◉鳥を見る

2018年11月21日(水)
僕の寄り道――◉鳥を見る

保育者向け月刊誌の仕事をしていたら、保育者が園児にバードウォッチングをさせるための記事があり、ポイントのところに面白いことが書いてあった。幼児は単眼の望遠鏡を片目で覗くのが苦手なことが多いという。なんとなく自分にも望遠鏡がうまく覗けなかった記憶があり、ああそうなんだな…と思う。

そして「いいなぁ」と思ったのは、保育者が機材を用意できない場合、バードウォッチャーを見つけて、見せてもらうのも手だという。鳥好きだけでなく、星好きもそばに立っていると「どうぞ、ご覧になりませんか」と言ってくれるものだ。おじさんになってからも何度かそういう経験がある。かわいい幼児ならなおさらだろう。

(2018/11/21)

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◉砂漠にて

2018年11月21日(水)
僕の寄り道――◉砂漠にて

「砂漠の生活には大きな楽しみがないために、ささやかな楽しみが大きな楽しみとなり、子供の遊びが大人の遊びになる」(ロアルド・ダール『飛行士たちの話』早川書房)

2002 年夏から三人の親たちが同時に要介護となり、身動きが取れないようになって学んだことが、読みかけたダールに書かれていた。砂漠にかぎらず人生の全般で役立つ学びだろう。

11 月 20 日、義母は静かな個室に移った。娘である妻は、ポツポツ穴を穿ってつくった「20 弁オルガニート・紙ロール式手回しオルゴール・自作・編曲による秋の部を PCM 録音して CD 化したものを mp3 に変換したもの」を小型プレーヤに入れ、枕元で流しながら世話をしている。

病室を訪れた女性看護師が
「わぁ〜赤ちゃんのお部屋みたい!」
と喜び、排泄などの介助をしてくれる女性たちが
「綺麗な音~」
と褒めてくれたというメールが届いた。
「音を聴く能力は残っているものですよ」
とも言ってくれたという。

秋も深まり、義母の誕生日も近いので、今日は冬の部の音源を SD カードに入れて持たせることにする。

(2018/11/21)

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◉赤の記憶

2018年11月20日(火)
僕の寄り道――◉赤の記憶

中学高校生の頃、自分の書いた文章が活字になるのは夢のような出来事だった。少しでも夢に近づこうと報道部に入ってガリ版も切った。ガリ版を切って自分の書いたものが学級新聞に載っても、やはり手書き文字より活字に憧れた。

開高健が学生時代に所属していた同人誌『えんぴつ』には主催者の谷沢永一はもちろん、向井敏もいたし、もう少し続けていれば藤本義一も加わることになったそうで、立派な中身の雑誌だったと思うけれどガリ版刷りだった。ガリ版の手書き文字であっても、これだけのメンバーが書き手なら大したものだと思うけれど、開高健を読んでも、谷沢永一を読んでも、向井敏を読んでも活字印刷の同人誌に引け目を感じていた記述がある。

みんな活字に憧れたのだ。活字が打てる欧米人が羨ましく、高校生の分際では和文タイプライターなど手が届く代物ではない。いっそ日本語を捨てて英語で書きたいものが書けたらどんなにいいだろうと思い、当時郷里で評判の英語塾に3年間通ってみたけれどものにならなかった。

その頃憧れた英文タイプライターがイタリア olivetti(オリベッティ)社のValentine(バレンタイン)で、通称「赤いバケツ」と呼ばれ、Ettore Sottsass(エットレ・ソットサス 1917 - 2007)による秀逸なデザインだった。CM や広告を見たような記憶もあるけれど、思い出そうと「赤い…」というキャッチコピーをつぶやくと「…シャポーの味の素」が思い浮かんでイタリアからフランスに脱線してしまう。

近所の文具店まで買い物に出たら古道具屋に赤い Valentine が飾られており、「ああ赤いバケツだ!」と懐かしいけれど、なぜか後ろにオードリー・ヘップバーンの写真パネルがある。

(2018/11/20)

