周防教会・牧会ジャーナル

教会週報の裏面の記事を掲載しています。

1月19―25日

2014年01月26日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo「こんな記事が載ってました」と信徒からいただいた。「こ、これは!」。花粉症歴37年の僕に今度こそ本当の朗報か!?もしこの朗報が本当なら、僕の夢『晩年は山奥で一人暮らしする』がグーンと近づいてくる。なぜ一人なのか?言うまでもなく家族は全員嫌がるからです。しかし家族の方が「その夢が叶いますように」と願ってる。

1/19(日) 今日は分区交換講壇日。僕の担当は岩国東教会。礼拝後、有志に誘われて中華料理店へ昼食に行く。たしか僕の分はいらないはずだったよね・・・と、支払わずに店の外に出たら「ちょっと!そのお客さん!」と店員にとがめられた。教会の方がちゃんと支払って下さったが、生まれて初めて食い逃げと間違われた。

20(月) 明日の用事に備えて広島のホテルに泊まる。外泊するとなぜか興奮して眠れないので、昨夜はあえて3時間しか睡眠をとらなかった。ゆっくりと風呂にも入った。もちろん読書用の本も持ってきた。そして、思いっきり睡魔が襲ってくるまで我慢して起きていて、これ以上あかんという段になってからベッドへ。完璧やな。

21(火) 気がつくとカーテンの向こうが明るい。『牙王物語』のクライマックスを夢中になって読んだ結果、見事に徹夜。頭がボ~ッの状態を通り越しとる。ふらふらと女学院へ向かう。礼拝の出番まで校長先生と話をしている時も頭クラクラ。完全に本の選択をミスってしまった。狼さんではなく聖書を持って来るべきやった。

22(水) 保育園礼拝に行く前、下松愛隣教会に寄ってみた。今はもう無い。建物も撤去されて更地になっている。空しさと悔しさが沸き起こる。全国的にも小さな教会が閉鎖されている。建物はあっても牧師がいない教会は数多い。繰り返すが、都会に犇めいている教会を一件でも売って地方を助けようという僕の考えは無謀か?

23(木) 今年は平均して暖かいが、今朝は氷点下4.3℃。八甲田山で冬山行軍演習をしていた旧日本軍210名中205名が死亡したのが1902年の今日。同年1/25に旭川で日本史上最低の氷点下41℃も記録している。死ぬまでに一度、ダイヤモンドダストというのを見てみたい。単なるダストなら牧師室に山ほどあるけど。

24(金) 下松のサービスエリアで夕食を食べ過ぎて苦しんでいると、福ちゃんが「これ飲みますか?」と太田胃散をくれた。なんて気がきく副牧師や。ありがたく頂戴して飲んだらすぐに効いて楽になった。そこで安心して再び団子やら握り飯やらを食ってしまった。僕に余計なカロリーを摂取させるとは!なんてひどい副牧師や。

25(土) 福ちゃんが千代丸と千代鳳兄弟の取り組み時は、正座して観戦すると勝つのだと言う。相撲取りは験を担ぐが、彼まで同じように験を担ぐのか。牧師としてもこれは由々しき問題やぞ。役員会で問題にすべきやな。今日、福ちゃんが留守やったので僕が代わりに正座して応援したら二人とも勝った。ほんまやな福ちゃん。


1月12―18日

2014年01月19日 | 日記・エッセイ・コラム

2014こら、浜のタカラ!パクチーの壮絶なる物語を知らずに迂闊なことをぬかすと蹴飛ばすぞ。真実を教えてやるから訪ねて来い!さて写真は改造後の牧師室。椅子に掛けてあるのは東京の深大寺で買った鬼太郎のチャンチャンコ。これを着ると力が湧くが子供らは決して外に出るなという。改造したのは椅子の真後ろ辺り。誰にもわかるまい。

1/12(日) 説教で福ちゃんが「これも愛、あれも愛、たぶん愛・・・」とまで言ったあと、少し間を置いた。僕に「きっと愛~」と言ってくれよとばかりの間やったが期待に応えられず黙ってしまった。担任と主任の阿吽の呼吸の乱れやろな。急な振りに反応できなかったことは僕としても悔しい。♪わたしは~愛の~水中花~♪

