◉音韻長屋

2018年11月17日(土)
僕の寄り道――◉音韻長屋

「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は一体誰だろう?」で下げる落語の「粗忽長屋」は聴くたびになんと知的で奥の深い噺だろうと感心する。奥が深いので、スルメのようにいつまで噛んでいても味わい深い。味わいのもとは推移律(transitive law)というものらしい。

上方落語の前座噺的にさらっと何度か早口で聞いた「つる」が、あれもまた知的で奥の深い噺だったんだなと最近思う。

アホな客が物知りに掛け軸の鶴はどうして「つる」という名前になったのかと聞き、物知りは唐土(もろこし)からオスが「つー」、メスが「るー」っと飛んで来たから「つる」という名前になったのだと教える。

あれは言語学でいう音韻論(phonology)というやつだ。鶴は「つ」と「る」の組み合わせで 2 モーラでできており、モーラ(mora)とは音節のことであり拍ともいう。

猿だってオスが「さー」、メスが「るー」っと飛んで来たから「さる」という名前になったと言えるではないか。これはすごい。

それじゃあ人はどうなのかというと、メスが痴漢に追われて「ひー」と逃げて来て、オスが痴漢を「とー」と投げ飛ばし、めでたく結ばれて「ひと」という名前になったのだ。

(2018/11/17)

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◉尾根づたい、海岸づたい

2018年11月16日(金)
僕の寄り道――◉尾根づたい、海岸づたい

朝食準備のために起きてテレビをつけるとチャンネルが NHK BS プレミアムになっている。今朝も田中陽希が富士川の源流を訪ね、海抜三千メートル級の山々をつなぐ尾根道を駆け抜けて行く。

一歩足を踏み外したら滑落して命がないという刃先のような岩場の上を平気で歩いている。自分だったら暗示にかかってすすんで滑落しそうな場所を歩く冒険家もすごいが、後ろから追いながら奈落の底を映して見せたりするカメラマンもすごい。登山家にしろ、冒険家にしろ、プロスキーヤーにしろ、主人公と同じルートを辿りながら撮影までしてしまうカメラマンはもっとすごい。

むかしの人、とくに山の情報網を封殺した徳川の治世以前、山の上を人々は自由に行き交っていたらしい。誰の本だったか、確か民俗学だったと思うけれど、日本海側から遊びに出た若者が、山の上を結びながら稜線をたどって太平洋側に出て富士山に登り、江戸を見物し、日光から山伝いに日本海側に戻って帰って来たなどという話を読んだ。尾根づたいが歩ければ道に迷うことも少ないという。

テレビで名山一筆書き登山をしているこの若者のような脚力を持っていた若者たちが、雲海と山並みの向こうに小さく見える富士山を見て「よし、これからあそこに行ってみよう」とか言っていたのだろう。海の人たちの民俗をひもとけば、舟で漁に出た男たちがそのまま遊びに出てしまい、漁で獲った魚を港みなとで物と交換しながら、朝鮮半島を経て中国南部まで海岸づたいに行って来たなどという話もある。

尾根づたい、海岸づたいの気持ち良さを疑似体験したくて、目眩がする、疲れる、などと言いながら毎朝見ている。実は嫌いじゃないのだろう。

(2018/11/16)



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◉砂に描いたキャラクターふたたび

2018年11月15日(木)
僕の寄り道――◉砂に描いたキャラクターふたたび

毎日の病院訪問に出かける妻と一緒に家を出て、午後から「かいものがかり」をした。

リモコンのボタンが調子悪いので分解掃除をすることにし、近所のドラッグストアで無水アルコールを買った。レジの店員が会計が済んだところで
「お客さま、いまお手持ちのスマホでラインのお友だち登録をしていただくと…」
と言うので
「ラインやってないからなに言ってるかわからない」
と話を遮ったら笑っていた。ラインは知っているけれど、なんで薬局とお友だちにならなければいけないのかがわからない。

スーパーで頼まれた買い物をし、いつもの公園を通り抜けて帰って来た。この公園の地面はいつも箒目が入っていて、誰かが毎日清掃奉仕しているらしい。綺麗な地面にまた絵が描かれていた。

先日「ドキンちゃん」を描いた人と同じではないだろうか(→砂に描いたキャラクター)。「いいなぁ」と思ったので写真を撮って来た。どんな人が描いているのか知らないけれど、ネット上で薬局と友だちになるよりよっぽど気の利いたふれあいである。

(2018/11/15)

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◉御茶ノ水駅改良工事

2018年11月15日(木)
僕の寄り道――◉御茶ノ水駅改良工事

御茶ノ水駅改良工事は神田川に仮設桟橋を設置して行われている。なるほどなあと思う。鹿島建設と大成建設のジョイントベンチャーが工事を請け負っているそうで工期は 2012 年 9 月 7 日から 2020 年 3 月 31 日までとなっている。

