
ここで笑顔の“顔ハメ”写真をとっている。


 ▲神田明神門前にて

顔を出しカメラを持った右手を前に出して
セルフポートレートを撮ってみようかとも思ったけれど
手が三本ある銭形平次は凄すぎるのでやめておいた。

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▼賑やかな酒場

郷里静岡県清水の友だちが上京し
夕方には用事も終わるというので新宿で待ち合わせをし
21時10分東京駅八重洲口発清水ライナー折戸車庫行きに
間に合う時刻まで忘年会をした。


 ▲「ぼるが」にスーツ姿でやって来た清水の友だち。

新宿西口『ぼるが』で久しぶりに飲んだ。
学生時代に聴いた歌で今でもよく口ずさむ歌に
みなみらんぼうの『賑やかな酒場』という歌がある。
今も昔も『ぼるが』は賑やかな酒場なのだけれど
あの頃の怒れる男たちはどこに行ったんだろうと
ちょっと感傷的になる穏やかな酒場になっていた。


 ▲清水ライナー発車。

清水行き最終バスに乗る友だちと一緒に
中央線快速電車に乗って東京駅まで出て
恒例のバンザイをして見送った。
バスを見送って寒くなった八重洲駅前ターミナルの向こう側に
屋台のラーメン屋が赤い提灯を灯して店を出していたので
東京駅を見ながら屋外に腰をおろしてラーメンを食べた。
高齢のご主人はこれから午前二時まで店をあけているという。

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▼既視の辻

きっと誰もが
「あっこの道は歩いたことがある」
と思いそうな既視感のある丁字路。



土地の高低の等高線を切らないように沿って人が踏み分けた道に
直行してくる別の道は等高線を切るように下るので
こんな雨の日でも排水路にならないようたいがい脇に側溝をともなっており、
蓋がされたり地下水路になってもちゃんと残っており
マンホールに耳をあてると他の地点より水音が大きい。

だから小さな丁字路は日本中のいたるところにあってみんな似ており
不意にふるさとの道に出会ったかのように懐かしい。

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▼街道の眺め

町歩きは地図がない方が楽しいと思うことが多い。
志村坂上での仕事が早めに終わったので裏通りを歩き始めた。

思いがけず東京光学のトプコンを見つけたりして喜びつつ
工場に沿った直線道路を避け
いかにも人が踏み分けたようなくねくねした道を探して歩く。



くねくねとした道は田畑の中に生じた道で
それらは土地土地のかすかな等高線に沿っていることが多く
地域の成り立ちをくねくね具合が良くあらわしている。



これぞという道を見つけたのでくねくねと辿って歩いたら次第に繁華になり
標識が現れてその道は旧中山道だとわかり繁華なのは宿場跡であるせいだった。

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