墓と言っても“ぺぺ”のではなく
以前から義母から頼まれていた義母家のお墓に
玉砂利を敷き詰めたのです。
ぺぺが生きていたら七夕の昨日で16歳を迎えていたはずで
そんな日だからこそ、お墓の作業をしたくなったのですが
古刹である菩提寺は小さな山の麓にあって、広大な墓地は
その山の巨木を切り開いて作られていますので、かなりの傾斜地です。
安い中国製の一輪車までホームセンターで買い込んで
小袋の砂利や玉砂利を30袋程度、御影石を2枚運び込んで
汗だくになりながら半日がかりで完成しました。
当たり前ですが石って重いですね
この完成後の画像を見て
女房は「亡くなった父も喜んでいるね」と言っていましたが
亡くなった人には喜んで欲しくなく、死に関する祀り事は生きている者の
自己満足でよいと思うのです。
私自身には特に信奉する宗教があるわけでもなく
宗教的な難しい話をするつもりは毛頭ありませんが
もし、死んでからも“喜べる”のであれば、当然“悲しむ”こともあるわけで
いわゆる喜怒哀楽の感情をあの世でも持つのであれば
この世と同じ憎しみや怒り、悲しみや寂しさまでも感じてしまうはずです。
そうしたことからすべて解放された静かな「無の世界」であって欲しいと願うのは
ぺぺが一人で悲しんだり寂しがったりしているとは思いたくないからです。
ぺぺ、“虹の橋”のたもとは本当に、楽しいことばかりですか?