◉はじめての炊飯

2018年6月23日
僕の寄り道――◉はじめての炊飯

だましだまし使って来た電気炊飯器が壊れて完全に通電しなくなった。長きにわたって「だましだまし」したので、さらに機械をだまし続ける「だましのテクニック」は尽き果てた。

思えば義父母の介護生活が始まった頃に買った IH 炊飯器なので十数年働いてくれたことになる。検索したらほとんど同じデザインで進化が止まったまま、いまでは最も安いクラスの炊飯器になっているのでそれを買うことにして、それより朝食用に研いでしまったお米をどうしようかと思う。

郷里清水の珈琲焙煎店で、奥さんが土鍋で炊飯する姿を見た記憶がある。もらいものの土鍋セットでレシピを見ながら  1 合のお粥を炊いたことはあるけれど、台所にある適当な鍋で本格的な炊飯をしたことがない。

4 合の白米を研ぎ 100 グラムの押し麦を加えて含水させたものが壊れた電気炊飯器内にあるのでいったんざるにあけ、「ちょうどよさげ」なアルミの寸胴鍋に米を入れ水を加えて平らにならす。ネット情報を参考に水加減は 900 ミリリットルにした。

ガス台にのせて中火で着火し、中でブクブク音がして沸騰し、蒸気の吹き出しを確認したらそのまま 2 分間加熱を続け、少し火を弱めて 3 分、さらに弱火にして 7 分、計 12 分間加熱したら、そのまま 10 分ほど蒸らす。

通学路の児童を見守るように、今年も本郷通りに黄色いカンナが咲いている

結論としては大成功で素晴らしくおいしい。母親がガス釜で炊いていた米粒のきらめきを思い出した。(2018/06/23)


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◉観念と勘弁

2018年6月23日
僕の寄り道――◉観念と勘弁

「観念する」という言葉は自分が話す分にはズボラに使っているのに、他人が書いたものを読むと意味的な座りの悪さを感じることが多い。女性精神科医の書いた軽い新書本を読んでいてコツンと蹴つまずく。

心が真の意味に向き合うことを意味する用法とイデアのような哲学的用法、そのどちらともちがう気がし、諦念とか、諦観とか、堪忍とか、もっと相応しい言葉がないのかと余計なことを考えてしまう。

余計なことを考えながら勘弁というのはおもしろい言葉だと思う。他人の過失や要求などを許してやるという意味では堪忍と同義なのだけれど、用例に「所務の勘弁上手の人なれば」〈甲陽軍鑑・三二〉とあって、やりくりすることも意味する。

著者は他人と折り合いをつけるためには諦念や堪忍も必要だという意味合いで観念すると用いられているようだけれど、我慢するのではなにも心の救済にならない気がする。勘弁の懐はもっと深い。人と人との関係における「やりくり上手」は「勘弁上手」なのである。心のやりくりこそが実は肝心なのだ。(2018/06/23)


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◉回収と発掘

2018年6月22日
僕の寄り道――◉回収と発掘

東京 2020 組織委員会が『都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト』という取り組みをやっていて、なかなかの名案だと思い、不要なスマフォや携帯電話が集まりすぎて困らないだろうかと心配したら、思うように資源回収が進んでいないとニュースが報じていた。

文京区では「携帯電話・スマートフォンの回収ボックスを設置します」とあまり熱のこもらない対応しか見当たらないので、『使用済み小型家電12品目(30cm以下のもの)』として ①携帯電話 ②スマートフォン ③カメラ ④小型ビデオカメラ ⑤携帯ゲーム機 ⑥リモコン ⑦小型ラジオ ⑧携帯音楽プレーヤー ⑨ポータブルカーナビ ⑩電卓 ⑪電子辞書・手帳 ⑫ACアダプターをあげて積極的な回収をしている隣りの北区に持って行った。

家中の対象品目、もちろん不要になったものを集めて背負い、大汗をかいて持って行ったら受付の女性が承諾書を書いてくださいという。住所を書く欄があるので
「じつは隣りの文京区から持ち込んだんですが、いいですか?」
と聞いたら
「もちろん結構です、区界ですものね」
と言う。

