みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

ダメなものはダメ

2021年03月04日 | 民数記

民数記 32章1−19節

 心の片隅に期待していたロックダウン解除ならず、3月いっぱい継続することが決まりました。この感染症については、そんなに気にするものではないとする考えを持つ人も少なくありませんが、あくまでも主観的なものですので、解除の根拠にはなりえませんね。

 おびただしい数の集団がいっしょに約束の地を目指して旅し続け、いよいよ目的地が間近だという時に、また一つ大きな課題が起こりました。多くの家畜を持つルベン部族とガド部族が、ヨルダン川東岸にとどまりたいと指導者モーセに願ったのです。実利を取れば彼らの言い分はもっともに聞こえます。家畜を多く持つ彼らにとって「家畜に敵した場所」から離れるのは愚かなことだからです。

 ここでは、この時のモーセの対応、ことばに目が留まります。そこには物分かりの良い指導者の姿はありません。怒ったのです。そしてモーセは、ほぼ40年前に、彼らの父たちがカデシュ・バルネアから約束の地を偵察に行きながら、不信仰によって入ることができずに荒野の旅を続けた例を持ち出しています。

 あの時彼らは、約束の地を取るのは無理だと泣き叫びました。そして今、ガドとルベンは、約束の地に渡らないでこちら側で安定した生活をしたいと願い出るのです。「あの時」と「この時」とでは事情が異なると言えますが、どちらも約束の地には入らない、入れないということでは共通です。モーセにはこの二つの部族の提案に民族分裂の危機を感じたのです。

 事は決別、そして分裂ということにならずに、残りの部族が約束の地を攻め取り終えるまで自分たちは先頭に立って進み、戦うという提案をしたのです。事と荒立てることなく穏便に…ということばがあります。ここは違います。モーセはダメなものはダメ! と明快でした。彼らはそのモーセの断固とした拒絶がこの提案に至るのです。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。