周防教会・牧会ジャーナル

教会週報の裏面の記事を掲載しています。

7月18―24日

2010年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo 1月31日のブログで外観を紹介したが今日は店内を紹介。ふるさと久米田の駅前にある喫茶店『ベレッサー』。今回の帰阪でも立ち寄った。ここに居ると本当に心が安らぐ。教会なんかにいるよりゃずっと安らぐ。反論がある者は一度訪ねてみたらええ。やさしいおばちゃんが迎えてくれる。排他的な信徒や権威的な牧師は見習うべきや。

7/18(日) 叔父(次男)危篤の知らせを受け大阪へ。ほんまは今日明日と教区の信徒大会。しかも会場は映画『レールウェイズ』の舞台となった一畑電鉄の系列ホテルなので楽しみにしていた。正直に告白します。集会に出たとしても、抜け出して電車に乗りに行こうと企んでいました。正直に言うたから神様は許してくれるはず。

19(月) ニンニクがたっぷり入った焼きそばを注文して食べたせいで、「臭い!臭い!」と周囲から非難ごうごう。自分でも胃の中から毒ガスが噴出しているような感じがするくらいや。そうか、明日は葬儀やった…。このまんまじゃ、ド顰蹙買うぞ。そう言えば子供の頃から母親に叱られた。「あとさき考えてから物ごとしいや」

20(火) 叔父とのお別れの日。こじんまり家族葬をすることになり、式の進行を任された。高校時代、叔父の電気工事店でアルバイトをさせてもらったことがある。真冬、電信柱にのぼって寒風にさらされた記憶がよみがえってくる。でも、働いた後に食べる飯の美味さを初めて知ったのも、あのアルバイトやった。叔父さん…。

21(水) 実家のテレビの映りが悪いので屋根に上って調べてみた。そこまではええねん。下から母親が叫ぶ。「落ちないや~」「気ぃつけや~」「日射病になるでえ~」「さとしぃ~!さとしぃ~!」「返事くらいしいや~」。と、とにかく黙っといてくれよ、おかん。気が散るやら、恥ずかしいやら、ほんまに落ちてしまいそうになるで。

22(木) 夜遅く夕涼みがてらブラリ散歩に出かけた。周囲の建物はすっかり変わったけれど、昔の町並みを思い出しつつ通学路を小学校へ。懐かしいなあ。童心に返る。充分楽しんだ後ぼちぼち帰るかと家を目指したら道に迷ってしまった。50分ほどの散歩が90分もかかってしまうほどマジで迷う。童心に返ってあせった。

23(金) ずれた屋根瓦の補修をするため今日も屋根に上る。もちろん母には「くれぐれも叫んでくれるな」と念を押しているので今日は静かや。しかし焼けた瓦の熱さはハンパやない。汗が滝のように流れるとはこのこと。後10分も居たら人間の干物が出来るで。今回は汗と涙の里帰り。ひとり暮らしの母を残して山口へ。

24(土) 本来は22日に帰る予定やったが23日に帰った。そのことを知った叔父(長男)が指摘する「そんなんでええんか?普通やったら会社に言わんならんわ、勤務交代せにゃならんわ、えらいこっちゃで」。おっしゃる通りです。だから僕はうちの教会員には心の中でいつも手を合わせています。…なんとなく嘘くさいかな。


7月11―17日

2010年07月18日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo 「ここでは対応できんから救急車を呼ぶ」という医師に「そんな大げさな」と返して自分の車で国立病院に行ったら即入院となったのが8年前の7月15日。七転八倒の苦しみと、あと一日遅かったら危なかったという黄疸を引き起こしたのがこいつや。でも今は無き僕の胆嚢から出てきた宝石を見た瞬間に気分はアコヤ貝。いとしの胆石よ。

7/11(日) 驚くなかれ帆波は全身82箇所にも渡ってノミに咬まれていた。咬まれた帆波も、咬んだノミも、双方天晴れじゃ!他の家族も大なり小なり被害に遭っている。仕方がない。背に腹はかえられん。最終手段に訴えバルサンを焚く。ええ虫さんも、悪い虫さんもみなごめん。そもそも虫にええも悪いも無いんやけどね。

