周防教会・牧会ジャーナル

教会週報の裏面の記事を掲載しています。

1月23―29日

2011年01月30日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo 心理学的な表現を用いて解説すると、「希少性の欲求が引き起こす行動」のひとつとも言える。はたから見ていても疑問と不快感を抱いてしまうこんなファッションで雪の中に飛び込むなんて!中2とは言っても中身はまだまだ子供なんやなあ。ロッジの姉ちゃんが雪ん中でハシャギ回る娘らを見て「よっぽど雪の無い地方から来たのかと思った」と言っていた。僕も飛び込むのを我慢してよかったわい。しかしこれがほんまの「ゆき倒れ」や。

1/23(日) 礼拝の説教を前に椅子に座っている間、心臓がバクバクしていた頃が懐かしい。先週600人の生徒を前にしても何とも感じんようになってしまった。ほんに慣れとはおそろしいもんよのう。緊張するような場面に出くわすこともめっきり無くなってきたなあ。女房が「敏さん…」と言ってから話し出す時くらいや。

24(月) 朝の連ドラ『てっぱん』を見て、無性にお好み焼きが食べたくなる人が増えているという。全国のお好み焼き屋の売り上げにも多少の影響が出ているらしい。メディアの力ってのはあなどれんなあ。そういえばタイガーマスク現象はどうなったんやろ?今んとこ亀の里にはまだ伊達直人は現れとらんみたいやけど。

25(火) 町で見事に重低音が響くコンポを見つけた。え!これがたったの2500円?嘘でしょ?最後の1セットを買ってルンルンで帰って牧師室にセットした。あれ?このコンポ、CDを入れる場所がないぞ?よくよく調べてみたらコンポではなく、スピーカー付きのアンプやがな。最近一人で吉本を演じることが多くなってきた。

26(水)「次回は診察を受けてくださいね」か。悪いことはできんなあ。薬だけもらいに行って診察の目をかいくぐってきたが、再び発覚されてしまった。最近頑張ってないのがバレてしまう。健康に自信がついたら褒めてもらいに行こうと思ってたんやけどなあ。宿題をサボってしかられた時の気分がこの歳で甦るかよ。

27(木) 映画『ノルウェイの森』を観に行く。いつ北欧の大自然が出てくるか楽しみにしていたが最後まで出て来んかった。あっ!そういうことやったんか!コロッとだまされたでよ!この映画の題名がビートルズの曲名であることに気が付いたのはエンディングの字幕が流れ始めた時のこと。これも一人吉本ですか?

28(金) しばらく海岸に立っているだけで頭が痛くなるというくらいの厳寒日本海を見に行こうと益田方面に出かけた。しかし今日は天気がおだやかで荒れ狂う波は期待できそうもないので、山間部へ雪を見に行くことにした。見事な雪景色。おお、白銀は僕を招くよ。ここ数年眠っていたスキー熱に点火してしもうたわい。

29(土) 去年から太陽が沈むと氷点下という日が続いている。日が暮れて今夜もビバークの師匠がやって来た。「お金をくれたらしばらく泊まりに来ない」と次女に言ったらしい。残念やけどうちは、あげるお金が無いかわりに泊まってもらいます。そう。風呂!飯!寝る!この三原則や。それが嫌なら出てっておくんな。


1月16―22日

2011年01月23日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo 旅人さんが脱いだ服。コートだけで5着。その下にセーターやシャツが数枚。でも僕はこれだけで-5℃以下にもなる駅の駐輪場で寝る自信はない。「ビバークの師匠」との異名を取る旅人さんの服は酸っぱい臭いに満ちていた。その臭いを少しでも消すため、洗濯をしたり、新しい服をあげたりする僕の行為は根本的な助けなんかじゃない。

1/16(日) -7.7℃の雪の朝。分区交換講壇日。僕の担当は下松教会。その帰り道、時々うちに顔を出す旅人のおっちゃんを見かけた。まさかとは思っていたが夜になって訪ねてきた。20kmも雪道も歩いて来たんかい!靴もずぶぬれやがな。ところでラッキーやでおっちゃん。今日は風呂が凍結してるから温泉や!

