周防教会・牧会ジャーナル

教会週報の裏面の記事を掲載しています。

1月21―27日

2018年01月28日 | 日記・エッセイ・コラム

『イワシの頭も信心から』という言葉があるが、これはイワシ(メザシやけど)をヒイラギ(サカキみたいやけど)の葉でくるみ、とげのある木(タラノキかな?)に結んだ節分の魔(鬼)除け。160円で魔除けが出来るならば安いもんやと、買って教会の玄関に吊るした。これで安心。でもこんなもんを吊るすと、うちの信徒は誰も教会に入れんようになるぞ。

 

1/21(日) 福ちゃんが来ると聞いていたので、夜遊びに備えて仮眠をし、お菓子をたくさん買い込んで待っていた。・・・のに来んかった。仮眠したおかげで心身ともに満充電。目が爛々になってしまった僕は、真夜中にポリポリもぐもぐ菓子を食いながらネット映画を観て過ごす。最近血糖値を測ってないけれど、もし数値が上がっていれば全て福ちゃんのせいや。

 

22(月) 先週今週と寒波が南下し停滞している。全国的な寒波やが、この町は日中もほぼ氷点下。雪こそ降らんが、山間部のただならぬ積雪情報を耳にすると、やっぱり気になるのはゲレンデのこと。天語と彼女(彼の女という表現を嫌って「かのじょ」と書く人もいるが)を連れて行ったスキーが4年前。それが最後。最後と言えば、ほどなく天語はフラれちまった。

 

23(火) 店で料理を出された時「~になります」と聞かれ「いつ?」と聞き返したことや、「よろしかったですか?」と聞かれて「最初からよろしいです」と返答をしたことはある。今日おつりを渡される時「一旦五千円お返しいたします」と言われた。予想外の言葉にうろたえてしまい「また取り返すんか~い!」と言うべき返し技がとっさに出んかったのは僕の負けや。

 

24(水) 中島モータースの親父さんから電話。「中古のスタッドレスタイヤが出たんじゃが、いらんかね?」と。車を買いかえるのが精一杯だったので冬用タイヤはあきらめていただけにとてもありがたい。さっそく店へ。ええ!この春で閉店するの!玖珂に来て36年、車の主治医やったのに。こんなことならば、もっと車をぶつけたり、壊したりしておけばよかった。

 

25(木) すっかり体が慣れてしまったようで、氷点下にならないとエアコンやストーブを点けないことが多い。その代わり牧師室に居る時は着込んだ上に耳あてをして過ごしている。足の先が冷える時は靴下用カイロを張り付けてしのいでいる。その理由は単に節約だけではない。いつか雪山でビバークした時のための訓練と、日頃の自分の行ないへの罰かな。

 

26(金) 教団年鑑の『教師名簿』には現役牧師は全員、さらに隠退した者の名前も死ぬまで記載され続ける。一方で『信徒のまま教師に準ずる働きをしている者の名簿』という欄があるが、こちらは隠退すると同時に、そそくさと欄から抹消される。まるで邪魔者扱いや。でも『準ずる人』の中に「ホンマモンの牧師」がたくさん存在する。そうか、だから直ちに抹消か。

 

27(土) 天神祭りの寄り合い。プチ教区総会くらい色んな意見が出る。突き上げる意見も出る。実行委員長の僕に課せられた任務。①9つの個別担当委員会の増員確保。②祭りをアピールする回覧板の工夫。③神輿を格納できる倉庫探し。④踊りの法被の手配。⑤神官が乗る馬の手配・・・等々。こんな時には魔法の言葉。ホニャラカ、ピヨピヨ、プ~プ~プ~。


1月14―20日

2018年01月21日 | 日記・エッセイ・コラム

一回300円のガチャでゲットした。一番欲しかった九尾の赤狐が二回目で出てきた時は思わずガッツポーズしたほど嬉しかった。ただこのガチャをする時には緊張した。老眼のためにお金を入れる場所が見えず、手探りしながら入れたので手間取ってしまいあせった。というのも、孫がすぐそばに居て、その目を盗みながらのガチャやったんでね。

 

1/14(日) 役員会が終わってのんびりビデオでも観ようかと思っていたところにツネさんが現れた。この人のファッションはいつも奇抜なので楽しみにしている。今日の出で立ちは、上着の下にTシャツにショートマフラー。素人目に見ても流行とはほど遠い着こなしぶりに、いつもながら勇気を与えられる。だから僕も堂々とマタギ衣装(甚平)を着て外出するぞ。

 

15(月) 大島教会のセトが学校帰りにビッグへ寄ったら、水のペットボトルが「お一人様2ケースまで」と限定されていて、それを見た途端、「村田牧師のせいや」と直感したとか。言い訳するようやけど、大量の水を大島に運びながら「買い占めてすみません」的な感情がひっきりなしに僕の心をキュッとさせたことを付け加えておきます。やっぱ言い訳に過ぎんな。

