酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「罪深き少年たち」~狂犬が噛み砕く偽装の壁

2024-07-05 21:00:28 | 映画、ドラマ
 棋聖戦第3局は藤井聡太七冠が山崎隆之八段を3連勝で下し、永世棋聖の資格を獲得した。攻守とも隙がなく、完勝といえる内容だった。43歳で2度目のタイトル挑戦と〝遅れてきた青年〟といえる山崎だが、竜王戦では1組で優勝し、トーナメントで優位な状況にある。〝AI超え〟藤井に〝人間力〟山崎が再び挑む日を心待ちしている。

 この10日余り、激動の予感を窺わせるニュースが世界から届いている。米大統領選の討論会ではバイデン大統領が高齢による不安を露呈した。しがらみに縛られたバイデンは出退極まった状態だと思う。〝もしトラ〟は現実になりそうだが、アメリカのMZ世代はジェンダーや差別に敏感で親パレスチナの傾向が強い。民主党支持の若年層はバーニー・サンダースの影響で、資本主義より社会主義に価値を見いだすようになっている。地殻変動は4年後に起きるだろう。

 欧米との協調を掲げる改革派、反米を訴える保守強硬派との決選投票になったイランの大統領選、フランス国民議会選挙、そして労働党圧勝のイギリス総選挙については、稿を改めて簡単に記したい。本来なら格差と貧困、教育と環境が争点になるべき都知事選が、茶番のままで終わりそうなのは残念だ。

 「罪深き少年たち」(2022年、チョン・ジヨン監督)を見た。ベースになっているのは1999年、全羅北道の参礼ウリスーパーで起きた強盗殺人事件だ。貴金属類と現金が盗まれ、家族4人のうち、祖母が心臓発作で命を失った。韓国ではファクト(事実)とフィクション(脚色)が混淆した<ファクション映画>が多く製作されているが、本作もその一つである。

 事件発生から10日ほどで3人の少年が逮捕された。1年後、当該警察署(完州署)に徹底的な捜査で〝狂犬〟の異名を持つファン・ジョンチョル刑事(ソル・ギョング)が赴任してくる。当ブログでは主演、助演に限らずギョング出演作を7作紹介してきたが、とりわけ印象に残るのは「殺人者の記憶法」と「茲山魚譜-チャサンオボ-」だ。徹底的な役作りで知られる韓国トップクラスの俳優である。

 1999年と2016年がカットバックしながら物語は進行する。冒頭はジョンチョルの歓迎会だ。島流しに遭っていたが定年間際、17年ぶりに完州署に帰還したという設定で、ジョンチョルを慕っていたジョンギュ刑事(ホ・ソンテ)らが顔を揃えていた。ジョンチョルが左遷された理由は、ウリスーパー事件の真犯人を突き止めたからだった。

 実話がベースと前述したが、ジョンチョル刑事は創作で、冤罪を着せられた少年たちの年齢も少し低めに設定されているようだ。事件とその後の経緯については韓国内で広く知られており、観客を惹きつけるためにはシナリオの捻りが求められる。<真実>を追求するジョンチョルに対置したのは<隠蔽と秘密主義>を象徴するエリート官僚のチェ・ウソン(ユ・ジュンサン)だ。対峙する両者が醸し出すヒリヒリする緊張感に時間が経つのを忘れた。

 独裁時代の体質を維持する警察や検察は、民主化以降も高圧的な態度を改めず、韓国の人々は権力に対して忌避感を抱いている。ジョンチョルが調書を精査したところ、ある少年は知的障害で時を書けなかった。暴力的な取り調べで3人はでっち上げられ、冤罪は明らかだったが、チェや担当検事は徹底に隠蔽し、無実の少年は下獄する。

 亡くなった祖母の娘ユン(チン・ギョン)、17年後に名乗りを上げようとするジェシク(ソ・イングク)、再審を請求した弁護士とジョンチョルにも協力者がいたが、時機を逃して結審を迎える。ラストの法廷で警察と検察の悪が暴き出されるシーンにカタルシスを覚えた。タイトルは「罪深き少年たち」だが、冤罪の犠牲になった少年たちも、真犯人の少年たちも決して罪深くはない。「罪深き大人たち」が正しいタイトルだ。

 食事のシーンが多く、うまそうな食べ物が次々に出てくる。20歳若かったら観賞後、徒歩で大久保まで足を運び焼き肉を食べたに違いない。変なところで自身の老いを感じさせてくれる作品だった。
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