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◉音楽に

2018年11月20日(火)
僕の寄り道――◉音楽に

NHK クラシック倶楽部、ワルター・アウアー(フルート)・沢木良子(ピアノ)の演奏、そのアンコールで演奏されたシューベルトの歌曲『楽に寄す(音楽に寄せて)』(An die Musik)作品88-4、D547 が耳に残っているので、夕食後の下げ膳を手伝いながら鼻歌していたら、妻が
「シューベルトはいつも恥ずかしそうだけど歌がうまいね」
と言う。
「含羞(がんしゅう)は、自分自身の限界を知って、それでも乗り越えてすすもうという決意のあらわれだからね」
と言ってみた。そんなことを福田恆存が書いていたような気がする。書いてなかった気もするけれど、頬が赤らむほど恥ずかしいと思う気持ちは尊い。そういうふうに読んだ。この演奏ではタイトルが『音楽に』となっていて、簡潔にして力みのないよい訳だと思う。

義母は今日から個室が空いたのでそちらに移る。老人ホームでしていたように、身体をさすったり、髪をといたり、顔を拭いてやったりしながら、二十音の紙ロール式オルゴールのために編曲した音楽を聴かせてやれると妻は喜んでいる。


(2018/11/19)

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◉チチ

2018年11月19日(月)
僕の寄り道――◉チチ

郷里の先輩が「のぼり旗」を作りたいというので手伝うことにした。業者を見つけてデータ作成用のテンプレートをダウンロードしたら「チチなし」と「チチつき」があり、しかも「チチつき」には「右チチ」と「左チチ」があるという。妻に「のぼり旗づくりを手伝うんだけどチチって何?」と聞いたら知らないそうで、一般的な裁縫用語ではないらしい。

ネット検索したら、のぼりとポールを一体にするためのつなぎ部分、あの袋状の飛び出しのことだという。そうか、あれをチチというのかと半分納得し、しかしどうして「チチ」というのだろうと続きを読んだら、漢字で「乳」と書き、諸説あるけれど、一定間隔で複数取り付けられている飛び出しの様子が、犬の乳の形状に似ているからだという。かわいいい。

ちなみによく使われるのは「白チチ」だけれど、見た目を考慮して「黒チチ」もあるという。

(2018/11/19)

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◉柿くへば

2018年11月19日(月)
僕の寄り道――◉柿くへば

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

この句が正岡子規の作であったことを知ったのはごく最近のことだ。うんと幼かった頃、おそらく人生で最初に知った俳句の一つだったのではないかと思う。松尾芭蕉の名はいちばん早くに覚えたけれど、正岡子規はうんとのちになって知った。

「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺って誰が作ったんだろう』
「柿本人麻呂!」
「あはは」

程度の笑いで通過してしまったのだろう。

今年もまた金子みすゞ関係の出版社を通じて奈良の柿をいただいた。毎年、奈良の柿が届くたびに正岡子規を思い出す。それが普通である。

奈良の柿を食べるたびに、柿っておいしいものだったんだなぁと思い、買い物に出ると追加で柿を買ってしまう。農家直販コーナーで茨城の柿を買い、あっちの八百屋で和歌山の柿を買い、近所のスーパーで奈良の柿を買って来る。

昨夜は妻とNHKスペシャル『人生 100 年時代を生きる 第 2 回「命の終わりと向き合う」』を観ながら、義母の看取りで病院から問われている最終確認事項の返事をふたりで考え、

「柿のどこがいいって、ほかの果物より旬がくっきりしているのがいいよね」

という話をした。

(2018/11/18)


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◉朝のアンテナ

2018年11月19日(月)
僕の寄り道――◉朝のアンテナ

アンテナを検索したら格安テレビアンテナ設置広告ばかり表示されて求めていた情報に行き着かない。アンテナってへんな言葉なので語源を知りたくなったのだ。

英語で antenna で検索するとテレビアンテナの広告が減り、それ以外に、
one of two long, thin parts on the head of an insect or sea creature, used for feeling things
という昆虫や海洋生物が出てきて、こちらが求めていた触角のアンテナだ。

その antenna という単語の成り立ちが知りたい。
antenna (1600-1700) Latin “pole holding up a sail”
ラテン語で船の帆を保持する柱から来ているようで、たしかに帆を取り去った帆柱はアンテナに似ている。清水港や東京港で見た帆船の登檣礼(とうしょうれい)を思い出した。

ant と書けば蟻のことでたしかに触角があるが、そうではなくて接頭辞 ant- +‎ -onym- で対義語 antonym になるように、ant- の後ろにある -enna- の意味に興味があったのだけれど、
Enna is the heart of Sicily
ということで求めていた答えではない。美しいシチリア島に想いを馳せて朝の検索遊び終了。