13(月) 彩七の結婚式をめぐる騒動は、いよいよ僕が頑固オヤジとしての当選を確実にすることによって決着をみた。なんてカッコ悪いんや。思い出すだけで落ち込んでしまう。こんな時はネバーエンディングストーリーや。現実逃避して本の中に逃げるに限る。今読んでいるのは『銀狼王』狼さんの物語。遠吠えしたい気分。

14(火) 思わず「おお!」っと声に出るほどの強烈なインパクト。80年代に放映された『裸の大将』が再放送中。これは見逃すわけにいかん。ドラマの初めに「当時のままの表現をそのまま用いている・・・」たら何たらとか、苦しい言い訳のテロップが出とるが、なるほどこんな内容のドラマやったんか。おにぎりが食いたくなるぞ。

15(水) 大島の役員会に行く途中、食堂で「なんか悩んでます?」と福ちゃんが聞いてきた。確かに最近、空の輝きが胸にしみて、誰にも告げられないやるせないモヤモヤがかかっている。しかしいつもボ~ッとしているように見える福ちゃんに見破られるとはなあ。僕も焼きが回ったのか。福ちゃんって結構侮れん奴やな。

16(木) 物があふれている牧師室でまだ使える空間を見つけてプチ改造をすることにした。狭いし、間取りは台形やし、実に使い勝手の難しい部屋やが、思ったより理想に近い改造ができたので満足している。という訳で、やるせないモヤモヤはどこへやら。ささいなキッカケでも復活するプラナリアのような性格でよかった。

17(金)「今、震災と言うたら東北や。ここはもう忘れられてますわ」と、TVで神戸の爺ちゃんが語っていた。あの日から19年経つ。忘れるとか忘れないとかはそれぞれで全く理解が違うけれど、「震災五日後でも礼拝を守りましたよ」と自負していた牧師と、人の不幸を狙って布教活動していたカルト団体のことはよ~く覚えている。

18(土) 初場所が始まり、福ちゃんはひいきの千代丸と千代鳳兄弟の取り組みで毎日気が気でない。ところで行司や審判は微妙な勝敗をよく見ているなあ。相撲に限らず剣道とか空手とかも同じ。僕なんかスローで見ても分からん。ただ今日、大相撲でアナウンサーが力士をアスリートと言ったが、それはちょっと物言いやで。


1月5―11日

2014年01月12日 | 日記・エッセイ・コラム

Photo植木鉢に分けしたパクチーのパクちゃん。本当は間引きをして元気なパクちゃん一つだけに絞り込む予定が、元気がないパクちゃんを捨てきれず、鉢が7つ、プランター1つ、段ボール花壇1つに増殖して狭い牧師室を占領している。ところで「僕が死んだら焼いた灰を鉢に入れてプチトマトを栽培して食ってくれ」と言ったら全員に却下された。

1/5(日) 礼拝後みんなで雑煮を食べた。正月は特別な日なのに、なんで『雑』な『煮物』という漢字の雑煮か?時代は江戸。当時の庶民には御節料理など無かったので色んな具をいれた汁が正月のご馳走だった。何を入れてもよいのが雑煮。餅もその一つ。入れない僕が変わり者ではない。以上、雑煮に餅を入れない弁明。

6(月) 年の瀬の小雨降る夜中。彩七の車のタイヤを冬用に交換しようとジャッキアップをした時、ジャッキのクッションゴムが滑って外れ、ラジエターの管が破損し液が漏れ出てしまった。その瞬間、学生時代にガソリンスタンドで4年間たくさんの車をジャッキアップしてきた経験とプライドまでが破損した。車は今も入院中。

7(火) アジアを代表する香草のパクチー(コリアンダーとも言う)を牧師室で栽培している。植え時は春と秋やが、どちらもタイミングを逸してしまい禁断の冬栽培を試みている。こいつを何とか育てないと、学生時代に神学校の農場で作物を育てていたプライドが・・・。しかし実際は、車も農業もプライドだけが育ったみたいや。

8(水) ヘモグロビンA1cの数値があと0.1で正常値に届くところまで頑張ったのは去年の末のこと。だがその後に迎えたクリスマスや正月で食生活が崩壊。今は怖くて診察に行けません。病気ではなく、健康になって胸張って診察に行きたい病人もいることを理解してくれますかドクター?もうちょっと良くなってから行きます。

