周防教会・牧会ジャーナル

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臨時ジャーナル(闘病編)

2021年05月26日 | 日記・エッセイ・コラム

自分で見てもキショイ光景。左足から取った血管は今僕の心臓で活躍している。突然『牧会ジャーナル』を途絶えさせてしまってすみません。ちゅうか、謝ってもこれだけは仕方がない。以下のようなことがありました。

 

 

5/3(月) それは日曜の夜、床に入った時のこと。急に胸が痛み出し、息が出来なくなった。そのうち全身から発汗(まさかコロナ?)。異変に気付いた娘が「救急車呼ぼうか?」と声をかけてきた。しばし悩む。なぜなら頭に浮かんだのは恥ずかしながら銭の心配と近所を騒がせる不安。しかしこの痛みは尋常ではない「よ・・・呼んで」。近くの消防署からすぐにサイレンが近づいてきた。亀の里の住人たちが起きませんように。二階から担ぎ降ろされ、午前3時頃岩国医療センターに到着。けれどここでは対応できない旨の話が聞こえてきた。広島まで再搬送されるらしい。山陽高速道路を走り、到着したのは広島市民病院。オペ室まで続く天井を眺めていた。どうやらまだ生きている。病名は急性心筋梗塞。左心室が破裂。緊急開胸手術が始まったという。

 

8(土) それから6日間、呼吸器で生かされ続け、ICUで目覚めるまでの記憶はない。ただ、妙な断片記憶だけが残っている。俗に言う臨死体験てやつかも知れん。丸い真っ白な大扉の向こうに白い花畑が広がる。この大きな扉をくぐればあちらの世界やな・・・などと考えていた。それはそうと、先に死んだ婆ちゃんが「まだこっちに来たらあかん」とか言って追い返しに来るはずやが、婆ちゃんも爺ちゃんも親父の姿も無い。お前が決めなさいということか。扉には二度遭遇したが、三度目に現れたら入って行ったような気もする。「死ぬってこういうことか」と思うと、ちっとも怖くなかった。それよりも噂に聞く三途の川とやらを一度見てみたかったがどこを探しても見当たらない。ただ握っていたスマホで妻に詫びと別れのメールを何度も送信したのを覚えている。もちろん実際にそんなことできる筈がない。錯乱した脳の記憶に他ならない。

 

9(日)~17(月) 気が付くと ICU。ここでの日々が一番辛かった。大発汗の後、のどが渇いて仕方がない。二週間近く水分補給は禁止された。砂漠をさ迷う夢まで見た。そばにある消毒液まで飲みたくなる。それから毎日のように合法ドラッグによる幻覚を見る。映画よりリアル。病室の中も賑やかで、部屋の端と端ではサンダとガイラが兄弟ゲンカしており、隣ではチューバッカがハン・ソロを呼び、その向こうからは大屋政子のソプラノが聞こえる。レントゲン車が音痴な声でルイ・アームストロングの歌を歌いながら、焼き芋でも売りに来るかのように毎日やってくる。幻聴かも知れないが、とにかく僕は生きのびていた。

 

17(月)~25(火) 本来はICU(集中治療室)の次にHCU(高度治療室)を経由するらしいが回復が早いとかでいきなり一般病棟に移された。遮断されたICUに比べると病棟では外からひっきりなしに救急車のサイレンが聞こえてくる。それを聞くと自分が搬送された時のことが思い出され息が出来なくなる。裂けた心臓も潰れた肺も元に戻っているというのに苦しくなる。フラッシュバック。しかし教会のことはもちろん、高校のことも、保育園のことも、亀の里のことも、あらゆることがみんなの協力で対応されているという。今日退院となったが、この際やから、半年ほど軽井沢の別荘で療養生活を送らせてもらうことにしよう。いずれにせよ僕がいなくても教会はNo Problem.たくましい!

 

別荘?もしこれがジョークで無いとすれば、幻覚はまだ続いていることになるぞ。



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (おおさか・うめのはな)
2021-05-26 22:32:13
よかった。無理するな。
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Unknown (久保田愛策)
2021-05-28 22:55:37
牧会ジャーナルをいつも楽しみにしていますから心配していました。とにかく安静になさって、無理は(無茶は)しないでください。
遠くから祈り、応援しています。
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Unknown (名無しの次男)
2021-05-29 20:08:36
心配させおって。次回は山賊連れてってくれ。
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Unknown (岸本望)
2021-05-29 23:33:53
命を取り留められて本当に良かったです
牧会ジャーナルをアップされる程に回復され、何よりでした
どうぞ大事にお過ごしください
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