   ***

仕事場に来て続きをちょっと考えたが、接頭 ante-(=before)に接尾 -er がついたものに近いだろうか。

(2018/11/19)

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◉投げ込みと保管

2018年11月18日(日)
僕の寄り道――◉投げ込みと保管

書類や郵便物が机の周りにどんどん溜まるので、100 円ショップで A4 サイズのクリアポケットファイルを買って来て「投げ込み」という名前をつけ、次々に放り込んでいる。

放り込むのは楽なので続けやすく、さっさと片付くし、机の周りは散らからないし、見えなくなるので気に障らないし、必要になった時「捨ててないから必ずあの中にある」という安心感がある。母親の介護中の書類管理で思いついた。

「投げ込み」に貯まった書類や郵便物は用済みになると順に廃棄している。頻繁に廃棄していても「投げ込み」ファイルは少しずつ膨れてくるので、定期的に中身を確認し、不要なものは捨て、当座必要になりそうなものは残し、この先しばらく必要になる可能性があり得るものは「2018」と名付けた年度別ファイルに移し、年度に関係なく捨てられそうにないものは「保管記録+No.」というクリアファイルに移している。

上流から下流に水槽を並べたような、棚に収まる情報の濾過装置である。パソコンの中も同様のフォルダ分けをしている。

(2018/11/18)


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◉リモコンを修理する

2018年11月18日(日)
僕の寄り道――◉リモコンを修理する

平日の毎朝、NHK BS で『名曲アルバム』と『クラシック倶楽部』を録画している HD レコーダーが壊れた。壊れたといっても本体ではなくリモコンだが、リモコンがなければ操作できない構造なので本体が壊れたのも同然になって久しい。

ネガティブな情報検索にはネガティブな情報ばかりがヒットする。機種名で検索するとどうやらリモコンが壊れやすいらしい。しかもメーカー修理不能、代替品も手に入らないという。万事休すである。壊れたままの姿を見るのも癪なので、年末の大掃除で廃棄しようかと思っていた。

ふと「自分で修理」というポジテイブなキーワードで検索したら、壊れたリモコンの修理方法がたくさんある。故障の原因は導電ゴムの通電不良であり、自分のもおそらくそういう理由なので前向きな展望が開けた。ネガティブな検索ではネガティブが、ポジティブな検索ではポジティブが増幅する。

早速分解し、薬局で無水アルコールを買って来てボタン裏の導電ゴム接点を清掃してみた。組み立て直しても動作しないので、ネットで公開されていたアルミ箔を貼る方法を試してみた。

台所からアルミホイルを少々調達し、片面に両面テープを貼り、丸い導電性ゴム接点の大きさに切って裏紙を剥がし、ピンセットでつまんで貼り付けていく。念のために全接点に貼っていく。こういう細かくて根気のいる単純作業が嫌いではない。妻が見て呆れていた。

すべて貼り終えたので組み立て直し、夕食前に試してみたら完全復活していた。めでたし、めでたし。

(2018/11/18)


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◉音韻長屋

2018年11月17日(土)
僕の寄り道――◉音韻長屋

「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は一体誰だろう?」で下げる落語の「粗忽長屋」は聴くたびになんと知的で奥の深い噺だろうと感心する。奥が深いので、スルメのようにいつまで噛んでいても味わい深い。味わいのもとは推移律(transitive law)というものらしい。

上方落語の前座噺的にさらっと何度か早口で聞いた「つる」が、あれもまた知的で奥の深い噺だったんだなと最近思う。

アホな客が物知りに掛け軸の鶴はどうして「つる」という名前になったのかと聞き、物知りは唐土(もろこし)からオスが「つー」、メスが「るー」っと飛んで来たから「つる」という名前になったのだと教える。

あれは言語学でいう音韻論(phonology)というやつだ。鶴は「つ」と「る」の組み合わせで 2 モーラでできており、モーラ(mora)とは音節のことであり拍ともいう。

猿だってオスが「さー」、メスが「るー」っと飛んで来たから「さる」という名前になったと言えるではないか。これはすごい。

それじゃあ人はどうなのかというと、メスが痴漢に追われて「ひー」と逃げて来て、オスが痴漢を「とー」と投げ飛ばし、めでたく結ばれて「ひと」という名前になったのだ。

(2018/11/17)

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