大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年01月16日 | 写詩・写歌・写俳

<136> 高見山の樹氷

          私が眠りに就いて

                     夢を見ているころ

                   樹氷は樹に寄って

       成長を遂げ

       美しい姿を造り上げた

       これは如何なる証か

       樹氷も時を纏い

       時を共有している

       生命に等しい

       所謂 存在なのだ

    もしかして 人間は人間の利己のためにのみ 働いているのではないか
    樹に寄って成長を遂げた樹氷は 春になると跡形もなく 消え失せてしまう
    しかし 樹氷の結晶の一滴の雫は 地に落ちて 根を張る樹の潤いとなり
    樹の生命の証である天に広がる緑かがやく枝葉に至り 樹の成長を育む
    果たして 自然の中にあって 人間の利己的営みは 有効に働いているか
    私たち人類は 何を成し遂げようと 生き継ぎ
生き継ぎしているのだろうか
    思えば やはり 人間は人間のためのみに生き 働いているのではないか
    樹の美しさも 樹氷の美しさも 私たち人間の美しさも 美しさはみな一つ
    自然の生命(時の変化の中の息吹)の範疇に存在として共感されるもの
    厳寒に育ちゆく樹氷の美しさは その共感されてある 美しさなのである
    願わくは 私たちの利己
的営みが 多少とも共感される美しさを持つことを


                            

 三峰山(みうねやま)の樹氷を採りあげたからは、 高見山の樹氷にも触れないでは片手落ちであろうから、今回は高見山の樹氷を紹介する。 三峰山も高見山もともに三重県境に位置する 千二百メートル台の標高を有する同じ規模の山である。だが、 樹氷の様相はかなり違って見える。 これは植生の違いと風の強さの違いによるものであろう。植生はともに落葉樹の自然林であるが、 三峰山がツツジなどの灌木が主であるのに対し、 高見山の方はブナの多い喬木が主にあるのがうかがえる。また、高見山は風が一段と強く、 立っていられないほど強く吹くこともしばしばで、山頂に避難小屋があるほどである。
 樹氷は樹に出来るものであるから、当然のこと三峰山の樹氷より、高見山の樹氷の方が大掛かりであり、風の強いことからその造形にも変化が見られ、全体に強烈なインパクトをもって迫って来るところがある。 男女で言えば、 高見山の樹氷は男性的であり、三峰山の樹氷は女性的であると言えよう。もちろん、大和は山国で、 樹氷はいたるところで見ることが出来るが、この二箇所が殊によく知られている。因みに、老婆心ながら、雪山は低い山でも装備を怠りなく、無理をしないで登って欲しいと思う。