9(木) 新しい(実は中古やけど)スタッドレスタイヤの性能を試したいが、この周辺では降雪がない。もはやあそこに行くしかないな。面倒くさいが大事な教会員の送迎のためにも性能を試さねばいけないしなあ。帆波も「学校サボって行く」とまで言っておるしなあ。福ちゃんは行きたくなくても職務命令やしなあ。白銀は招くよ。

10(金) 新年会の会場にて。バイキング料理を選んでいた光教会の娘に「これも食え」と辛子を突き出してやったら顔をこわばらせている。よく見ると知らんガキやった。人違いとはいえ、もしかしたらあの子は家族に「変な人がいた」と告げるかもしれん。多くの変質者や不審者はこういう誤解から生まれてくるのやと僕は思う。

11(土) 彩七が挙式を周防でするか、専門式場でするか迷っている。周防なら皆を呼べるが・・どこでもええぞ。生まれた頃からお前を可愛がり、世話してくれた人達のことなんて考えんでもええぞ。たとえ父さんが恨まれても「冥途の土産に彩七ちゃんの花嫁姿を見て成仏したい」なんて声など無視してええぞ。さあどっちにする?


12月29日―1月4日

2014年01月05日 | 日記・エッセイ・コラム

20131126113120_2目玉おやじ饅頭を使ったお遊びで、娘の写真だけを載せるのはフェアじゃないゆえ、今回はわたくし自ら出演させていただきました。新年にふさわしいように吹き出しも入れさせていただきました。実にアンティークな洒落の文言に時代感が出ていると思いませんか?何度も言いますが、この饅頭は高いだけあってなかなか美味しかったです。

12/29(日) 礼拝後、三時過ぎに大阪へ出発。途中事故渋滞を避けるために一般道に降りたりしたので時間はかかったが、運転のほとんどは友佳が担当して、夜十一時前に岸和田の実家に到着。しかし一昨日免許を取ったばかりのピヨピヨが乱暴運転の悪名高い『和泉ナンバー』の巣窟に乗り込むなんざ大した度胸やで。

30(月) 僕らの帰省を待ってましたとばかり母のしゃべくりが始まった。歳ごとによくしゃべるようになっている。特に最近は一言多い。僕は慣れているが他の家族はほとんど免疫が無いので、まともに食らってしまう。「よっぽど黙っとこかと思たんやけどな」に続く母の言葉はたいてい、よっぽど黙っていた方がええような内容。

31(火) 一年ぶりに車にワックスをかけた。新しいスリ傷やへこみは全て天語の作品。そして近いうちにここに友佳の作品も加えられることやろ。その夜、百八の煩悩を祓うという除夜の鐘に聞き入っていた。ん?おかしいぞ。途中から数えても確かに百八回を超えとる。豊作みかん同様、2013年は煩悩の当たり年やったんか?

1(水) 今年も家族全員集まることはできなかったが賑やかな新年を迎えることができた。彩七は婚約者の家族と初詣。天語は彼女と初詣。帆波は友達と初詣。牧師の子がこんなことでええのか!ところで今年は水間観音か、鳳大社か、久しぶりに清荒神に行こかいな。石切さんも捨てがたいな。牧師がそんなことでええのか!

2(木) 僕の指定席の座布団に座ったら濡れていて下着まで浸みてしまった。誰やここを濡らしたのは?ん?なんか臭いぞ・・・こ、これは猫の小便や!そういえば昨夜実家の飼い猫がお膳の肉を盗ろうとしたのでスリッパで叩いてやったが、母はその仕返しやという。もし本当に仕返しならば、猫の生態常識を塗り替える大事件や。

3(金) 昨夜、水間観音へ。賑やかな境内を期待していたが、開いていたのは鯛焼き露店だけ。「おっちゃん頑張ってるなあ」「へえおかげさんで」「気に入ったから来年も来るわ」。ところで寺の本殿は電気も消えて真っ暗。賽銭の投げ入れ口だけがちょこっと開いてる始末。やい観音!参拝者なめとんのか!鯛焼き屋を見習え!

4(土)「またさびしなるわ」という母を残して昼過ぎ帰路につく。新免の友佳が第1ドライバー。近畿自動車道大渋滞という標示を見て、急きょ変えたコースはベテランでも緊張する阪神高速1号環状線。いきなり手に汗握るドライブに突入。友佳に免許取得を決断させたカトゥーンの音楽をバックに死出の旅。血圧急上昇や。