 

16(火) 大島教会へ。いつものように海辺で弁当を食べていると楽しそうなカップルが目についた。砂浜での追いかけっこ、近づいては離れ、離れては近づき、その姿はまるでドラマや映画のシーンそのものや。僕にもあんな時代があったかなあ~。覚えがないなあ~。微笑みながらついつい見入ってしまい、またしても危うく役員会に遅刻してしまうところやった。

 

17(水) 阪神大震災から今日で23年。今でもPTSDに苦しんでいる人たちのニュースを目にして胸が痛くなってしまう。うちの教会にも震災体験者が居て、彼女もこの時期が近づくと体調に異変を来すという。一方、沖縄では70年以上経った今でもたくさんの戦争PTSD患者がいる。後者は避けることもできたのに、懲りないこの国は再びそっちに向かっている。

 

18(木) 今でも農伝に村田伝説というものが残っているらしい。最近耳にしたのは、ある教師が「人は裸で神の前に出るべき」とかなんとか、まあそんなようなことを語った時、すぐさま真っ裸になったのが村田だ!という新伝説。もちろん僕ではないが、ほんまにそんな奴おったんかいな?でも「村田ならやりかねんぞ」と想像されてしまうことに関しては否定はしない。

 

19(金) ね!ね!あんたもやっぱりそう思うでしょ?世間にゃきっとそう思う人がもっといるに違いない。稀勢の里の休場について、僕の嫌いなワイドショーでクソ議論が交わされる中、あるコメンテーターが「土俵の高さがケガの原因では?」と語っていた。番組ではスルーされていたが、僕も前からそれを訴えて(どこにや?)いる。土俵をフラットにし、力士を救え!

 

20(土) 教会で天神祭りの代表者会議が行われた。昨年末に地区のアンケート調査を実施したが、期待通りの回答は集まらんかった。牧師がやる気満々やというのに。だらしないぞ!今こそ立ち上がるんだ、天神の氏子たちよ!なになに?祭りの寄附金集めは実行委員長の仕事?ちゅうことは僕の役目やがな。ついでに亀の里募金も集めたろ。あかんか?


1月7―13日

2018年01月14日 | 日記・エッセイ・コラム

初日の出。その昔、東京ディズニーランドで乗ったジャングルクルーズで船長が「皆さんに世にも珍しい光景をお見せしましょう」と言って滝の裏側を船で通過し、また言った「表側とほとんど変わりませんねえ」。こいつは一本取られちまった。そこで僕も一本取りたくなった。実はこの写真は沈む夕日。日の出とほとんど変わらんでしょ。え?タチが悪い?

 

1/7(日) 明け方まで仕事をしていて、やっと眠りについた矢先、けたたましいサイレン。火事や!かなり近いぞ!あわてて外に飛び出たがサイレンはすぐに鳴り止み、火の手も見えず静寂が漂う。おかしいなあ?もう鎮火したの?首をひねりながら寝なおす。後で気付いた。ちくしょう!今年も騙された。教会の隣が消防団の車庫。あれは消防出初式の出陣サイレン。

 

8(月) 広島の世羅の梨園農家のNさん夫妻が洋梨と新米を持って訪ねて来られた。そして「梨は私らが帰ったら、ただちに食べてください」と言い残し、足早に帰って行かれた。あわただしいなあ。置いてかれた梨はかなり熟しているが「ただちに」が気になる。爆発でもするんやろか?言われた通りただちに剥き始めたら爆発はせんかったが包丁でただちに指切った。

 

9(火) いつもの散髪屋へ。僕の方が早く着いたのに入口に近い狭い場所へ強引に車を停めた奴が先に店に入った。ちくしょう!後から入るとその客は女性店員が担当。僕の担当は無愛想なおっさん。ちくしょう!その客は女性店員と楽しそうに話している。こちらは無言でチョキチョキ。ちくしょう!帰りがけその客を見たら、うちの信徒のTさんや。もっとちくしょお!

