【田植え】

【田植え】

 

豊島区駒込にある『私の庭みんなの庭』に寄ったら、子どもたちで行われる今年の田植えは残念ながら中止になったらしい。

写真は 2021 年 5 月 14 日『私の庭みんなの庭』にて。

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 3 月 4 日の日記再掲

【地には足を】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 3 月 5 日の日記再掲

【私の青山】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 3 月 29 日の日記再掲

【二の丸の中華蕎麦】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 4 月 25 日の日記再掲

【ブーフーウー】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 4 月 26 日の日記再掲

【雪ん子納豆】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 4 月 28 日の日記再掲

【道のできかた】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 5 月 31 日の日記再掲

【江尻東の音羽屋】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 6 月 1 日の日記再掲

【月見町の萩田そば店】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 6 月 2 日の日記再掲

【清水銀座池田屋カバン店】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 6 月 27 日の日記再掲

【入江暮色】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 6 月 28 日の日記再掲

【カレースタンド印度】

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【屁のように笑う】

【屁のように笑う】

 

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 12 月 13 日の日記再掲)

JR 大久保駅ガード下に軽トラックのヤキイモ屋台が止まったら、待ちかねたように若い女性が駆け寄る姿を見つけて嬉しくなった。どうやら人気のヤキイモ屋らしい。

軽トラックで売りに来るヤキイモ屋は珍しくないけれど、この移動屋台は面白い。ちゃんと試食コーナーがあるのが笑えるし、お金のない人たちに向けたメッセージにも職安通り沿いの土地柄を考えると人情味ある上質な可笑しさを感じる。昔のヤキイモ屋は大きさもさることながら予算に応じて半分にしてくれたし、このヤキイモ屋は昔のように当たり外れに一喜一憂することのないよう、ネットリタイプとホクホクタイプをちゃんと見分けて売ってくれるらしい。

おやじと話している若い娘達も妙に嬉しそうで、そうだったなぁ、ヤキイモというのは思わず笑顔がこぼれるような食品で、心の中までホッコリ暖まるような気がしたものだったっけ、と懐かしく思い出す。
 
小学生時代ヤキイモを買うと新聞紙に包んでくれ、おやじさんは
「一番いいことが書いてあるところで包んどいたから読んで勉強しろよ!」
などと軽口を言い、それもまたヤキイモを買い食いする楽しみだったのである。そこには寒さも貧乏も吹き飛ばす屁のような笑いが充満していたのだ。

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 12 月 7 日の日記を再掲

【古びるということ】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 12 月 8 日の日記を再掲

【番外地の午前9時】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 12 月 8 日の日記を再掲

【朝市へ行こう】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 12 月 13 日の日記を再掲

【道】

 

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【雨粒レーダー】

【雨粒レーダー】

 

明け方近くまで雨が降っていたらしい。
蜘蛛の巣に捕まえられた雨粒がレーダーチャートのようだ。

今日は文京区、2回目の新型コロナウイルスワクチン接種申し込み受付けの日。
予想通り電話もネットもまったく繋がらない。仕事の合間に淡々と過去ログを再掲している。

何度もリロードを繰り返して 11:30 順天堂医院での予約完了。

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 10 月 10 日の日記を再掲

【川の流れのように】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 10 月 13 日の日記を再掲

【夏未だ去らず】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 10 月 15 日の日記を再掲

【米と建築】

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2003 年 10 月 27 日の日記を再掲

【お別れ列車】

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【藍姫】

【藍姫】

 

坂下のスーパー脇に植物の苗木が置いてあり、買い物ついでの気軽な衝動買いを狙っているのか、ワンコインで買える手のひらサイズが多い。恥ずかしいので声には出さないけれど、心の中で「(わぁ、かわいい!)」という気持ちが文字になってしまう。先日は「雲仙米ツツジ」を買い、昨日はヤマアジサイの 1 品種「藍姫」を衝動買いした。

この極小アジサイを毎年ちいさな鉢で咲かせられたらいいなと思い、帰りに近所で定休日中の花屋店内をのぞいたら大きくなった「藍姫」が手前にいた。大きく育っているので値段も倍以上する。ここまで大きくならないように育てることができるだろうか。