17(月) 明日は8時過ぎに女学院に行かねばならず、学校にほど近いビジネスホテルを予約した。素泊まりで3800円。後でホテル代も出ると聞き(もっと高級なホテルにしときゃよかった)と悔やんだが、回りにはコンビニや牛丼屋もあるし僕には天国のようなとこや。しばし田舎の静寂を離れ、都会の喧騒も味わえるし。

18(火) 「卒業生最後の礼拝ですので元気が出る説教を」なんて注文されりゃ、まるで女学院6年間の締めくくりが僕次第のように思えてくるがな。だったら僕を呼んだのは人選ミスですよ。みんな元気で卒業しろよ!未来は自分で切り開け!あばよ!と逃げるように家路についた。あーっ!宿泊代もらうの忘れた!

19(水) 映画に行く。どうしても観たい作品ではなかったが前売り券の使用期限が今月一杯までなので慌てて行った。そして帰りに次の新しい前売りを買っておく。これも生活の知恵ってやつよ。が…後で気付いたら買った前売りの期限も今月一杯までや!単に販売期間限定の前売り券やったのか!誰か千円で買うて!

20(木) 宿泊代はもらいそこねるわ、無駄な前売り券は買うわ、今週の僕の人生も波乱万丈に満ちとる。こうして毎週ハプニングが続くから牧師は辞められん。人生は±0がええ。そして+と-との差が大きく振れれば振れるほどジェットコースターのように面白いんやろうけど…どっちかと言えば地味な振れ方やなあ。

21(金) 昨日マッサージ機が届いた。年収ウン百万以上あるような牧師からなら喜んでいただくが、吹けば飛ぶような小さな教会の牧師からもらった。わざわざ買ったものではないというが結構な品物や。これで高級ギターが届いたら僕は回心してもいい(何教や?)。年収ウン百万以上の牧師さんなら叶えてくれるかも。

22(土) うどんを食べに丸亀製麺に行く。新発売の釜揚げうどん+釜玉うどんのセットを注文したつもりが、セットではなくそれぞれ単品で出てきたぞ。え?セットの場合は最初に「マル得」って言わにゃいけんの?マル得を言わんかったからマル損になったわけ?今日もまた地味な人生の振れ方をしてしまったわい。


1月9―15日

2011年01月16日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo ♪愚痴も涙もこぼさずに貧乏おはこと笑ってた♪  ♪さげた手鍋のその中にゃ明日の飯さえ無かったなァお前♪苦労を重ねた夫婦の物語を歌った村田英雄の『夫婦春秋』。カラオケでも時々歌う好きな歌。僕も確かに女房にゃ苦労はかけているけど…いくらなんでもそこまで貧乏させとらんやろ。靴下くらい新しいのを買えよ!いつものシマムラで。

1/9(日) うちの青年の成人祝いパーティーを開いたのは夜中の11時過ぎのこと。まあこれも成人らしくてええかもしれん。近年の成人式は毎年どこかで逮捕者が出るくらいに荒れている。でもそんな式のニュースを見ながらなぜか心で「やれやれ~ぃ!」などと応援している自分がいる。僕も還暦を迎えたら暴れよかなあ。

10(月) 娘らが映画を観ている間、久しぶりにゲーセンでUFOキャッチャーをした。500円使って景品が一つ。僕も腕が落ちたものよ。ところで僕と同じ年頃の連中がゲームに夢中になっている姿って…なんか惨めっぽいなあ。ちゅうことは僕も同じように見えるってことか?いいや僕は別や。まだ若者に見えるはずや。

11(火) そういえば最近のプリクラは驚くほど進化していて「これ誰?」っていうくらいキレイに撮ってくれる。先日、娘と目をキレイに強調してくれるプリクラというのを撮ったんやが、どうもおかしい。よく見りゃ目ではなくマユが異様に濃い。娘が言うにゃ目があまりにも細すぎてマユに反応したのだという。さっきの進化は却下。