神田川に接する法面の耐震補強工事をするついでに、すこし川側へ突き出させて線路と線路、ホームとホームの幅を広げるのではないかと思っていたけれど、現行施設を運用しながらでは無理なのかもしれない。

赤坂見附で高層ビルをダルマ落とし式に下から解体する手品を見せてくれた鹿島建設なのでちょっと期待してしまった。まあ狭隘な場所で電車を止めずに工事するだけでも手品のようではある。

(2018/11/15)

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◉地元民のびっくり

2018年11月15日(木)
僕の寄り道――◉地元民のびっくり

新聞の番組表を見ていたら NHK BS で『ふらっとあの街 旅ラン 10 キロ』という番組が目にとまったので夕食どきに視聴した。昨夜は池袋から駒込まで走るというので初めて見る気になった。

最短距離を走るのだろうと思っていたら、思いがけないルートを遠回りで走るのでびっくりした。番組タイトルに 10 キロとあるのでそういう距離が必要なのだ。テレビ東京でさまぁ〜ずが「荒川遊園地あたりを歩いてみちゃうっす」と言いながら、撮れ高を求めていつのまにか三河島あたりを歩いていて驚くのに似ている。まぁ地元民以外は驚かないのだろう。

目白台で「肥後細川庭園」に寄り道するので、こんな庭園あったっけと妻と顔を見合わせて驚いたが、2017 年に改修工事が行われ「新江戸川公園」から改称されたのだという。

ランナーは鈴木ちなみというスタイルの良い女性で、何者だろうと思ったら元モデルのタレントらしい。自転車に追い抜かれて「電動自転車、強っ!」などと言っていておかしい。聞いていると独特のイントネーションがあり、妻が東海かそれ以西と推定したら本人が「岐阜から出て来て」と言うので「やっぱり」と喜んでいた。

(2018/11/14)

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◉時間と空間と移動あれこれ

2018年11月15日(木)
僕の寄り道――◉時間と空間と移動あれこれ

11 月 14 日、午後からバスで御茶ノ水まで出て、神田神保町の書店街で本の探し物をした。

古書は過去から未来へ向かって旅をしている。学生時代からずっと売れずに書棚で埃をかぶっているように見える本は、じっとその場所で動かないけれど、時間のほうが未来から過去へと動いて行く。じっとしている本はだんだん古くなる。

時間と空間の関係は不思議だ。幼いころ広大に思えた町が大人になると狭く感じる。あんなに遠かった通学路がこんなに近く感じられ、長かった距離が短くなっている。それは小さな子どもから大きなおとなに育ったからだといちおうの説明がついている。

だがが学生時代に歩いた書店街では、大きかったと記憶にある書店がこんなに小さく狭かったのかと驚く現象が起きている。学生時代から見れば自分は歳をとって少しずつ小さくなっているはずなのに、町はいまも縮み続けている。

そういえば東海道本線の東京と郷里清水間も、子どもの頃よりはるかに近くなっている気がし、昔ながらの鈍行電車で往復しても、所要時間がはるかに短く感じられるようになっている。

先日から、2000 年 12 月号で休刊した雑誌『SD』を探しているのだけれど見つからない。自宅に帰るバスに乗っていたら偶然にも鹿島出版会で編集者をしていた女性が乗ってきたので
「雑誌『SD』が休刊してからデザイン的に良い建築雑誌がないですね」
「ないです。でも『SD』はまだ年一回だけ出てるんですよ」
などという話をしながら帰って来た。話し相手がいると帰り道が近い。

(2018/11/15)

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◉神経質と時間

2018年11月14日(水)
僕の寄り道――◉神経質と時間

自分は何が知りたくて本を読むんだろうという目的をひとつだけ選ぶとしたら、《時間とはなにか》だと思う。時間とはなにかを問うことは《私とはなにか》を問うことになるので一挙両得で都合がいい。

物理学的な方面は歯が立たないので最初から放棄してしまい、時間論に執着の強い哲学者の本を読んでいる。読んでいると言葉に対する厳密さこそが時間論では肝要である気がして、言語学者が書いた時間論に寄り道したらひどくおもしろい。

おもしろがりながら思うに、時間とはなにかなどという問いに執着してしまう哲学者も言語学者も、精神科医で神経科医だった森田正馬の言う神経質なのだと思う。

森田の言う神経質は、《定型発達しない心的傾向のでこぼこ》という意味で個性のことであり、神経質だからこそ成し遂げられることがある。《少数派による多数派が驚くような異業》がたまたま哲学だったり言語学だったりするのだと思う。

読書に疲れた時の気分転換は読書ですることにしている。時間論に疲れたので、しつこいところが大好きな精神分析学者の対談集を引っ張り出して読むと、やはり似たようなこだわり方をしている。

