周防教会・牧会ジャーナル

教会週報の裏面の記事を掲載しています。

4月22―29日

2017年04月30日 | 日記・エッセイ・コラム

加川良の『東京』を岸和田のライブハウスで歌った翌春、僕は東京で暮らすことになった。今から41年も前のこと。そして最初で最後の彼のライブを観に行ったのは、2009年12月。その時、写メを撮らせてもらい。「ブログに上げてええですか?」と尋ねたら、「あかん」と断られた。その後すぐに「カッコよう載せてや」と笑顔。茶目っ気までカッコええ人やった。

 

4/23(日) 礼拝後、植木さんから聞いて驚く。加川良が亡くなっていたと。しかも2週間以上も前の4/5に。知らんかった。大げさではなく、彼の歌で青春時代を生きた僕はしばらく呆然としてしまう。中島らもが亡くなった時もショックやった。彼は日常にある隠れた笑いを文字に綴ってくれた。そして加川は人生に迷った時、また踏み出したらええと歌ってくれた。

 

24(月) 今、新聞記事で一番楽しみにしている欄は、山口県内の花粉情報。最近は「少ない」という標示になってきている。いよいよ僕の春が近づいている。花粉が終了したら叶えたい夢がある。特別に内緒で教えてあげます。その日が来たら、おそらく牧師は留守がちになると思います。野山や磯や春の小川あたりでお弁当を開いて食べていることでしょう。

 

25(火) スーパーで客の長い列。なんの行列かな?と行ってみたら、どうやら卵一人1パック108円に並んでいるらしい。何度も並ぶ、したたかな婆ちゃんまでおる。しかも何人も!僕も並んでみたら、なんと僕の番になって売り切れ!そりゃあないでしょ・・・という顔をしたら、「少々お待ちを」と言って奥から追加を出してくれた。見たかババ・・・いや、お婆ちゃん。

 

26(水) 4月は初めて礼拝をする年少の子らが加わるので、なるべくやさしい話をするため、定番の『迷子の羊』を話すことに決めている。礼拝前に食堂の椅子で待機している僕を見て、その年少の子たちがいぶかしげな顔で「ここで何しとるん?」「なんでここにおるん?」「あんた誰?」などとぬかす。言葉のボキャブラリーが多いのう。やさしくするのはやめや。

 

27(木) Yahoo・BBのインターネットを解約するため、電話の音声案内通りに操作しているにもかかわらず、何度やってもエラーとなる。ネットからやってもうまくいかん。血管プチッやで。入会する時きゃ易しいが、退会するのはややこしい。そう言や教会はどや?来る者は拒まず、去る者は追わずが原則。うちの場合・・・ここの牧師になった僕が運のつきか。

 

28(金) 時々近所のガキ共が来て、「おっちゃん、ジュース飲んでもええ?」とねだる。しかも最近は大勢で押しかけてくる。毎日来られたら、たまったもんじゃないので、「一週間に一本だけやぞ」と忠告をする。「ええこと教えちゃろ。『亀の里フェスティバル』に来たら500円で飲み放題に食い放題やぞ!」と宣伝したら、けげんな顔をされた。甘やかし過ぎたかな。

 

29(土) 最近は毎晩寝る前に外に出て月や星を観る。それから、以前は頻繁に出没していたタヌキやアナグマがまた出て来ないかと待つ。と、うちの猫が暗闇で何かを捕まえていた。近寄って見ると小さなネズミや。助けてやろうと思ったが既に事切れていた。仕方がないので、夜食として許可しよう。だから、尻尾の先まで残さず食べて成仏させてやるんやぞ。


4月16―22日

2017年04月23日 | 日記・エッセイ・コラム

一月に生まれた孫の紗与(サヨ)の『食い初め』ということで、義理の母が40cmもの鯛を焼いてくださった。キリスト教の世界で育った(とは言っても実家は浄土宗やが)僕にはシャバの儀式は新鮮。並んだ御馳走が待てず、こっそり巻き寿司を4個ほど盗み食いした。孫には真似してほしくないな。と思っている矢先、姉の希与(キヨ)が盗み食いした。

 

4/16(日) イースター。植木潔さんの洗礼式で、名前を「ヒトシ」と呼んでしまい、本人から「キヨシです」と指摘されてしまう。言い訳、その①先週歌番組でクレイジーキャッツの特集を見た。その②昨日アマゾンでクレイジーキャッツのCDを注文した。その③間違えぬよう気にし過ぎてしまった。ア、ホレ、ス~イ、ス~イ、ス~ダララッタ、スラスラスイスイス~イ♪

