酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

中国の闇を照らす「苦い銭」

2018-02-16 12:04:38 | 映画、ドラマ
 今日(16日)はケアハウスで暮らす母の91歳の誕生日で、ドラ息子の電話に申し訳ないくらい喜んでくれた。〝母より先に死なないこと〟が唯一の親孝行だが、あまり自信はない。

 先週末はイメージフォーラムで中国映画「苦い銭」(16年)を観賞し、今週は紀伊國屋寄席で落語を楽しんだ。時系は逆になるが、まずは落語から。

 紀伊國屋寄席は由緒ある会で、今回のように全員50歳以下の若手(?)というのは画期的らしい。林家木りん「時そば」→柳家三語楼「軒付け」→柳家三三「二番煎じ」→仲入→三遊亭王楽「三方一両損」→桃月庵白酒「幾代餅」の順で高座は進む。

 脱力系の春風亭百栄が枕で「名人の噺は気持ち良くて寝てしまう」と話していた。三三と白酒は名人の域に達する可能性大だが、それはともかく、年齢層が高いせいか船を漕いでいる客が目立った。睡眠不足の俺も覚悟していたが、勢いのある流れに最後まで冴え冴えとしていた。

 「時そば」は二八そば、「軒付け」はうなぎの茶漬けと味噌、「二番煎じ」はしし鍋と酒、「三方一両損」は奉行が供する御膳、吉原の太夫と純情な青年の恋を描いた「幾代餅」は演目通りで、いずれも<食>が道具立てになっている。その辺りに主宰者の意図が窺えた。

 ヴェネチア映画祭で脚本賞とヒューマンライツ賞に輝いた「苦い銭」は161分の長編ドキュメンタリーだ。ワン・ビン監督作を見るのは初めてだったが、長回しのカット割り、独特のフレーム感覚が登場人物の個性を引き出していた。淡々とした展開に意識が飛んだこともあったが、トークゲストの山田泰司氏が〝空白〟をカバーしてくれた。

 「3億人の農民工 食いつめものブルース」(日経BP社刊)の著書がある山田氏は、中華人民共和国建国後の大躍進、文革、改革開放、天安門事件と中国現代史を俯瞰しながら解読する。当初は食糧確保のため移動が制限されていた農民は、経済成長を支えるための労働力として都市に流入する。その数3億というからスケールが大きい。

 一帯一路、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、英国との連携、アメリカと対峙する軍事力、そして旅行者の爆買いが大きく取り上げられているが、「苦い銭」に登場する農民工の時給は17元(300円弱)だ。本作の舞台である浙江省湖州には1万8000の縫製工場がひしめき、30万人の農民工が働いている、いや、搾取されている。

 冒頭、年齢を詐称して湖州に向かう少女をカメラが追う。長旅でようやく着いた頃には、表情から瑞々しさが消えていた。たった数日で故郷に帰る少年、喧嘩が絶えない夫婦と仲裁役の男、仕事に積極的な女、男たちの誘いにためらう少女たち、マルチ商法に関心を抱く者、自信を喪失した男……。彼らはリンクし、別のシーンにフレームインしていた。

 1980年代半ば、鄧小平が「先富論」を唱えた。<先に豊かになれる者たちを富ませ、次に落伍した者たちを助ける。富裕層が貧困層を援助することを義務にする>という内容は、安倍政権の「トリクルダウン」とどこか似ている。現実は真逆で、農民工には寮の周りに林立する億ションまで上昇する手段がない。日本も既に階級社会だが、中国の格差は絶望的だ。

 希望はなく、プライドは日々摩耗していく。中国は個々の闇を吸収したブラックホールだ。「牡蠣工場」(15年、想田和弘監督)では、ブローカーの仲介で中国人が出稼ぎで来日する仕組みが描かれていた。背景は「苦い銭」と共通している。

 山田氏によれば、農民工は現在、不合理と不平等を甘受しているという。政府は将来の治安悪化を見据え、農民工を故郷に帰すことも考えている。慎ましく実直な「苦い銭」の登場人物たちは、スマホを手に情報を収集しているが、<連帯>や<抗議>には至っていない。

資本主義の矛盾が今、世界を覆い尽くしている。マルクスが想定した<資本主義を経過した後の革命>が中国で起こるのでは……。そんな予感を覚えている。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 独自性と普遍性~緑の党が目... | トップ | 「朝日杯」と「最強戦」~至... »

コメントを投稿

映画、ドラマ」カテゴリの最新記事