都市鉱物を回収してもらい、身軽になったので田端西台通遺跡を見に行ったら、作業員は昼食休憩中だった。こんな蒸し暑い日は発掘作業も大変だろう。(2018/06/22)


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◉「ある」と「ない」

2018年6月21日
僕の寄り道――◉「ある」と「ない」

地下鉄溜池山王駅で南北線のホーム端から銀座線ホームに出たらホームドアが開きっぱなしになっており、「故障か」と思ったら、新たに設置される途中の運用開始前だった。「ああ、そうか…」と思う。戸袋はできたけれどまだ雨戸が引き出せずにいる状態である。

「故障か」のように瞬間こころが高まったことによる勘違いは用心しなくてはいけないと思う。「故障か」と思った途端「あった」を前提とした思い込みによる勘違いが発生するからだ。

銀座線に乗って青山一丁目駅で下車したら、こちらはすでにホームドアが稼働していた。地上に出て青山通りを歩き、高橋是清翁記念公園を抜けて赤坂に出ようとしたら足元に切り株があり「こんな場所に切り株があったかなぁ」と思う。

こんな場所に切り株はなかったということであれば、ここには最近まで大木が切られずにあったことになる。ちょっと後ずさりして視野を広げてみると、そんな大木を見た記憶がない。

まず最初に「あったかなぁ」という、見えるものの存在を否定したい思い込みがあって世界の認識がおかしくなっている。これも要注意。「こうであるにちがいない」「こうあってほしい」という先入観が、世界の見え方を狂わせている。(2018/06/21)


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◉興津氏の居館跡を見に行く

2018年6月21日
僕の寄り道――◉興津氏の居館跡を見に行く


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清水区興津本町 363 にある宗徳院のある場所が入江氏を祖とする氏族興津氏の居館跡だというので、『季刊清水』編集会議前に、清水美濃輪町の友人と待ち合わせして歩いてみた。

入江氏の祖と言われる藤原為憲は 939(天慶 2 )年、常陸国で起きた平将門の乱を藤原秀郷に協力して平定し、恩賞として木工寮次官となり、藤原の「藤」と木工の「工」をあわせて「工藤」の姓を興した人。平将門、鎌倉北条氏の祖となる平貞盛とは互いに従兄弟となる。

この為憲の三代あとが入江氏の祖維清(これきよ)、その二代あとの枝分かれに清綱が出て岡部氏、清綱の息子が息津(おきつ)六郎であるという説がある。入江氏から分かれた吉川、船越、矢部、三沢、渋川、興津などの各分家が源家棟梁に直接奉公することで御家人化していく。

狭隘な海辺、それゆえに交通の要衝である興津郷を掌握した興津氏の経済基盤は清見ヶ関の関銭と地元船持を掌握しての海運だった。それゆえに海道を眼下に見渡せる高台の居館が必要だったのではないかと思い、実際その場所に立ってみたら雨だった。

杉並木が視界を遮っているものの、「この場所なら昔は海道によく目配りできたはずだよね」と友人と話した。「ここは何宗ですか」と聞かれたけれど激しい雨で手帳が取り出せない。山梨の天沢寺から出た明光德舜大和尚による開基が 1505(永正 2 )年だから、箱根を越えた北条早雲が相模を平定していた頃にあたる。戦国の時代が始まり、居館ではなく城が必要になったわけだ。当然武田家に縁があるので境内には武田菱が多く見られる。

ここに居館を構えた興津氏が興津川西岸に横山城を構えて居城としたのが延文年間 1356 から 61 年頃。宗徳院開基までにある約 150 年の空白期間、この場所がどうなっていたのかは知らない。数時間後の会議で、編集長に宗徳院の話をしたらよくご存知で曹洞宗だと言う。なんで知っているのかと聞いたら、愛犬の墓があるのだと言う。

雨降りでは町歩きもままならないので早々に切り上げ、編集会議のある静岡駅南口、水の森ビル前に行ってみたもののちょっと早い。傘をさして町歩きしたら「鯖大師」の文字が見え徳雲山崇福寺とある。