12(水) 日曜から礼拝堂に犬のドリームがいる。熊本の金牧師が出張に行っている間、預かっているんやが、もうひとつ預かっているものがある。それは彼の愛用のテイラーのギター。弾いてみて驚いた。「唄をわすれたカナリヤは象牙の舟に銀の櫂、月夜の海に浮かべれば忘れた唄を思い出す…」西條八十の詩

13(木) にあるごとく、昔弾けたけれど忘れて思い出せなかった指使いをテーラーが次々と引き出してくれる。悔しいけれどええギターって違うなあ。金牧師が戻ってくるまで毎晩つま弾いた。そうや!ええこと思いついたぞ。僕のギターをさりげなく彼のギターケースにいれて交換しといてやろう。もしかしてバレるかなあ?

14(金) ギターと言えば中学生の頃、小遣いやお年玉を溜めて通販のギターを買おうとした時「敏君、現金書留持って郵便局に行ったで」との近所のおばはんの通報で母親に知られ、あえなく夢は散らされてしまった。悔しくて仕方がなかったけれど、隣近所のおばはん監視網の恐ろしさを初めて知ったのもこの時やった。

15(土) 外に置いてあるダンボールからミカンを取り出そうとしたら、バサバサバサ!っとヒヨドリが二羽飛び出して驚いた。ミカンが食われて穴が開いている。ちくしょうと思ったが、この極寒の季節、鳥とて生きるに必死なんや。食えばいいさと箱の中をのぞくと他のミカンは糞だらけ。おのれクソヒヨめ!ぶち殺してくれるわ!


1月2―8日

2011年01月09日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo たとえば牧師がスナックに行こうが、パチンコ屋に行こうが、キャバクラに行こうが、ストリップ小屋に行こうが、そんなことでつまづいてはいけない。むしろ聖餐の違いなどで一方的に裁くような連中につまづけ!ところでこの写メは去年の暮れに激写された某牧師。これも間接的な神頼みや。僕がもらった年末ジャンボは神に見離されたけど。

1/2(日) 義妹が買っていた東京からの往復切符の期限が明日で切れてしまうので新岩国駅で誰かに売ることにした。「兄さん。ええ切符ありまっせ」とは言わなかったが、学生風の兄ちゃんに5000円で売った。義妹からしてみれば信じられない行為らしいが、売らずに諦めることの方が僕には信じられない行為や。

3(月) 先週のある氷点下の朝、外の椅子の下で小さく張っていた氷は、前の晩、僕と二人して泣いた時の義弟の涙。元旦は義母と一緒に迎えられると思ってたのに。まだまだ癒えない悲しみを抱きながら僕たちは年を越した。それに比べ、やはり先週庭の片隅で凍っとったのは、久しぶりに顔を出した保男の立ち小便。

4(火) 一緒に居られるのも今日が最後なので弟夫婦を観光地に案内する。まずは巨大水車のデカマル君。水車で挽いた蕎麦で昼食を取った後、宮島へ。ここではホカホカの焼きたてもみじ饅頭を味わってもらう。それはそうと年末年始だけ駐車代を値上げするなんて!神の島のバチが当たらんよう気ぃつけることやな。

5(水) 小さな箱に入ってしまった母と共に弟夫婦が帰京。なんでこんなことになってしまったのかを考えるのをきっと母は望まない。いい家族を残してくれたことに感謝の思いで涙で見送った新幹線。人々の思いを乗せた満員の帰省列車がホームを離れて行く。ところで…あの切符…もっと少し高く売っときゃよかったな。

6(木) 徳山のダイソーでファイルカバーを買い、別売のファイル袋を探したが見つからん。そこで店員に聞くと「そこに無ければ無いです」とのぶっきらぼうな言い方にカチンときて、「外側を売って中味が無いってこと?」と問うたら「今は無いんです」などとぬかす。このくそババア~!と思ったが、さっきカゴにいれたある品物を

