帰らざる肉体(ユベール・モンティエ著 大久保和郎訳)

2023-08-08 00:00:54 | 市民A
一般に「心理ミステリー」と呼ばれているが、じっくり読むとナチスのユダヤ人虐殺や遺産相続問題とかフランス人の考え方とか、様々な要素が詰まっている。1960年に発刊されている。



主人公のエリザベートは高名な医師の娘で彼女もまた医師だ。そしてユダヤ系。欧州の有名なチェスプレーヤーのスタンと結婚していたが、第二次大戦の末期に捕まってアウシュビッツへ送られた。

生き延びるためにドイツ兵のための慰安所にいる時に、性病にかかり、容姿も変貌してしまうが、運よく戦争が終わってからフランスに戻ることができたが、しばらくは容姿を整えるため静養したり整形したりして、何か月かして夫を探し始める。しかし、夫は妻は殺されたと思い込んでいて、なんとエリザベートの娘(ファビ)と同棲をしているわけだ。日本語でいうと親子丼ということになる。

しかも、夫も娘もエリザベートのことを、妻によく似ている女性として、悪用しようと考え始める。つまりエリザベートの父親は富豪だったが、彼もまたナチスに捕まり、殺されてしまっていて、莫大な遺産が宙に浮いていた。エリザベートが行方不明のままでは娘の相続まで30年かかるということで、てっとり早く、エリザベートに似ている女性を妻の帰還ということにしようという詐欺計画だ。

ということで、エリザベートの本物が、エリザベートの偽物として本物そっくりになるような偽装工作が始まるわけだ。その段取りの中で、エリザベートは自分が捕まったことに関して夫に売られたのではないかとの疑念を持ち始める。

結末は、フランス人が好む「暗い影」を漂わしたまま終わるわけだ。

読んでいて、映画化にピッタリだと思ったのだが、1965年に「死刑台への招待(イギリス映画)」、2014年に「あの日のように抱きしめて(ドイツ映画)」と2回映画化されているが、調べた範囲だが、どちらもストーリーは原作とは大幅に違っている。原作では生々し過ぎることが多いのだろう。


実は、この本は図書館のフリー交換棚で見つけたのだが、相当の年季物だ。昭和38年(1963年)の発刊になっている。古本屋を回った形跡はないので60年前の本を購入した読者の書棚で眠ったままで、おそらくは遺産整理の一環で、末裔の方が持ち込んだのではないだろうか。およそ25歳で購入し85歳で没せられたのかな。読み終わった後に本書を自宅の書棚に入れてしまうと前所有者の運命と同じようになりそうなので、急いで図書館の交換棚に戻すことにする。