しつこい人に腹を立てずに応じられる人の話は聞いていて時間の無駄にならない。自分論の深まりは時間論に通じている。相手をさせられている作家も学者も医者もみんな明らかに神経質を活かした人たちなのがおもしろい。人間はそういうふうにできている。

(2018/11/14)

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◉秋の赤

2018年11月14日(水)
僕の寄り道――◉秋の赤

突然の通り魔事件に慄きながら、事件現場となった横浜市神奈川区にある「大口通商店街」の映像に驚いた。JR 横浜線大口駅で降りたことがないので、雪国の雁木作(がんぎづくり)のような商店街が横浜にあることを初めて知った。ニュース映像の向こうに垣間見ただけで巨大商店街とわかり、横浜三大商店街の一つだという。

道路に庇を延長した片側式アーケードなのだけれど、商店が面した県道 111 号線が狭隘なので雪国の生活道路のようだ。Google マップのストリートビューを見ても、撮影の車が通行に難渋した様子がわかる。実際に行ってみたい街並みを久しぶりに見た。行ってみる前に、血なまぐさい猟奇事件の被害者が命を落とされず、犯人も迅速に逮捕されたので少し安心した。

カリフォルニア州の山火事もひどいことになっている。住宅地や高速道路に迫る火が赤い舌のように見え、舐めつくすような火という表現に相応しい光景を久しぶりに見た。

幼いころ住んでいた東京下町で、近所のロウソク工場が火事になり、いざとなったら逃げるから着替えろと深夜に叩き起こされた。夜の火事は実際より近くに見える。真っ赤な炎を見ている頬が熱い。身体ががたがた震えるのを初めて体験した。

太宰治は高校教科書で初めて読んだ。読んで好きになって高校卒業までにほとんどの作品を読んだ。そのきっかけとなったのが教科書の『新樹の言葉』で、
「気のせいか、私の眉にさえ熱さを感じた。私は、たちまちがたがた震える。火事を見ると、どうしたわけか、こんなに全身がたがた震えるのが、私の幼少のころからの悪癖である」
というのを読んで、同じような人がいるんだなぁと親しみを覚えた記憶がある。

眉にさえ熱さを感じるような山火事現場の消化活動を見ながら、自分があそこにいたらがたがた震えてしまって役に立たないだろうと思う。

(2018/11/14)

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◉「ありがとう」の価値

2018年11月13日(火)
僕の寄り道――◉「ありがとう」の価値

友人宛に DVD 2 本をレターパックで荷造りし、いそいで投函しに出たついでに本日の「たべものがかり」で買い物をした。レジで
「袋をおつけしてよろしいですか?」
と言うので、ここぞとばかり
「袋はいらないです」
と言ったら
「ご協力ありがとうございます。カードにエコポイントをつけときますね」
と言う。そうか、そういうものがつくのかとレシートを見たら、ショッピングカードに 2 円分のポイントがついていた。

帰る途中で買い忘れに気がついたので駅の反対側の店でもう一度買い物をし、
「袋をおつけしてよろしいですか?」
と言うので、
「袋はいらないです」
と言ったら何も言われなかったけれど、やはりレシートにエコポイント 2 点付加の印字があった。やらないけれど買い物を数回に分ければ回数分だけ 2 円が溜まるわけだ。レジ袋有料の店で袋代に 2 円払うより、マイバッグでもらう 2 円が大きく感じられるのが不思議だ。出ていくお金と入ってくるお金は、数量的には等価でも心理的に非対称なのだろう。

十数年ぶりに沖縄土産のショッピングバッグを取り出して買ったものを詰めたら、思っていたより持ち手が長く、肩からさげられるので非常に都合がいい。肉体的にもマイバッグはエコロジカルかもしれない。

(2018/11/13)

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◉「ありがとう」

2018年11月13日(火)
僕の寄り道――◉「ありがとう」

埼玉の病院まで毎日母親に会いに行く妻が疲れ気味なので日々の食料品買い出しを担当している。「たべものがかり」である。

レジ袋有償化の話題がよくニュースに取り上げられるようになり、スーパーで「レジ袋お付けしてよろしいですか」と聞かれることが増えてきた。

「はい」と答えると無言でついてくるレジ袋を「けっこうです」と断わるエコバッグ持参の人は、店員から「ご協力ありがとうございます」と言われている。

「ありがとう」って言われたいわけではないけれど、いいオヤジが毎日スーパーのレジ袋をさげて「かいものがかり」する無計画な姿を想像するとクールじゃないので、今日から買い出しはエコバッグ持参にする。

下町の商店街で買い物して kinokuniya などと印刷されたバッグを持つのもこっぱずかしいので、適当な買い物袋がないかと探したら、十数年前に郷里の後輩から沖縄土産をもらったときの蛍光イエローのやつが出てきた。ゆるい主張があっていい気がするのでそれを使うことにした。

(2018/11/13)

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