酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「生きる LIVING」~原作に加味された若者への希望

2023-04-20 18:50:13 | 映画、ドラマ
 内閣支持率は上昇傾向で、調子に乗った麻生元首相は防衛力強化を推進する岸田首相を持ち上げつつ、「戦える自衛隊に変えていくべき」と発言した。日本は敵基地攻撃能力保有に突き進み、平和憲法の精神は風前の灯だ。統一地方選の結果に、暗澹たる気分になる。世界の流れと真逆のネオリベラリズム(緊縮、民営化)を説く維新が躍進した。

 いいこともある。白内障の手術が両目とも終わり、視力が0・04から0・5にアップした。50年以上ぶりになる〝ノー眼鏡〟での字幕の見え方を確認しようと新宿で「生きる LIVING」(2022年、オリヴァー・ハーマナス監督)を見た。黒澤明の「生きる」をカズオ・イシグロの脚本で同時代のイギリスに置き換えた作品だ。

 傑作のリメイクは簡単に受け入れられないが、「生きる LIVING」は世界中の映画祭で高評価を得た。黒澤版に忠実に、若者への引き継ぎという新しいペーストを加味したイシグロの力量が大きかったと思う。ノーベル賞作家のイシグロには日本人の感性がインプットされている。原作の持つ普遍性は舞台を変えても70年を経ても褪せることはない。
 
 原作の渡辺(志村喬)同様、本作の主人公ウィリアムズ(ビル・ナイ)も市役所の市民課に勤めている。いかにも庶民風の渡辺と対照的に、ピンストライプの背広に山高帽を被ったウィリアムズは絵に描いたような英国紳士だ。息子マイケルとクリケットについて話しているあたり、市役所職員もエリート層に分類されているのだろう。新しく配属されたピーター(アレックス・シャープ)は、少年たちのために公園造成を陳情に訪ねていた女性たちが、たらい回しにペンディングという〝お役所仕事〟に苛立つ様子を目の当たりにする。

 ウィリアムズはがんで余命宣告される。まずは息子と思い、男手ひとつで育てたマイケルに伝えようとするが、父子はよそよそしくなっていて切り出せない。腹を割って話せる同僚や部下もいない。期限を切られた今、来し方を振り返り、生きる意味を考えるため無断欠勤したウィリアムズは、劇作家のサザーランド(トム・バーク)と知り合う。原作で伊藤雄之助が演じた役柄で、既成の道徳や倫理が崩壊した後、奔放に振る舞うアプレゲール(戦後派)として描かれている。

 原作で渡辺は部下のとよ(小田切みき)の明るさに惹かれた。渡辺が下りる階段をとよが上っていくシーンや音楽の使い方など、黒澤明が山中貞雄の影響を受けたことが窺える。本作でとよの役割を果たすのが、転職を広言するマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)だ。〝老いらくの恋〟と誤解されるが、ウィリアムズはマーガレットとの触れ合いで生きた証しを遺すことを決める。

 復帰するやウィリアムズは豪雨の中、部下を引き連れて公園造成予定地に向かう。いきなりウィリアムズの葬儀シーンになるが、時間が遡行する形で奮闘ぶりが明かされ、部下たちは思い出を語る。ささやかな人生でのささやかな足跡は他者の功績にされたが、人々の記憶に刻まれた。市民課は以前と同じく怠惰な空気が流れていたが、ウィリアムズから遺言を託されたピーターは一歩を踏み出す。

 原作でも本作でも効果的に音楽が用いられていた。渡辺がブランコに揺られながら「ゴンドラの唄」を口ずさむ映画史に残る名シーンも受け継がれていた。スコットランド出身のウィリアムズが幼い頃に聞いた「ナナカマドの木」を歌いながら雪の中で息絶えた。

 66歳の俺は、死ぬまでに誰かの役に立ちたいと考えることがある。ボランティアを始めようと問い合わせたこともあるが、踏ん切りはつかない。本作を見て、改めて人生や幸せの意味、そして老人が若い世代に果たすべき責任について考えてしまう。召される前に答えを出せるだろうか。
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