鯖大師ってなんだっけと記憶を辿ったら、清水にチャンチャン井戸、興津川上流に黒川の昔話があるように、由比にもやはり似たような民話があり、それを調べて鯖大師の話を知ったのだった。各地に伝わる弘法大師伝承である。

この徳雲山崇福寺は稲川町にあるのだけれど、開基は稲川村を領有していた稲川氏だという。1811(文化8)年、その稲川家の株を庵原出身の漢詩人山梨(稲川)が買い取って長男清臣に継がせ、自身も後見人として稲川村に移住し、字を玄度、名を治憲、号を稲川(とうせん)としたのだという。清水の偉人山梨稲川の名はこの場所から来ている。(2018/06/20)

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◉日本地名大辞典と谷崎潤一郎

2018年6月19日
僕の寄り道――◉日本地名大辞典と谷崎潤一郎

 

『角川日本地名大辞典 22 静岡県』が欲しくなったのでネット検索したら、汚れたり破れたり書き込みがある古書があり、本は実用にたえれば汚れていても気にならないので、送料込み 1,000 円という最低価格のやつを注文した。

届いたので受け取ったらずっしり重く、段ボール箱をあけてみたら立派な谷崎潤一郎全集が二冊梱包されており、値段も 9 倍近くしてびっくりした。ずいぶん高い古書である。

古書店に電話したらラベルの貼り間違いだそうで、返送用の空箱を送るので送り返してほしい、こちらが注文した本は間違えた送り先から返送されしだい再発送してくれるというので「わかりました、返送します。こちらのは急がないのでいいですよ」と答えた。

しばらくしたら電話があり、同じ本の在庫があったのですぐに送る、その箱に谷崎潤一郎全集を入れて送り返してくれという。最低価格のものより汚い『角川日本地名大辞典 22 静岡県』はなさそうなので、ちょっと儲けた気分になっている。(2018/06/19)


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◉Mr. Lonely

2018年6月17日
僕の寄り道――◉Mr. Lonely

妻が老人ホーム訪問の合間を縫い、息抜きとして遊んでいる 20 音のシート式手回しオルゴール。既存の曲をオルゴールにするときは、半音のない限られた 20 音で、どうごまかしてそれらしく聴こえるようにするかのゲームになる。

1964 年にボビー・ヴィントンがヒットさせた『Mr. Lonely』が 20 音でオルゴールにできないかリクエストしてみた。1970 年レターメンによるカバーの方をよく聴いたけれど、FM 放送人気番組テーマ曲としても懐かしい。

高校生の英語力でも

I'm a soldier, a lonely soldier,

の意味は聴きとれて、ベトナムの戦場に送られる兵士のさみしさに心を寄せることはできた。だが、つたない語学力では

Letters, never a letter,
I get no letters in the mail.

の部分が理解できなかった。

さみしさ、かなしさ、くるしさにひとりで耐えることはできても、「さみしさ、かなしさ、くるしさ」を感じずに済む他人たちと自分を比べてしまうと、人はひとりで耐えることが難しくなるかもしれない。「なぜわたしだけ…」などという言葉が口をついて出てしまい、幸せな他人と不幸な自分を比べることは、人を心理的な地獄へいざなうのだとおもう。

「手紙」はある、でも自分宛ての手紙はない。
郵便物の中に自分に宛てられた手紙はない。

そういう世界の見え方に孤独を感じてしまうと、歌の中の兵士のように、自分は「世界から忘れ去られてしまった人間である」というかなしみから抜け出せない。

齋藤慎一『中世を道から読む』講談社現代新書を読み始めた。おもしろい。「第1章 路次不自由」に「北条氏康の空間認識」という小見出しがあって、ふと『Mr. Lonely』を思い出した。兵士のさみしさは 20 音のオルゴールシートになるだろうか。(2018/06/17)