 

17(月) 孫を連れてスーパーに買い物に行った時、レジのおばちゃんに父親と間違われ、思わずガッツポーズをしたくなった。思えば40数年前、高校時代ガールフレンドと二人で、牧師の子のお守をして外に出た時、夫婦と間違われた。折しも世間では映画『同棲時代』が流行っていて、そんな目で見られた。ガッツポーズ!でも彼女が言った。「早よ帰ろ」。

 

18(火) 今日は眼医者で3時間半。お昼はとっくに過ぎていて腹ペコで中華料理屋に入った。客は僕だけ。厨房でチャーハンを焼く音。と、その瞬間でっかいクシャミ。もし調理人がホールにいるようなお姉ちゃんならば許せたやろうが、おっさんの顔が浮かんで一気に食欲が無くなる。半分食べたところでギブアップ。持ち帰って家族に食べさせることにした。

 

19(水) コンビニで会計をしている時、後ろに誰もいなかったので、結構デカめの屁をひった。しかし!いつのまにかお姉ちゃんが並んでおるではないか!しかも戸惑っている。今の屁はあなたのではなく僕のですよ。明らかに、ひった僕よりも聞いた相手の方がドギマギしている。そうか、その手があったか!今後は「聞いたな」と言う目で相手を睨んでやろう。

 

20(木) イースターには10kgの牛肉でカレーを、今日は牧師会のため7kgの牛肉でビーフシチューを作る。どちらも友希のお店からいただいたもの。しかし出来栄えはカレーもシチューも30点やん。せっかくの牛肉が台無しやん。でもそんな時、僕はいつもポジティブに考えるようにしている。すなわちこんな感じ。「どうせ食うのは教会の連中やからなあ」と。

 

21(金) モビリオの修理が完了。エアコンはガスが抜けているだけとばかり思っていたが部品交換の大修理になったとか。前の車からカーナビも移設され、発進時の不具合まで直っている。実に完璧なアフターサービスではないか。みなさん、車を買うなら新岩国駅近くのオレンジオートへ!夕方から周防を会場に「どうせ食うのは牧師連中」と共に牧師会。

 

22(土) 柳井の角田牧師が歯痛でたいそう苦しんでおられたので、差し出がましいこととは思ったが、人の苦しみを見過ごせない優しい性格の僕が癒しの指を差し入れ・・・もとい、手を差し伸べてあげた。奇跡の座薬ボルタレンである。ただし、今から十年ほど前のやつゆえ、肛門がどうなってもわしゃ知らんよ。なんなら僕がぶち込んで差し上げましょか?


4月9―15日

2017年04月16日 | 日記・エッセイ・コラム

右目の手術が終わった。今回は目の球をグイグイ押さえつけられるみたいで、そこそこ痛かった。よし、次に白内障の手術をする人がいたら、「目ん玉にブスッと注射されるで」とか「メスの切っ先が迫ってくるで」とか「眼球をグイグイ押さえれて奥目の八っちゃんになるで」とか、怖がらせてやるねん。人間って、恐怖を大げさに伝播して喜ぶ嫌な生き物や。

 

4/9(日) 過去にアデノイド切除,断裂靭帯の形成,胆嚢摘出等の手術を受けたことはあるが、「手術が楽しみ~♪」なんていう経験はこれが初めて。もっとも、先週左目を手術した時は不安でおののいとった。ビビらされたからなあ。しかしハッキリと見えるようになって、今度は右目の手術が楽しみで仕方がない。あまりに興奮し過ぎて今夜は眠れそうにない。

 

10(月) まるでアトラクションの順番を待つ時のように控室で過ごした。そしていよいよオペ室へ。あれ?先週と違って今回はちょっと痛いですよ、先生。麻酔が効いてないんじゃないですか?いて、いて、いててて。でもこれは嬉しい手術なんやから我慢しよう。江戸時代の手術に比べりゃ、こんなの痛さの内に入らんわ!むしろ快感じゃ!あははは!いててて。

 

11(火) 眼帯カプセルが外された。「するとたちどころにパウロの目からうろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった。そこで彼は立ってバプテスマを受け、また食事をとって元気を取りもどした」(使徒行伝より)。見え過ぎちゃって困るの~マスプロアンテナ~♪ってか!さて、次なる問題やが・・・。いつになったら僕は心の目を開かせられるんやろ。

