酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

沢田研二、75歳の現在地~バースデーライブ&「土を喰らう十二ヵ月」

2023-06-28 23:29:29 | カルチャー
 母や同居していた祖母の影響で歌謡曲が好きだった。1967年2月、タイガースの登場で世界は広がる。グループサウンズを介して洋楽の扉を叩き、ビートルズにも接するようになった。WOWOWで先日放映された沢田研二(ジュリー)の75歳の誕生日に開催された「バースデーライブ」(さいたまスーパーアリーナ)と主演作「土を喰らう十二ヵ月」を併せて見た。

 まずはライブから。ジュリーは虎の着ぐるみ姿で登場し、ステージには岸部一徳(ベース/当時修三)、森本太郞(ギター)、瞳みのる(ドラム)の姿がある。「シーサイド・バウンド」からタイガース時代のヒット曲が演奏され、当時の思い出を語り合うまったりした展開だった。岸部はベーシストとしてレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズが絶賛したほどの実力者で、森本はプロデューサー、作曲家として活動している。セットリストにあった「青い鳥」は森本が作った曲だ。

 存在感が際立っていたのは瞳だ。解散後、慶大に進み、卒業後は慶応義塾高で漢文を教える傍ら、研究者として日中文化交流に貢献する。音楽活動を再開して十数年前、瞳のドラミングは若々しかった。ジュリーは「花の首飾り」を歌う前、「みんなで歌ってください」と会場に声を掛ける。同曲のリードを取った加橋かつみに思いを馳せていたのだろうか、その目が潤んでいるように思えた。

 「時の過ぎゆくままに」などソロ時代のヒット曲のオンパレードで会場は盛り上がり、ジュリーの矜持とプライドを窺わせる曲の数々でショーをいったん閉じる。反核と護憲を訴えた曲は演奏されなかった。南野陽子やいしのようこも加わった「河内音頭」でアンコールは始まり、タイガースの面々も再登場するとローリング・ストーンズの「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」と「サティスファクション」が演奏され、ビートルズの「愛こそすべて」にインスパイアされたタイガース時代の「ラヴ・ラヴ・ラヴ」で締めくくる。活動期間は4年と短かったが、タイガースの初心が窺える構成だった。

 同日にオンエアされた「土を喰らう十二ヵ月」(2022年、中江裕治監督)で、ジュリーはキネ旬、毎日映画コンクールで主演男優賞に輝いた。ジュリーといえば俳優としても煌めいており、映画「太陽を盗んだ男」、ドラマ「悪魔のようなあいつ」に加え、ジュリーと大林宣彦の初心が刻まれたドラマ「恋人よわれに帰れ」も記憶に残っている。

 「土を喰らう十二ヵ月」のベースは水上勉のエッセーだ。ジュリー演じる主人公のツトムは少年時代、口減らしで禅寺に奉公に出され、和尚から精進料理を習う。本作にも道元が著した「典座教訓」が紹介されていた。ツトムは信州の山荘で犬のさんしょと一緒に自給自足生活を送っている。地産地消、ミニマリズム、ダウンシフトが新しい生き方を示すキーワードになっているが、水上は時代を先取りしていたのだろう。

 ジュリーは刺激体として周りを変えてきた。75歳になっても声を振り絞り、ステージを駆け回るが、「土を喰らう十二ヵ月」では自然に溶け込んでいく。折を見て訪ねてくる編集者の真知子(松たか子)との語らいが日常にささやかな味付けを加える。恋人という設定だが父娘といった雰囲気で、両者の関係の微妙な変化が四季の移ろいとともに物語の回転軸だ。

 画面右上に二十四節気が提示され、山里の美しい自然の中、ツトムは農作業に励む。食材選び、調理法から器にまで関わった料理研究家の土井善晴により、本作は深みを増した。トーンが変わったのは、自らの骨壺を作ろうとしてツトムが窯場で倒れたからだ。偶然訪ねてきていた真知子が発見し、緊急搬送された。心筋梗塞で意識を失ったツトムは、死を射程に入れ、孤独を受け入れようとする。13年前に亡くなった妻八重子の遺灰を湖にまいた。

 病院からの帰り道、ツトムは赤い花に気を取られる。<秋分 極楽浄土の岸に到る>のテロップとともに映し出されたのは血の色をした曼珠沙華だった。ツトムは葛藤を抱えていた真知子に「人はしょせん単独旅行者だ」と告げ、少し経って現れた真知子は赤い服を着ている。切なくさりげない別れだった。

 山荘近くで師匠格としてアドバイスする大工役の火野正平に加え、奈良岡朋子、西田尚美、尾美としのり、檀ふみら実力派が顔を揃えていたが、最大の脇役は、いや、主役は山里の自然だった。コロナ禍もあり1年半も撮影に加わったジュリーの現在地を確認出来て幸いだった。

 主題歌「いつか君は」は1996年に発売されたアルバムの収録曲だったが、26年ぶりにリマスターされ昨秋シングルカットされた。

 ♪いつか君は そっとさよなら言うよ いいよ こんなに愛せたから いいよ 祈るのは君のすべて いいよ あとは波音だけ

「土を喰らう十二ヵ月」のために作られたような美しい曲だった。
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