12(月) 牧師会の夕食は焼肉orしゃぶしゃぶの食べ放題。どちらかのコースに決めなければならないので、しゃぶしゃぶを選んだら、奇しくも若手組が焼肉、高齢組がしゃぶしゃぶと分かれてしまった。まあ今日の気分がしゃぶしゃぶやっただけで決して高齢だからではないぞ!などと言い訳をしてしまう、今が微妙な年頃。

13(火) 雨が降りしきる午前中、亀の里の駐車場にバラスを敷いた。総勢6名がビショ濡れになって働いてくれたおかげで作業は1時間ちょいで終了。よし、これでしばらくは水溜りもできんやろ。なによりも帆波よ!学校ではなかなか学べん「ねこぐるま」(山口では一輪車のことをこう呼ぶ)の扱い方を体験できて良かったやろ。

14(水) 朝起きようと思ったらなんと体が動かん。まるでギックリ腰にでもなったように腰が痛い。まさか、昨日のバラス撒きか?たった1時間の作業でここまで痛くなるのもおかしいがそれくらいしか思い当たるふしがない。昔、朝から晩までレンコン畑で働いた時ですらこんなにはならんかったのに。これで高齢組確定か。

15(木) それにしても梅雨明け間近の大雨は恐い。各地でまたしても爪痕を残していった。玖珂町の雨量が全国ニュースでも報じられたらしく、あちこちから心配の電話やメールをいただいたが、幸いにもここは雨量が多かっただけで被害は無かった。毎年々々、天災が人災を浮き彫りにする。もろいもんやな…この国は。

16(金) ホトトギスは毎晩鳴くのに、5/16の一晩だけで、あれ以来アオバズクの声を聴いていない。今年はいったいどうしたんやろ?環境の変化かなあ…心配や。ところで飲んでは毎晩叫ぶ保男も最近顔を見せんな。どうしたんやろ?心境の変化かなあ(むしろそれなら大成長やが)。いずれにせよ全然心配してない。

17(土) ノミの顛末やが…バルサンを焚いたおかげで、「うわあっ!」というほど居たノミが、「あ!」程度にまでおさまったようす。ノミ以外の虫がどれくらい死んだのかは不明やが、戦争で「市街地を避けて軍の関係施設だけピンポイント爆撃した」なんて発表をしているのが、どれだけ嘘っパチかをバルサンは物語る。


7月4―10日

2010年07月11日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo_2 菖蒲の中に立つアオサギ 。警戒心の強い鳥で息を殺しながら接近し、なおかつズームにして撮った。もちろんサギは詐欺とは何の関係も無いが、どう見ても青じゃなく灰色やろ。英語ではちゃんとGrey(灰)が用いられているぞ。え?オオアオサギの場合は灰色やけど英語ではBlueだって?やっぱりこいつは詐欺とどっかつながっとるな。

7/4(日) 防水携帯なのに濡らして故障させたことをドコモショップの姉ちゃんに告げた。妙な顔をされると思っていたら「大変でしたね」との言葉。おお、あんたは接客のプロやね!それはそうと故障中の4日間に溜まったメールが心配。おそるおそる開いてみたらなんと0件。思わず溜息が出た。あ、姉ちゃん、今笑ったやろ。

5(月) まずはこの5連発を聞いてくれい。「いいねえ」「大変よろしい」「順調ですね」「この調子でいってください」「実によろしい」。今日のドクターからの言葉。誉めることによって患者をその気にさせる。公文式かいな。そういえば「健康のためなら死んでもいい」と言うコメディアンがいたがその気持ち…分かる気がする。

6(火) 携帯とは対照的にパソコンの方に届いていたメールは先週7日間留守をしていた間に71通。その内訳は、事務連絡メールが3通。企業の宣伝メールが26通。そして40通もの迷惑メール。ま、こっちは予想通りや。え?あと2通足りないって?まあ僕が言うのもなんやけど…それは自分で自分に出したメールです。

7(水) 織姫と夏彦(彦星)を恋人と思っている人が多いが二人は夫婦。働き者の二人が結婚後イチャイチャばっかりしていて働かんようになったことに怒った娘の父親のお裁き悲話。今の時代ならブーイングやでお父ちゃん。都都逸に『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』とあるが、あいにく夏彦は牛飼いや。

