湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

7/20 辻堂駅○○さん、戻る/陸前高田仮設に文庫到着!

2013-07-21 05:55:04 | 地震津波災害ボランティア

2013/07/20 記
--------------

辻堂駅の路上生活者○○さんが駅通路にもどってきた。命に別状がないからよしとするか、○○さんは、身動きできなくなり横たわっていた。

通路には、みどりの風・共産党の運動員が参議院選挙のチラシ配布が行われ、コーンによって○○さんは陸橋側に押しやられていた。痛みをこらえるように横たわっており、経過を聞いた。

熱中症でエレベーター側に寝ていると、暴行を受けた。嘔吐していたら救急車で運び出されていたという。入院はしていないという。話が断片的なのでよくわからない。

右顔面を打っていた。右目がおかしい。以前から白内障があったが、大量の目やにに囲まれて、瞳の残存がわずか、炎症を起こした目は、失明するだろう。感染症。頬骨に広く薄いあざ。右手をかばっていた。あばらが大丈夫かと触ると、びくりと身が動く。ただの打撲であればいいが、あばら骨の骨折やひびをレントゲンで検査してもらったかと問いかけるが、大丈夫だと拒絶されてしまう。

明らかに身体が弱っている。

どうしたものかと、支援者団体に電話をいれるが、施設の人間関係がいやで、辻堂駅に逃げ出した。だから介護のある生活に持ち込むのは難航すると聞いていた。月曜まで様子を見て、途中危なかったら救急車、持てば福祉事務所を仲介することにした。このままでは、最悪、死に至るか、失明するかだ。いずれにせよ、前のようにコンビニをまわって弁当をもらうことは無理だ。だれかがすぐそばのコンビニで弁当とお茶を買って、そばに置いたようだ。食べたくないという。

帰りに近所の生活保護を受けている単身者%%さん、彼は脳溢血で半身麻痺がでている。窓を開けず、入り口扉を自転車をはさんで開けている。ライフラインが水道以外止まっている。真っ暗な部屋の中で寝ている。トイレは自力でだいじょぶという。部屋がくさくなっていないから、話は確かだろう。

私が被災地に連想する単身者極限モデルは、これ。

差別を受けたり、分担がわずらわしくて避難所の時期から半壊の家に、隣人を避けてすんでおり、仮設入居したひとは、引きこもり、半壊の家に住む人は、情報落差を抱える。それが長期戦になることで、心身が衰え、アル中や血栓症等の病気を発症する。

福祉医療行政が巡回しているが、対応し切れていない。

○○さんに、寿町に行かないかと勧めている。日本の3大ドヤ街のひとつ。ここなら、救護の見落としが少なくて済む。これもまた○○さんは拒否をする。

-------

夏期講習前期が始まった。私はここ数年、取り出し個人指導が中心となっている。

---------

「震災・避難所生活と地域防災力 北茨城市大津町の記録」を読んだ。いつも思うのだが、「地域コミュニティ作り」は、今は衰えているが地域の絆があって、それを「復活」させようという論調になる。田舎の場合は地縁・血縁コミュニティが強かったり、残っている場合も多いだろう。しかし、都市・準都市部の特に団地などは、新規に防災コミュニティを生み出していかなくてはならない。この辺の事情を浮き立たせるには、阪神淡路大震災など都市型災害から学ぶ必要がある。ただ、避難所以降の生活支援の語りがある。要チェック。

------

父の特養に、着替えを届ける。私に背を向け寝込んでいる父。
老いがひとを包むとき、心の張りを失う末路を今日は見てしまった。寝ている父に、母のことを伝える。全く反応がない。のれんに腕押しは、茅ヶ崎の防災ボラ活動とおなじだ、まったく…。

日が昇って、夜間傾聴、該当者なし。

p.s. 陸前高田仮設から電話あり。文庫用雑誌到着と、お礼の電話あり。

    SBAのYさん、お手数かけました。

 


(校正2回目済み)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする