保護猫と暮らす隠居爺の“自然農法”野菜作りとスキーの日記

5~11月は自然農法による自給用野菜作りと冬に備えた体力作り、12~4月はスキーに明け暮れ、保護猫活動は1年中無休です。

死亡届

2012年02月29日 | 葬祭と相続の記録&自らの終活

モニターに表れていた脈拍と呼吸の数がフラットになると
最終的には医師が瞳孔と手首の脈を確認
その後で聴診器を当てて死亡の宣告をすると同時に正式な死亡日時を告げました。

互助会方式のA葬儀会社で通夜から葬儀までを行うことに決めていましたので
遺族は例え夜中であっても、そこに連絡をして遺体を搬出しなければなりません。

病院によっては遺体安置所が設けられている所もあるようですが
ここにそれがあることは聞いていませんでした。

A社には霊安室があり、会場の都合によっては
そちらに一旦安置してくれるようですし、希望があれば自宅への一次帰宅も可能と聞いていましたが
空いていましたので直接、A社の通夜室に連れて行くことにしました。

病院では、医師が死亡を確認するとすぐに
4日も泊り込みで付き添っていたためにすっかり顔馴染みになった看護師さん達が
遺体の殺菌と新しい浴衣での身づくろいと薄化粧をしてくれました。

それに要する時間(私の場合は約1時間)を予め尋ねてから
何時頃に来て欲しい旨を葬儀会社に伝えておくとスムーズに行きます。

この病院では、正面玄関ではなく職員用出入り口に専用の寝台車が横付けになり
担当医師と数人の看護師さんが一礼して見送ってくれました。

家族の一人が「死亡診断書」を持って同乗するように言われますので
医師が署名捺印した「死亡診断書」を受け取ることも忘れないようにします。

A3の右側は市町村役場の戸籍係へ提出する「死亡届」になっていて
病院にこの用紙は準備されているもののようです。

こうして病院で死亡した場合は簡単ですが
“その他”で息を引き取った場合は警察の調査が入り“事件性の有無”を調べられるのですから
家族でありながら不快な思いをする話も数多く聞いています。

もちろん、自宅であってもこれは同じで
風呂場での急死や庭先や畑で倒れていて死亡が確認されたケースなど
かなり詳しくあれこれと尋ねられて(と言うよりも尋問されて)大変なようです。

この死亡届を提出する際、死亡したのが世帯主である場合は
「世帯主の変更届」も同時に提出することになっていますので
後日、ヘンなもめ事にならないように前もって決めておかなければなりません。

これらの書類の提出は葬儀会社が代行してくれますが
これは市町村役場が発行する「火葬許可証」がすぐに必要になるためで
火葬場には必ずこれを持参しなければならず、終わるとお寺さんに渡す「埋葬許可証」になるのです。

この時期、いつ雪になるか分からなく、家が平地から1㌔ほど坂を上がった立地にあり
高齢な義母の知人・友人のことを考慮すると自宅は避けた方が良いと考え
また一方では、特に女性達の物理的な難儀さを回避するため
1泊5万円がかかるとは言え、利用を決めていたA社の通夜室に義母を安置してもらいました。

ホッと一息付けたのは、死亡からまだ2時間ちょっとしか経っていない午後8時頃のことでした。

 

 

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あっと言う間の2週間でした。

2012年02月25日 | 葬祭と相続の記録&自らの終活

「すぐに来れますか?」との電話で病院から呼び出されたのが13日(月)の午前2時
そこは持ちこたえたのですが、朝になって医師から「今日明日には…」と告げられたのです。

1月4日の入院以来、ほとんどがICUでの治療で鎮静された状態でしたが
気管切開を拒否した2月初旬からは一般病棟に移されていました。

最後の望みであるマスクによる酸素吸入と点滴による投薬治療になっていて
これの効果がなければ手の打ちようがないことはすでに聞いていました。

間質性肺炎の進行は結果的に止めることが出来ず、その後、徐々に呼吸が浅くなりながらも
16日(木)の夕方まで頑張った末、なんら苦しむことも痛がることもなく息を引き取ってしまったのです。

結局、義母にしてあげられたことと言えば、ICUへの毎日の面会と
「今日明日」と告げられた以降は義母の意向を曲げてでも
私達夫婦が熟慮した会わせたい方々に連絡して義母にお別れをしていただくこと
そして、最後の瞬間を看取ることだけでした。

なかでも、「惨め姿は見せたくない」と常々言っていた義母の意向を曲げることはずいぶん悩みましたが
医師から「今日明日」と告げられた時点で天寿は全うしたものと判断し
それ以降は生きている者の気持ちを優先したことに後悔はしていません。

多分、義母も分かってくれたと思います。

これらを含めて、葬儀を終わらせるまでの2週間は、今までの人生の中で一番
さまざまな決断を立て続けに迫られた時期だったような気がします。

それも初めて経験することばかりのことに対して…。 

「四十九日」の日程を決めた今、ちょっと腑抜け状態になっていて
こちらに投稿する記事の話題はいくらでもあるにも拘らず
頭の中がグチャグチャでまとまりが付かないため、疎遠になっていることをお詫びいたします。 

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義母が他界しました。

2012年02月21日 | 肺炎の怖さ(義母死去の経緯)

2月16日午後5時28分、急性間質性肺炎により義母は永眠しました。

享年81歳、まだ平均寿命に達しない若さでした。

風邪の発症から50日、肺炎の発症からは
僅か42日間という短い闘病生活の末のことです。 

葬儀もすでに滞りなく済ませることができました。

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改めて「間質性肺炎」を知る

2012年02月11日 | 肺炎の怖さ(義母死去の経緯)

肺の内部の気管支の末端には、肺胞という球状の袋がいくつも付いていますが
呼吸するためにはこの袋が正常に機能しなければいけません。

この肺胞同士を結合させているのが、毛細血管やコラーゲン線維から成る間質です。

間質性肺炎は肺炎の一種ですが
細菌やウィルスを原因とする一般的な肺炎のように肺胞内部に炎症が起きるわけではなく
肺胞壁を構成しているこの間質という部分に炎症が起こり、線維化して硬くなってしまう病気のことです。

その進行は急性で、その原因により塵肺・薬剤性肺炎・過敏性肺炎などがあります。

塵肺は金属や鉱物の粉塵を長期間吸い込んだため、薬剤性肺炎は薬の副作用のため
そして過敏性肺炎はカビに対するアレルギー反応により引き起こされます。

ただし、間質性肺炎の約50%は“原因不明”であって、かつ、これといった治療法もなく
未解明の部分も多いため、国の特定疾患に指定されています。

間質が炎症を起こし、肺が線維化していくメカニズムは次の通りです。

1.間質に炎症が起こると、間質の細胞に傷がつきます。

2.傷を修復するために、コラーゲン線維を生産する線維芽細胞が増殖します。

3.傷が治っても線維芽細胞の増殖は止まらず、どんどんコラーゲン繊維が重なっていき
肺胞壁が厚く硬くなっていきます(これが線維化という状態です)。

4.繊維化が進むと、肺胞腔と毛細血管の距離が遠くなって肺胞が崩れてしまいます。

5.ガス交換が上手くできなくなるため血液中の酸素が不足し呼吸困難になる呼吸不全になります。

間質が一度線維化してしまうと、残念ながら元の状態には戻りませんので
治療は進行させないことを目的として行います。

治療は薬物療法が基本で、炎症を抑えるための「ステロイド薬」や「免疫抑制剤」が用いられますが
いずれも副作用が多く、また、どんな人にも必ず効くとは限らず、治癒率は非常に低いと言われています。

ちなみに、5年後生存率 38%、平均余命1~2ヶ月、回復する場合は自然回復です。

 

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どこまで延命治療をお願いするか

2012年02月09日 | 肺炎の怖さ(義母死去の経緯)

すでに病院には何枚もの「同意書」や「誓約書」を提出していますが
その文面に“延命治療”という文字は見ていないと記憶しています。

代わりに、昨日、始めて“蘇生処置”をどこまで施すかを尋ねられ
口頭での回答の後で1枚の書類に署名をしましたので
これがいわゆる“延命治療の中止”に対しての最終的な同意になるのでしょう。

 

*終末期医療…治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがない状態の終末期に行われる医療の総称で
病気に対する医療や苦痛緩和のための医療、生命の維持のための医療等が含まれます。
具体的には、薬物投与、化学療法、人工透析、人工換気、輸血、酸素吸入、栄養・水分補給など。

*延命治療…回復の見込みのない患者に対する生命維持のために用いられる治療です。
心臓マッサージ、人工呼吸器などの蘇生処置も含まれ
これらが特に高齢者に対して行われる場合、ただ死期を延ばすために行う治療になるようです。
多くは本人の意思ではなく、家族など周りの人間の意志で行われると言われています。

 

義母は今まで、気管挿管はICUで1カ月の間に2度行い、2日前から一般病棟でマスク型になっていますが
ベットで少し身体を動かしただけでも酸素が不足し呼吸困難になってしまう状態です。

3度目の挿管は無理と言われ、気管切開は本人・家族ともに拒否していますので
日数とともに減少させなければならないステロイド剤投与に対して
間質性肺炎が再度、進行する場合には「もう打つ手がない」とM医師からは告げられています。

こうなった場合、高齢者の心臓マッサージについては蘇生の可能性は低く
結果的に苦しみを引き伸ばすだけになることも多いと聞き、これも実施しないように
ただ、モルヒネ投与や点滴を少しずつ減らすなど、苦しさと痛さの緩和処置は
くれぐれもお願いします、と口頭と書面でお答えしてあります。

  

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医師Aのレポート…延命治療について

2012年02月07日 | 肺炎の怖さ(義母死去の経緯)

延命治療ということが話題になる場合、この言葉は「意味のない延命治療」として使われることが多い。

しかし、実際の医療の現場で、ある治療が「大切な救命治療」か「意味のない延命治療」かを判断するのは常に難しい問題である。

例えば、食事を取れなくなった高齢者に栄養を点滴することは必要な救命治療か、意味のない延命治療か? 
さまざまな身体的条件、本人の意思を総合的に判断して決めることになるが、一般的に栄養の補給は必要な救命治療で、意味のない延命治療とは考えられていない。
家族が栄養の補給を拒否する場合はごくごくまれなケースである。

具体的に「延命治療」となりうる治療方法を列挙してみよう。

(呼吸機能)

・気管挿管…救急救命の蘇生処置として気管にチューブを入れる処置。その後、自発呼吸機能が改善されればよいが、そうでないと気管切開型の装着が必要となる。
 
・気管切開…通常は救急的処置で気管内挿管された後、長期に渡って呼吸管理が必要な場合に実施されることが多い。
 
*人工呼吸器は救急救命の強力な手段であって、蘇生手段として装着され、多くの人の命を助けている。
一方で、呼吸機能の回復がなく人工呼吸器が外せない場合は、無駄な延命処置として尊厳死の問題が生じている。

(栄養補給)

・末梢点滴…一時的な脱水、栄養不足には対処出来るが、長期的には十分な栄養は補給できない。何度も点滴していると血管も使えなくなる場合も多い
 
・中心静脈栄養…長期的な栄養補給が可能であるが、深部の太い静脈にカニューレを挿入する必要がある。気胸、動脈穿刺などの事故がおこることもある。数か月で発熱の原因となり、繰り返し穿刺が必要となる。
 
・経鼻胃管…鼻からチューブを胃に挿入して流動食を滴下する。チューブが不快で自己抜去することも多い。
 
・胃瘻(いろう)…皮膚から胃に穴をあけ、栄養を滴下する。内視鏡的手術で造設されるが、手術には合併症や危険も伴う。完成すると管理は容易。数カ月ごとにチューブを交換する。

(心臓機能)

・ペースメーカー…心臓のリズム不整で心不全をおこす場合に植え込まれる。高齢者の場合、心機能の異常を寿命と考えるか、ペースメーカーを用いても治療すべきか迷うことも多い。

(腎機能)

・人工透析…腎機能が低下して、尿毒症や心不全状態で導入される。
 短期間で必要がなくなる場合もあるが、一般には生涯必要となり、毎回、長時間の透析が必要となる。
 精神・身体的負担は大きい。

(その他)

・酸素投与…呼吸、循環機能障害で酸素濃度が低下したとき一般的に行なわれる
・輸血…消化器癌などで貧血が生じた場合など。補給的治療で一時的な対処である
・薬剤投与…強心剤、鎮痛剤、その他いろいろの薬が使用される
・蘇生処置…心マッサージやアンビュウーバッグによる呼吸。救命のための一時的な処置

 

では、何が「意味のない延命治療」か?

どのように考えたらよいのであろうか?…その際の判断項目

1.生存期間…その治療方法を行なった時と行なわなかった時の生存期間の差は?

2.生命の質…その治療法で延命された状態でどのような“生命の質”が保たれるか?
     ①(循環・呼吸機能) 自分で呼吸が出来るか    
     ②(植物的機能) 栄養が与えられれば生きていくことが出来るか 
     ③(動物的機能) 自分で動くことが出来るか  
     ④(思考能力) 自分で考えることが出来るか 
     ⑤(生活の質) 苦痛のない、喜び、楽しみのある生活を過ごせるか 

3.本人の意思…本人はどこまでの治療を望んでいるか?

4.生命の倫理…「命の尊さ」と「人間としての尊厳」の調和

1と2は、その治療法を行なうと「どういう生き方」で「どのくらい生きていけるか」を予測し、その状態が、本人の意思と生命の倫理に合致するかを考えて総合的に判断する。
3は、本人が意思表示できない場合は家族が本人の意思を代弁することになる。
4では、患者、家族と治療する側の考え方が一致するのが望まれる。

具体的例を考えてみよう。
(1)脳梗塞で寝たきり、植物状態で経管栄養で長期に生きている
(2)末期の消化器癌のため食事摂取できないが、中心静脈栄養で生きられる
(3)85歳で認知症が進み、意思疎通も困難。腎不全で人工透析が必要
(4)蘇生処置を受けたが自発呼吸が回復せず、人工呼吸器で生きている
 
私の考えは
(1)と(2)の栄養補給は必要な基本的な治療と考える。
(3)は判断が難しい。少なくとも、単に高齢だからとか、高度の認知症だからという理由で透析は不要な治療という考えには賛成できない。
ただ長時間の透析は束縛・拘束とも考えられ、本人の苦痛はどうか。
また、透析回路を引っ張ったりすれば危険も伴うことになる。
(4)は意味のない延命治療。

 

 

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「気管切開」するか、しないかの選択

2012年02月05日 | 肺炎の怖さ(義母死去の経緯)

義母は“人工呼吸器なし”では、今後生きて行くことはできないようです。

この場合、気管挿管型から気管切開型への変更が必要とも言われています。

延命治療、安楽死や尊厳死などについて急いで学んで
担当医から数日中には問われるであろう家族としての考えを示さなければなりません。

風邪の診断から僅か1カ月、“まさか”が現実になろうとしています。 

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