7(金) 思い出した。それは礼拝堂に飾って、うちの連中にぜひ読ませにゃいけんと買った教訓詞が書かれた立て板。おかげで僕の怒りは治まった。『素直な心でハイと云い、すみませんと反省し、私がと奉仕の心で。おかげさまと謙虚を忘れず、いつも感謝でありがとう』。やっぱ牧師室に飾るのが一番ええみたいやな。

8(土) 真夜中か早朝に牧師に電話をするとその性格がわかる。こんな時間に誰や?という感じで面倒臭そうに出る奴は失格。僕の場合「もしかして起きてたんですか?」と言われるほどハッキリ応対する。ただ難点があり、新年早々それが出た。応答しながら内容を覚えてない。頼むで!皆の方が気ぃつけてくれにゃあ。


12月26日―1月1日

2011年01月02日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo ご存知な方は少ないかもしれないが、上の写真は山口県の角島を舞台にした映画『四日間の奇蹟』(佐々部清監督)のワンシーン。

下の写真は…。まあ、とにかく母の死で落ち込んでいるであろう妻の雅子に「少しでも笑ってもらえれば…」と送ってきた角島の駐在さん夫婦からの写メ。おかげで喪中にもかかわらず、ありえないほどの大笑いをした妻の姿を見て、僕はただただドン引きするしかなかったのでした。

12/26(日) 一見いつもと変わらぬ礼拝風景やが一つだけ違っているのは長椅子の横に母の棺が並べられていること。妻の出産のたびに母は東京から手伝いに来て下さり、信者ではなかったが礼拝を楽しみにしていて聖餐も受けた。この教会の大切な仲間だった母の名前は当然今日の出席者名簿に記されている。

27(月) 家族親戚それぞれが心の中に琴線を抱えたまま、広島に焼きガキを食べに行った。弾けて飛び散るカキにみんなで笑い合える時間が嬉しい。しかし笑える程度ならええが今回のカキは弾けるというよりも時おり危険なまでに爆発する。カキに当たったという人はおるが、ここのカキは飛び散る殻が人に当たる。

28(火) 仕事で祖母とのお別れに来れなかった走野からのメールを日曜の葬儀の時に披露した。「老眼で読めん」と帆波に任せたのは最後まで読める自信がなかったから。走野が泣きながら打ったに違いない言葉を帆波が泣きながら代読していた。でも一部漢字が読めんかったのは…帆波よ。学校に通ってないからや!

29(水) このジャーナルで母の悲報を知ったと色んな方からお悔やみメールや心配の電話をいただいた。ありがたいことや。そう言えばジャーナルが中断した時や少しでも遅れた時にも心配して連絡をくださる方もいた。本当にありがたいことや。でもな…。書く中身の心配をしてくださる方が一人もおらんのが恐い。

30(木) 『トイレの神様』というのは感動的な歌らしい。10分近いその歌が今夜ノーカットで放映されるという。僕はまだ全部通して聴いたことがないので牧師室でゆっくりと聴くことにした。歌が終わって皆のいる部屋に行くと、「一人で泣いとったんやろ?」と娘たち。父親の行動を読むとはな…。免許皆伝じゃ。

31(金) 午後7時。スーパーに居たところ突然目の前で「ただ今より最後のご奉仕」と一匹177円の大エビを57円で販売し始めた。放送と同時に笑顔&必死の形相のおばはんの群れがドドドドっとこちら目がけて駆け寄って来る。軽い恐怖の内に僕はたちまち群れに囲まれ、少しだけヨン様の気持ちを味わったのだった。

1/1(土) 昨夜から遊びに来ていた角田牧師一家らと、車で20分ほどの八代まで鶴の見物に行った。僕が山口に来た30年ほど前は60羽前後(主にナベヅル)飛来していたが、急速にその数を減らし今年の飛来数は8羽。寒くて顔が痛くなるような鶴の里をあとにして亀の里に戻るお目出度い一行。今年もどうぞよろしく。