 

12(水) 隅々まで見えるようになり、あまりに興奮し過ぎてまた朝まで眠れんかった。寝不足のままで広島社会館の聖書を学ぶ会へ。天地創造は神話!イエスは人間!復活はありえへん!調子に乗って話しまくった。クリスチャンの職員も居たので、もしかしたら幾人かをつまづかせてしまったかな~。僕の心の目が開かれる日は・・・そう近くはないみたいや。

 

13(木) 眼科の帰り、急に挑戦したくなって、いざ《ココイチ》へ。エビあさりカレーを3辛で注文。ひと口食べていきなり後悔の海に乗り出す。汗と涙を流しながら一皿のカレーを食うのに20分。調子に乗り過ぎた罰や。またしてもよみがえるのは、小学校3年の通信簿に書かれたコメント。「チョットおっちょこちょいですね」。先生!チョットじゃないみたいですよ。

 

14(金) 運転免許の「眼鏡等」の条件が解除された。1月に更新した時、視力検査になかなか合格しない僕がやっと受かり、一緒に喜んでくださった受付のおばちゃんが、今日も一緒に喜んでくださった。「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」か。クリスチャンみたいな人やなあ。クリスチャンやったりして。いいやクリスチャンにはこんなええ人はおらん。

 

15(土) 毎日4種類の目薬を5回ずつ注すので、そりゃ失敗もあるわい。二度ほどメガネの上から目薬を注してしまった。しかも一度目は信号待ちの間に車で失敗したのを隣の車の後部座席に乗っていた子供にしっかり見られてしまった。あのガキ・・・きっと家族に言うやろなあ。まあ、物は考えよう。僕は退屈な少年を楽しませてあげた面白いおっちゃんです。


4月2―8日

2017年04月09日 | 日記・エッセイ・コラム

先に白内障の手術を受けた大川牧師はこう言っていた。「痛くはなかったけど、目にメスが迫って来て怖かった。先端恐怖症になりそうやった」と。でも、僕の手術ではメスは迫って来なかった。まさか彼が嘘をついたのか?いいや!彼に限ってそんなこと!しかし牧師やからなあ。しかも彼は関西人やしなあ。状況証拠は全て揃っとる。ビビらせやがったな!

 

4/2(日) 洗礼を受けたいと申し出た植木さんに対して、「受洗したからと言って何も変わらんよ」とか、「月定献金せにゃいけんようになるよ」とか、「天国に行けるわけでもなし」とか、ことごとく決心を砕くような話しを投げかけたが、彼は「それでも受けます」と言った。そこまでおっしゃるのなら、次のイースターに洗礼式をしましょうか。ここは自己責任ということで。

 

3(月) 昨日、意地悪な慎夫婦から、「友達が目玉に注射をされたそうだ」などと聞かされた言葉がどうも気になる。冗談に決まっているやろうが念のため、手術前に看護師さんに「そんなことありませんよね?」と尋ねたところ、「すぐに終わりますよ」との返答。ど、どっちやねん?その中途半端な言い方はなんやねん!一番こわい答えを耳にしながら手術室へ。

 

4(火) 手術後に眼帯をとっても何も変わらないという悪夢を何度も見て、ゆうべはあまり眠れんかった。寝不足と憂鬱な気分をかかえながら術後の診察へ。左目を覆うカプセルを取り外されてビックリ!クッキリ!そもそも白内障の手術は江戸時代末期から盛んに行なわれている。古い文献に『一針すれば豁(カツ)然として雲開き日を見る如し』とある。ほんまやね。

 

5(水) もう一つ、つくづく思ったことがある。手術を受けるまで、よくあんな視力で運転していたもんや。知っている道やから何となく運転をしていたが、多くの命を危険にさらしていたんやなあ、と反省。僕が反省するなんて一生の内、そう何度も無いので、これはとても価値のある反省や。反省をしている自分に感動すら覚えるぞ。どうやら・・・さほど反省しとらんな。

 

6(木) 満開の桜並木を左目で楽しみながら海岸沿いを走って大島の役員会へ。左目と言えば、刑事コロンボで有名なピーター・フォークは右目が義眼やったが、『コロンボ』でも『グレート・レース』でも、片目でバンバン運転しとったぞ。現在の日本の道路交通法では片目の視力が0.7以上あればコロンボ並みの運転はできます。ちなみに今の僕は1.2あります。