 

10(水) いつものたこ焼き屋へ。店員が僕の顔を見るなり「村田さん。新年おめでとうございます」と挨拶してきた。名前を覚えられるなんて気分がええなあ。僕も大物になったもんや。悦に入っていたその矢先、大島教会から電話。「今どの辺ですか?」。え?あ?ああ~!役員会を忘れてた!平謝りで日程変更して頂く。名前を覚えられるより予定を覚えておかんとな。

 

11(木) 母が父の形見の甚平を送ってくれた。「そのまま送ろと思たけど、あった方が便利やろ」と手縫いのポケットが付けられていた。試着した僕を見た娘たちが大笑いして言う「マタギみたい」。ぬかしやがったな!確かに全体的に毛皮めいているけど。よし、これからお前らと出かける時にゃこの甚平を着てやる!でもマタギってテキヤに次ぐ僕の憧れの職業や。

 

12(金) 夕方のニュースを見て驚いた。島と本土をつなぐ送水管が破裂して、正午から大島全島が断水状態になっているという。復旧の目途も立っていないらしい。近隣のスーパーを駆け回り、2ℓ×6本入りの水30ケースほど買って大島教会へ。それでも普段通りに使えばせいぜい一日分。パイプ一本でつながる平穏。つながっている尊さは切れた時に分かる。

 

13(土) 水と言えば、昨日も今日も礼拝堂は天然の冷蔵庫。水道管も午前中いっぱい凍結した。特に昨日の玖珂の気温は県内でも最低の-6.6℃。でもそのおかげで生ものは冷蔵庫に入れる必要がない。そう言や、別な意味で冷蔵庫みたいに冷たい教会もあるとか。その点うちは牧師の言動に時たま凍りつくこともあるが皆ポカポカ。これも能天気が成せる業か。


12月31日―1月6日

2018年01月07日 | 日記・エッセイ・コラム

Dr.Kちゃんが大阪土産を持って帰省した。この言葉がもう饅頭になっているとは。その昔、亀の里アパートがプチ公認した「基督饅頭」という菓子を売ったなあ。「基督」と焼印をしただけの単なる饅頭やが、一時は「教団常議員会に出すので」と注文を受けたこともある。残念ながらその饅頭は今はもう無い。次は「伝道」と焼印すりゃバカ売れするかもな。

 

12/31(日) 大晦日が日曜日というのは2006年以来11年ぶりのこと。年末最後の礼拝はいつも出席者が少ないんやが、大晦日ゆえに帰省者も居て今日は周防教会としては満員御礼の20名。旬が中津川名物「すや」の栗きんとんを土産に持って帰ってくれたのはええが、なにしろ数に限りがあり、礼拝堂ではこれを奪い合う醜い姿で今年が締めくくられた。

 

1(月) 週報で予告したとおり、昼から牧師御一家の「新年一般参賀」を挙行。一人で元旦を迎える「哀れな人々」を招き入れ、「施し」と銘打ったお節をふるまう(こんな記事をツネさんやK君が読んだら、またのけぞるやろなあ)。ところでや、招いてもいないのに昨夜から帆波の彼氏が来ている。教会やから追い出したりはせんが、絶対に視線を合わせんからな。

 

2(火) 走野一家が大阪から帰省。当初からの予想通り、三歳の芽衣は僕の抱っこを拒み、一歳の奈央は僕の顔を見ただけでギャン泣きをした。ふふん!でも今回はある作戦を用意しているから見ておれよ!それはそうと一般参賀は昨日で終わったのに「また来ちゃいました」と座敷わらしが現れた。まあ、めでたいことやし、これも功徳やと思って施しを与える。

 

3(水) よもやと思ったが「今日も来ちゃいました」と現れた座敷わらし。ここまできたら「わらし」なのか「荒らし」なのか分からんが、追い払うと教会に災いが生じそうなので三度お迎えすることにする。ましてやこのわらし様は岩隈八幡宮の御令嬢ゆえ、丁重におもてなしをすれば幸運が舞い込むかもしれんからな。しまった!年末の宝くじを買っときゃよかった。

 

4(木) これできっと上手く行くはずと確信を持っていた。名付けて『芽衣の前で希与を抱っこして可愛がるとそれを見せつけられた芽衣が嫉妬して僕に抱っこしてもらいたくなる作戦』や。何度か実行してみたが不発のまま走野一家は大阪に帰って行った。想像以上に三歳児の意思は固い。ところで今日はわらし様が現れんなあ。お節が無くなったからやろか?

 

5(金) 分区の牧師家族新年会を『琴岩国』にて開催。店主の琴岩国関は元十両関取で角界入門は30年前(昭和63年だったので『ロクサン会』と名付けられた集まりがあり、そこには貴乃花や曙・魁皇なども名前を連ねている)。琴岩国関は亀の里フェスティバルでも毎年ちゃんこ鍋をふるまって下さる好青年。岩国市麻里布、ちゃんこ料理『琴岩国』をご贔屓に!

 

6(土) この歳になってもなお♪もういくつ寝るとお正月~♪とか♪年の初めのためしとて~♪とか口ずさみながら楽しみにしていた正月がアッと言う間に終わった。寂しくもある反面、やれやれでもあり、ほんに正月とは不思議な時間よ。そして明日からまた十数人ほどの座敷わらしたちが現れる。礼拝堂で、残った数の子を奪い合う醜い姿で新年をスタートさせるか。