大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年06月13日 | 植物

<286> トウヒ、シラビソ、ウラジロモミ

        歌声が そこここからの 山の道 郭公 鶯 鷦鷯(みそさざい)など

 この間、トウヒ(唐檜)の花を大台ケ原山で三年ぶりに見かけた。そこで、大和では台高、大峰山系の深山でしか見られないトウヒ、シラビソ、ウラジロモミについて触れてみたい気になった。三者はマツ科の常緑高木の針葉樹で、日本の固有種として知られ、紀伊山地が本州における分布の南限とされ、貴重な植生としてあげられている。

 トウヒはトウヒ属で、エゾマツの仲間として知られ、関東、中部、紀伊山地に分布する。高さは二十五メートルほどになり、円錐形に枝を張る姿が美しい。寒温帯(亜寒帯)を適地として生え、紀伊山地では標高の高い大台、大峰山地の標高千五百メートル以上の高所に生え、群集して見られる。樹間からはときにツツドリやカッコウやホトトギスの鳴き声が聞こえる。

 シラビソ(白檜曽)はモミ属の仲間で、高さは二十メートルほどになり、樹形は円錐形で姿がよく、群集する。本州の福島県から紀伊山地と四国に分布し、紀伊山地では大峰山脈の主峰八経ヶ岳(一九一五メートル)の山頂周辺にトウヒと混生して見られ、一帯は「仏経嶽原始林」として国の天然記念物に指定されている。標高差でウラジロモミと棲み分け、シラビソは亜高山帯の樹種として上部に生え、紀伊山地では大峰山脈のこの一箇所のみに自生する貴重な樹種である。

 ウラジロモミ(裏白樅)はシラビソと同じモミ属の仲間で、高さは二十メートルほど。やはり本州の福島県から紀伊山地と四国に分布する。モミより上部、シラビソよりも下部に生え、大和では標高約千三百メートルから千六百メートル辺りで見受けられる。

 三者とも雌雄同株で、ともに六月ごろ花をつける。トウヒは前年枝の先に雄花と雌花がつき、赤紫色の雌花は大きく、雄花は黄褐色の小振りな花で、雌花よりも多数つく。シラビソとウラジロモミは雄花が前年枝の葉腋に、赤紫色の雌花が枝に立って開花する。

 三者はみな雌花の方が大きく、派手でよく目につき、印象的である。トウヒの雌花は毬果に変わると垂れ下がるので、この点を見ればシラビソやウラジロモミとの区別がつく。トウヒの毬果は種子が散ってからも枝に残ることが多く、写真のように同じ木に雄花、雌花、毬果が同時に見られることもある。

 ところで、大和の山地ではニホンジカの食害による植生への影響が著しく、トウヒもシラビソもウラジロモミも樹皮を剥がされる被害が深刻で、環境省や奈良県が防護ネットを巡らしたりしてその対策に当たっている。防護ネットを施しているところでは幼樹も育っているが、大和ではトウヒが絶滅危惧種、シラビソが絶滅寸前種にあげられているのが現状である。

 写真は左からシラビソ(雌花・八経ヶ岳の山頂付近)、トウヒ(雄花と雌花、毬果が見える。大台ヶ原山の牛石ヶ原)、ウラジロモミ(毬果・大峰山脈の七曜岳(一五八四メートル付近の大峯奥駈道)。