湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

自学教材ヒント集に《看護師・准看護師の仕事》を載せました

2005-05-08 02:35:49 | フリースクール
--- 今回は、以下の自作教材ヒント集の解説です。

●自学教材ヒント集《看護師・准看護師の仕事》
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=tobipub2


 僕は、大きな病気や怪我を何回もしているので、看護師さんにはお世話になってきた。祖父母の介護のときは、医師会派遣の訪問看護師さんに親戚ほどの長い期間のお世話になった。そういうことからすれば、治療と看護の場面では、医師よりも看護師の方が役割が大きかったように思える。「師」とするのも納得がいく。ただ医師の方が大変な仕事をしていると思うのは、特定の人格が支えていることが大きいように思う。病院では、看護師さんはチームで動いているから、その分個々人への思い入れが薄まっているのかもしれない。

 女性が中心の職場だが夜勤がある。排泄物の始末や、体重のある患者の移送、罵詈雑言を浴びることもあれば、死に立ち会わなくてはならない。そう考えれば大変な仕事だ。しかし看護という仕事は、患者さんとの深い部分で信頼を取り結ぶことが出来る(というよりせねばいい仕事にならない)稀有(けう)な仕事だ。

 看護師になるためには、実務体験がいる。そうした看護師のひよこのような学生さんが、整形外科に入院中の僕のベッドサイドに集団でやってきた。そのとき、医師と病棟科の婦長の説明があったのだが、ギブス巻きされている僕の右足を起こすのに、医師は右足の親指をつまみあげて説明した。年度があけてその内のひとりが内科に配属され、夏のお盆休みの時、彼女が整形外科に応援人員として、臨時に僕の病室にやってきた。

 そのときシーツ交換で僕が床をどかないといけない場面で、彼女は僕の怪我した右足の親指を「ひょいとつまみあげた」のだった。他の看護師さんたちがやらない仕草だったから、あのときの巡回で学習したのだなと思った。長い間ベッドを離れないでいると便秘になる。そのときもその看護師さんが僕の下世話をした。肛門にキシロカインを塗って麻痺させ、グリセリンを注入、詰まっている便塊をラテックス手袋をした指で掻き出す出すのだった。その実務的な裁き方に学習の期間を感じさせられた。そのときは、よくぞ実務に徹したなあと思っていたが、その無表情の意味が同じ仕事を僕がすることになるとは思いもよらなかった。百歳になる祖母の末期の在宅介護のとき、同じ作業を僕自身が連日担当することになったのだ。悪条件を最小限に抑えつつ、意思を揺り動かすことなくやりきることは、右足をカバーしながらの作業だったが、大変な仕事とわかった。看護師はプロの仕事なのだ。

 揺りかごから墓場まで、ひとの生涯には幾度となくひとの手のお世話になる。その部分を支える仕事が看護師の仕事だ。その生涯の難所を越えるお世話の技術をもった専門職なのだ。

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 あえてコースの説明などをしなかった。もしも高卒で専門学校を考える方がいらしたら、専門学校関係に説明してもらえる知人がいる。看護師さんたちもかなりの科に分散して知人がいるので、話をしてもらうことも出来る。就職の方向として看護師を考えているなら、連絡を求む。

コメント
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