帰宅して買い置きしてあった鉢に植え替え、妻に見せたら
「わぁ、かわいい!」
と声に出して言った。とりあえず現在はかわいい。

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 10 月 1 日の日記を再掲

【清水秋天

 

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 10 月 8 日の日記を再掲

【永遠のニッチ】

 

『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2004 年 10 月 9 日の日記を再掲

【市内緩行】

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【記憶欠落の理由】

【記憶欠落の理由】

 

コロナ禍が始まって以来、週末になると買い出しに出かける商店街。その商店街で撮影した 20 年近く前の写真を見つけたら、馴染みの豆腐屋の左隣りに持ち帰りトンカツのチェーン店が写っていた。
「あれ、むかし豆腐屋の左隣りは『〇〇〇〇』だったんだね」
と言って写真を見せたら、
「ぜんぜん覚えてない!」
と家内も驚く。
「で、いまは何になってるんだっけ?」
と聞かれて、ぜんぜん商店街の風景が浮かんでこない。

お菓子屋でも、電気屋でも、ペット用品店でもない。毎週でかける商店街の豆腐屋、その左隣りが何かがどうしても思い出せない。

気になって仕方ないので昼休みの散歩で見に行ってみた。

なんと豆腐屋となりのトンカツ屋跡地は更地になっており、更地の部分だけ商店街が記憶から消えていたのだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【バラ回帰】

【バラ回帰】

 

バラ属に関する辞書の書き出しにはまずその「成形」が述べられている。バラという言葉を話してちゃんとバラについての話が伝わるための型の取り決め、平たく言えば概念だ。

3メートル以下の低木であって、蔓(つる)を巻いて絡みたがり、園芸用ではない野生段階では花びらが5枚あり、多くに棘(とげ)があって、中国雲南省からミャンマーあたりに自生し、南半球には見られない、というようなことが書かれている。

バラというのは強い植物だなぁと感心したことの裏付けがほしくて辞書を引いたのだけれど、やはりアジアの日本という地域の気象環境が生育に向いているのだろう。

地球が太陽のまわりをぐるっと一周して去年の今日に戻ってきた。本郷通りの街路樹根本に住民が勝手に植え、ほとんど世話もされていないように見える枯れ枝も、またちゃんと可憐な花をつけた。強い。たいしたものだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【言葉の変態】

【言葉の変態】

 

小学生時代の国語の時間、指名されて教科書を音読している少女が、血管を「ちかん」と読んだらクラス中がどっと大笑いになった。単なる読み違えがどうしてそんなにおかしいのかわからないので、帰宅してから母親に「ちかんってなに?」と聞いたら母親も笑っていた。

そもそも痴漢という言葉は新しい。明治・大正時代にそういう語義はない。漢籍では「すけべ男」ではなく「まぬけ男」を意味する。月亭可朝が「♪ うれし恥ずかし昭和のニッポン語〜」と歌った「ボイン」はすでに死語と思われるけれど、「痴漢」のほうはしぶとく現役である。「痴漢」は知らなくても「エッチ」はわかっていたが、「ヘンタイ」はメタモルフォーゼの完全変態や不完全変態を学んだあとで知った。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【太平洋ひとりぼっち】

【太平洋ひとりぼっち】

青年だった堀江謙一がキングフィッシャー型 19 フィートの小型ヨット『 MERMAID 』で太平洋単独無寄港横断に成功したのは 1962 年のことで、その年の暮れに出版された航海記が『太平洋ひとりぼっち』だった。

堀江青年の名と書名はぼんやり覚えているけれど、まだ小学校低学年だったので本は読んでいないし、石原裕次郎主演で映画化された同名の映画も観ていない。堀江青年を冒険に誘(いざな)った太平洋のように、自分にも広大な人生が未来に向かって開けているときで、他人の快挙どころではなかったのだろう。

自分の人生航海も終わりに近づいてゴール地点が見え始めたら、同じように大海原を渡った人々の航海記を読むのが楽しくなった。人間はひとりぼっちと思っても多くの人に支えられている、多くの人とともにあると思っていても、最後はひとりぼっちで冥府へと向かう。