 

7(金) そうそう、やっぱり目に注射はされんかったぞ!牧師さまをビビらせるとは、実にバチ当たりな夫婦め!かく言う僕も昔、初めて飛行機に乗るという人に、「機内のトイレは昔の列車と同じで、排泄物をそのまま空中に放出します。吸い込まれないための手すりがあるから、絶対に放してはいけませんよ」と言ったことがある。その人はトイレを我慢したそうな。

 

8(土) 智光君が亀の里事務所のパソコンを設定してくれた。実際は何をどうしてくれたのかよく分からんので、どこまでお礼を言ってよいのやら分からん。言い過ぎると損やしな(基本、関西人はこんな発想や)。しかし今まで牧師室では電波の受信アンテナが2本だけやったのが5本立つようになった!雲開き日を見る如し!これに関しては最上級のお礼に値する。


3月26日―4月1日

2017年04月02日 | 日記・エッセイ・コラム

今年の教会総会の議案報告書が完成した。毎年思うが、こんな報告書を作る僕もかなりキテいる気がするが、なんにも言わない教会の方々は、ある意味で僕よりもキテいるのではないか。とは言うものの、実はこれでも少しずつ大人しく仕上げているのである。言わばソフトランディングを始めている。誰にでも差し上げますよ。教会まで取りに来てくれたらね。

 

3/26(日) 口内炎が猛威をふるい続けている。でも今日明日がピークやとにらんでいる。昔からピンチに見舞われた時は「過ぎ去った後」のことを想像することにしている。明日になれば今日よりも少し治まるはず。明後日はもっと良くなるぞ。そして少なくとも今週中には完治するはずや!と心に念じながら、一口食べるごとに叫び、のたうち回りながら食事をする。

 

27(月) 来週に控えた白内障手術を前に、今日は様々な検査を受けた。嫌な予感通り、銭が足りん。婦長さんは「手術の時でいい」と言ってくれたのに、受付のお姉ちゃんが「お払いを」と言う。仕方なく周陽のマコちゃんに借りに行った。アンビリーバボー!瞳孔が開いているので白い対向車がほとんど見えんぞ。一万円を命がけで借りに行ったのは初めてや。

 

28(火) ある病院に電話した。「もしもし、忘れ物外来のことをお聞きしたいんですが」「お忘れ物ですか?」「いえ、忘れ物外来についてです」「あのう、物忘れ外来ですか?」。ここでハッと言い間違っていたことに気がつく。「あ!忘れ物です」「え?お忘れ物・・・?」。あわててしまい、また言い間違った。そして最後に聞かれる。「失礼ですが・・・ご本人様ですか?」

 

29(水) 日本人であることに恥ずかしさを感じることはよくある。たとえば、世界が評価するほどマナーが良くない。それから、容疑者の扱いがひどい。情報開示率が低く、難民を受け入れない。そして唯一の被爆国でありながら国連核兵器禁止条約に欠席しただけでなく、先制攻撃論まで浮かんでいること。恥ずかしくって豪華客船での世界一周旅行は止めや。

 

30(木) 彩七の嫁ぎ先の母親から「シャコが手に入りましたよ」との電話。車庫ではなく海にいるシャコのこと。僕が無類のシャコ好きだということを覚えていて下さったのだ。ありがたいことや。いやあ、それにしても、シャコさんたち、ご無沙汰しています。瀬戸内海ではもう絶滅されたのかと思っていましたよ。さっそく湯がいて食べる。口内炎?そんなの糞くらえや。

 

31(金) 婦長さんに言われた「手術の三日前からやるべきこと」を始める。日に4回左目にだけ目薬を注す。その時瞼を指で開けない。目薬の先をまつ毛に触れない。瞼の上に塗り薬を塗る。塗る前に洗顔する。どれも大したことではないが一つだけ心配や。昔からバーブ佐竹や菅原洋一並みに目が細い僕にとって「瞼を指で開けない」に関しては自信が無い。

 

1(土) 夜、角田一家(牧師と次男と末っ子)が来会。ええ時に来られた。議案報告書の紙折りを手伝ってもらう。しかし角田家は専門大学に二人、高校に一人、末っ子はまだ小学生。先は長いのう。うちは子育て終了。あとは育った5人が月々ドーンと仕送りしてくれるのを楽しみに待つだけや。ドーンがだめならポーンでもええ。それが無理ならトンや。え?チ~ン?