8(木) ノミの大群が居間を占拠中。そのおかげでノミ捕り名人となった帆波が一日で40匹も捕獲した。よし、丁度ええ理科の勉強や。これはネコノミ。生きるためにオスもメスも吸血する。メスはオスよりもデカい。そしてそのノミを持ち込んだ犯人は言うまでもなく猫のめかり。よい日やら 蚤が跳ねるぞ 踊るぞや(一茶)

9(金) 原チャリで走っていたら道端でケサランパサラン(知らん人は自分で調べてね)を拾った!黒かったので「おかしいな」と思ったが大興奮で持ち帰る。しかし単なる毛玉のアクセサリーだと判明。よほど幸運でない限り見つかるもんではない。ちなみにもしも奇跡が起こったら牧師を辞めるというのが僕の公約です。

10(土) 親父が死んで今日で1年。妹母子に「今日は何の日や?」とメールを出した。姪っ子はちゃんと覚えていたが、甥っ子は「ウルトラマンの日」と答えてきた。まあそれも正解やけどな(周防の教会カレンダーにもそう書いとるし)。妹もさすがにちゃんと覚えていたが、返事のメール内容がこれや。「じじいの命日 チ~ン」


6月27日―7月3日

2010年07月04日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo 岩国と徳山を結ぶ岩徳(がんとく)線。ディーゼルで地元の人々は汽車と呼ぶ。朝夕のラッシュ時は二両やが普段は一両。僕が山口に来た頃はまだ国鉄時代で、今じゃ信じられんが汽車に間に合わない年寄りが駅に電話をすると1、2分程度なら待っていてくれた。最終に乗るとそのままゲゲゲの国へ連れて行かれそうな感覚になる。

6/27(日) 桃山教会の礼拝でお話しさせていただく。プチ同窓会の本番は明日からやが、田中さんという先輩は僕に礼拝担当をさせることによって交通費の足しにしてやろうという人。礼を言うと「いいや僕が楽だからね」な~んて応える粋な牧師。学生時代から全てにおいてカッコイイ先輩やった。今じゃステテコ姿やけど。

28(月) 遠い順に石垣,山口,埼玉,静岡,そして地元愛知から集まった同窓生6人。誰が名付けたのか6輪駆動の「6WD」の会。中には20数年ぶりに会う先輩もいて、「変わった」、「変わらん」と懐かしがることしきり。みんなちょっぴり太り、ごっそり禿げ、ところどころ入れ歯になっていた以外は昔のまんまやった。

29(火) 僕の場合、会う人がどの時代の僕の姿を覚えているかによって、「痩せた」、「太った」と評価が違う。満ちたり欠けたりお月さんみたいな奴と呼ばれる所以やな。ちなみに茶髪時代の僕を知っている人は今の黒髪を見て「更生したのか?」と言う。ただ性格に関してはほぼ共通の言葉でこう呼ばれる。天邪鬼。

30(水) ところで石垣島でラー油と言えば地元民でも朝7時から並んで1本しか入手できない「ペンギン食堂のラー油」を指すらしい。そんな事情を知らん誰かが無責任に「ラー油が欲しい」と言ったもんから、沖縄教区副議長自らが並んで(しかも全員の分を)買ってきてくれた。その姿を想像すると…なぜか笑えてくる。

1(木) 出来れば3年後あたりにまた集まろうと約束を交わして、年齢差が一回り以上もある妙な同窓会6WDが終了。ちなみに6WDは6Wife-Damage(シックス ワイフ ダメージ)の略だという説もある。ではみなさん!お互いの女房から受けた痛手を癒すため、遺影になどならずに生きて再会しましょう。大阪の実家へと移動。

2(金) 去年の7/10に永眠した親父の記念会をする。記念会とは言っても墓の周りの草引きをした後、親戚のみんなとお好み焼き屋でランチを食べただけ。昔、親父の実家はうどん屋をしていてメニューにお好み焼きもあったし、記念としても実にタイムリーや。そしてつくづく思った。無宗教の記念会ってのは楽でええな。

3(土) 僕の携帯電話は防水なんやけど、充電部分のふたがちゃんと閉じていなかったらしく4日前に温泉の湯が入り込んで壊れてしまった。鳴らなくなった携帯をカバンの底にしまった後、なんか全てから解放された気分になった。でも明日あたり修理に出さにゃぼちぼちヤバい。8日間の長旅を終えて山口へ。