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◉惜しい

2018年6月16日
僕の寄り道――◉惜しい

空になった缶や瓶に愛着して捨てられない度合いは、ひと缶もしくはひと瓶を使い切るまでにかかる時間の長さに比例している。空になるまでに経過した日々が思い出されて捨てるに惜しい。

「ブラックペッパーまでは合ってるけど『荒挽』じゃない方を買わないとだめよ」
と間違えた買い物をして妻に言われ、肩身の狭い思いをして使い切ったので、ついに使い切った時に去来する感慨はひとしおである。関係ないけれど『荒挽』という文字を眺めて、どうして『粗挽』と書かないんだろう、などと思う。

裏面の表示を見たら加工所は静岡県なので「なんだ郷土じゃないか」と奇遇に思う。掛川市大渕を地図で調べたら掛川市街地からずいぶん離れた海辺だった。地図を眺めているだけで海鳴りの聴こえる遠州灘を思い出し、香辛料の製造場所として悪くないと思う。

そういえば晩年の次郎長は、山岡鉄舟に頼まれて石岡周造の遠州相良油田開発に協力したのだけれど、あの話にも大渕は出てこなかったっけと思い出し、「どうだこの記憶力」と自信を持って調べたら、大渕は次郎長開墾の富士山麓だった。惜しい。(2018/06/16)

→次郎長開墾まで行ってきた話


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◉縄文食

2018年6月15日
僕の寄り道――◉縄文食

仕事をしながら素炒りしたアーモンドをぽりぽり食べている。美味しい。いわば縄文食のようなものだ。アーモンドは瀬戸内や九州でも栽培されているらしいけれど、おそらく縄文人は食べたことがないのではないか。

若くして亡くなった清水の友人は、街場から庵原の農家に嫁いだけれど野生的で、縄文食が好きだと言って山芋の「むかご」を食べていた。耕地が少ないのに古くから人が住み着いた庵原は、そもそも縄文的な食べ物に恵まれていたように思われる。

わが母は縄文的などという現代人的にしゃれた嗜好もなく、ただ単に拾い食いが好きで、たくさん椎の実を拾って来て食べていた。非常に大雑把な人なので殻つきのままフライパンで素炒りしたり、茶封筒に入れて電子レンジで破裂させて食べていたが、あれもなかなか美味しくて酒のつまみにもよい。

仕事中に木の実の類を食べていると眠くならない。木の実を食べている間は頭が冴えているような気がする。焚き火に突っ込んで焦げた木の実を、ポケットに入れておいてぽりぽり食べていたガキ大将がいた。 「うまいぞ」と言われて貰った胡桃は本当にうまかった、勉強はできなかったけれど、縄文的に頭の良い奴だったのだろう。(2018/06/15)


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◉七夕のころ

2018年6月15日
僕の寄り道――◉七夕のころ

小さな福祉系出版社があり、もう本は作らないと言いながら毎年一冊だけ年度版の本を出されている。出せば必ず売れるので、この一冊だけを続けておられるのだそうで、出版点数年一冊の小さな出版社である。年度版のフォーマットも定まっているので手間賃程度の請求をさせていただいているけれど、うっかり忘れているとちゃんと定額の振り込みがある。去年は、たまには昼食くらい奢らせろと駒込まで出てこられた。

今年も電話がかかって来たので
「そうか、もう一年経ちましたか」
と話していたら、傍で聞いていた妻が
「あ、誰からかわかった」
と笑っていた。

 

この季節になると毎年、郷里清水の興津川上流、西里にある茶業農家『水声園』にファックスを一枚送る。
妻の従姉に新茶を送るからで、毎年同じ申し込み用紙を消しゴムで訂正しながら使っている。年老いたお義母さんを在宅介護している従姉から妻に、「いま新茶が届きました」と携帯メールが届き、請求書を忘れているのではないかと心配になる頃、一杯分の新茶を添えた振り込み用紙が届く。

いつでも縁側を空けて待っていますとお便りをいただき、天国に近い山里に妻を連れて行きたいが、老人介護中なので泊まりがけの旅ができない。毎年毎年水声園の周りに咲く花の写真が添えられており、今年はイタヤカエデだった。(2018/06/15)


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