そういう相反した視点を受け入れて人生を振り返れる心境まで、到達できた人たちが書いた航海記は有名無名にかかわわらずおもしろい。そう思える年頃に自分もなった。『太平洋ひとりぼっち』のことをふと思い出したので古書で買ってみた。「読めればいいという方に」と書かれた一番安いのを注文したけれど、ハトロン紙で丁寧にくるまれ、健康的に日焼けした文庫本が送られてきた。

角川書店で文庫化されたもので昭和 48 年が初版になっている。自分が高校を卒業し、母親が営む飲み屋の常連が餞別にくれた五木寛之『青年は広野をめざす』をボストンバッグに突っ込んで港町清水から上京した年だ。

気持ちよく読み終えて振り返れば、やはり堀江青年もまたアウトサイダーであり、小林秀雄のように生き生きとした言葉で言えば「まちの変わり者のあんちゃん」だった。社会通念のインサイダーたちが、無理だ、自殺行為だ、アホだ、やめろ、よせ、犯罪だと諌める声を聞きながら「やれる」と確信したことを「やってみたらできてしまった」という突き抜け方が爽快で、変わり者の面目躍如である。

金門橋をくぐって異国の港に入港し、堀江青年はマスコミと大衆の海へと曳航されていくのだけれど、3ヶ月の旅をともにした『MERMAID』と一対一で別れの感傷に浸れなかったことに後ろ髪引かれるくだりが胸に迫った。彼は「みんな」の世界に戻ることで、また「ひとりぼっち」になったのだ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【言葉とボルダリング】

【言葉とボルダリング】

 

昨日の日記に、「[…]観念的に玩弄される上等な言葉より、日常生き生きと使われている[…]」言葉で考えるということ、について書かれた小林秀雄『考えるヒント: 1 』文春文庫を、言葉という壁にとりつこうとするときいつも手のひらで思い出すべきたいせつな教えとして引用しておいた。

今朝も同書【言葉】の章で、本居宣長の「姿ハ似セガタク、意ハ似セ易シ」(この場合の「姿」は「言葉」のこと)をひいて論じられている文章を、ボルダリングを思い浮かべながら読んだら、自分が目からウロコとなって落ちるような気がした。考えてわかっている風を装うのはやさしいけれど、言葉としてそれを発するのはかんたんでないということ。

この得難い落鱗(らくりん)体験で得たことの要点をメモしておこうと思ったら、ついつい概念的に玩弄されて紋切り型になった上等な言葉で効率的にまとめようとしてしまう自分がいる。それではだめだ。日常的な言葉で生き生き語れる人でなくてはいけないのに。

「こりゃすごい」と思ったら、まとめをメモして忘れないようにしようなどという気持ちが失せるくらい、書かれてある文章そのままを何度も読み返し、登り方を体得するまで繰り返し登ってみるしかないのだろう。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

【摩擦とレンチ】

【摩擦とレンチ】

 

写真レンズ先端にねじ込んだ金属製ステップアップリングがはずれない。そういうのをはずす道具があったはずなのだけれど、どうしても名前が思い出せない。

「レンズ」「フィルター」「はずれない」と、ことばのジェスチャーゲームをするようにして検索したら「フィルターレンチ」という正解がでた。買っておこうかと思ったけれど、名前さえわかれば手に入れたも同様なので保留して「ほしいものリスト」に追加した。

締めたネジがはずれないのも、結んだひもがほどけないのも、ぎゅっと締め上げすぎて摩擦が最大になっているからだ。締めすぎても弛めすぎてもいけなくて、ものごとには加減が大切だ。人の生き方も同様だろう。

いま河上徹太郎『日本のアウトサイダー』中公文庫を読んでいてとてもおもしろい。人間それぞれの違いは、自分と他者との関係に生じる摩擦、その処理をどうしながら生きるかの加減によるだろう。なにごとにつけ、この世界に対して居ごこち悪さを過剰に感じてしまう人がアウトサイダーになる。

アウトサイダーを「女房が自分の亭主の事を、うちは変り者ですが」と言うように「人格とか個性とかいう、観念的に玩弄される上等な言葉より、日常生き生きと使われている変り者という平凡な言葉」(小林秀雄『考えるヒント: 1 』文藝春秋)で言い換えると、接し方としての締緩(ていかん)が自在になる。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