日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

秋の気配

2009年08月21日 | 自然 季節
               

「残暑見舞いより暑中のそれの方がいいようだ」と新聞に載っているが、暑い日照だ。それでも雲は高く積み重なった夏の姿から薄く横に長い姿に変わって秋の訪れを感じさせる。

いつも通る裏通りの角にざくろ(柘榴)の木が1本ブロックベイから覗いている。剪定させることはないようで自由に伸びている。ハイビスカスに似た花に気づいたのは梅雨の頃だったがそれが実がなり、立派なざくろになりつつある。

木々の若葉といえば新緑、緑と決まっているがざくろのそれは赤い。その訳は知らないが、ハイビスカスに似た花があの実に変形するのもおもしろいと毎年眺める。

もう少しすると真赤に熟れて裂ける。粒はルビーのようで美しいが食べると強い酸味がある。食べる食べないは人によって分かれる。種が多いため子孫繁栄の象徴とされた時期もあるそうだ。

よく晴れた日、青空と緑の葉と赤い実は絵になるし、まもなく秋本番がやってくるとも教えてくれる。ひとつ失敬したいと見上げるが、ブロックに上がらないと手が届かない。まあ、所望して口にするほどの物でもなかろうと見上げるだけにしている。

(写真:青空を背にして順調に育っているざくろ)
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子どもPC教室

2009年08月20日 | パソコン講座
               

公民館や社協などのお世話で夏休み子どもパソコン教室がひらかれ、所属する会では8回講座を担当する。テーマは「夏休みの作品作り」。小学生の子どもの「夏休みの作品作り」に頭を悩ましたのは遠い過去になったが、同じ悩みは今も続いているようでほっとする。

小学1年から5年までの元気な子ども12名が集まった。長い梅雨などで雨の日が多かったせいか、日焼け方にまだまだ焼けしろがある。「パソコンを使ったことのある人」いう講師の優しいイントロから始まる。パソコンが初めてという子どもはいない。

今日の課題は「ペイントで思い思いの絵を描く。それをエコバックにアイロンプリントする」、夏休みの作品作りにはいいテーマ、付き添いのお母さん方も納得の様子だ。

基本操作を教えて描き始める。あらかじめ描くものをイメージしてきた子が多い。季節の風物や花、子ども向けアニメの主役などがマウスペンの動きに合わせ白い画面に登場する。

早い子は30分ほどで完成させる。記念撮影で作品を持って並んだ顔はみんな満足そうで、お母さん方から拍手が起きた。参加した子どもはスッタフの孫と同じくらい、子どもから元気を貰った。

50代になって仕事上仕方なくそれも恐る恐る触ったパソコン経歴、それから思えば難なくマウス操作する子どもに期待することは多い、そんなことを思いながら機材の撤収を始めた。

(写真:描く子どもの姿)
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煮える暑さ

2009年08月19日 | 自然 季節
               

このところ日中の最高気温は夏日を示している。稲作のためにはこの日照がゼヒ必要、そうでないと米が大きく育たないそうだ。米が育たないと日本人らしい食生活にヒビが入る。米はぜひ育って欲しい。

この時期の暑さといえば甲子園の猛暑と球児の熱い戦いだが、今年は総選挙という暑い中での熱い戦いが加わった。甲子園での戦いは若さあふれる球児等で、その汗にはさわやかさを感じる。

加わったもう1つの戦いは暑さが身にこたえなければいいがと気づかう。選挙戦初日、高名な候補者が街宣車の上で暑さのせいでガンバローコールが出来なかったという。政治家の健康は絶対条件の一つだ。

昔から暑さの表現で「煮えるように暑い」という。さらに強く言うときは「煮えくりかえるほど暑い」という。文学的な嗜好は別にしてそこからすごい暑さが伝わってくる。

そもそも煮えるという意味は「沸騰した湯などによって物に熱が通る」「水が沸騰して湯になる」「甚だしく腹がたつ」などがある。熱気が体中に染み渡り苛立つ様子が「煮えるような暑さ」の表現に通じる。そう思えばうまい言い回しかただ。

朝顔、朝方はクリーニング仕上げのようにパリっとしていたのに昼過ぎには糊の落ちたそれのような姿に変わるものがある。朝顔も生き物、人と同じで暑さの感じ方が違うのだろうか、そんなことを思いながら見ていたがバカはすぐにやめた。

(写真:煮えるほどの暑さを感じている朝顔)
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動くおもちゃ作り

2009年08月18日 | 生活・ニュース
               

このところ夏休みで帰省した孫の工作を一緒に楽しんでいる。工作のテーマは一貫していて「動くおもちゃ」に決まっている。昨年のメリーゴーランドは京都市小学生アイディア展で賞をもらった。

今年も帰省前に作りたい内容を送ってきた。材料は牛乳やルーの空き箱、紙皿にたけ串、途中で折れ曲がるストローなどでいつもどおり家にあるもので新調するものはない。何かに載っているのだろうがよく工夫されている。

工作の内容は、ストローで送った風で紙皿の円板が回る。それにつれて捧につけたサッカー人形が回り足に取り付けた玉がゴールするというもので、難しい理屈は無い。

孫が帰るまでに試作してみる。資料どおりの紙皿ではグラついて回転が安定しないので小さめにする。風を受ける羽は皿の周囲を16分割するがその方法の教え方をまとめる。ボールは重い木から軽い鈴に、ストローの挿入角度など楽しみながらチェックしておいた。

最大の難関と思った皿の16分割、分度器を出してやるとそれを使って簡単にこなしたので拍子抜けした。人形は孫が一筆書きで作るなど思っていた以上に早く完成した。孫自身も出来栄えに納得したようで、ストローの角度を調整しながらシュートを楽しんでいる。

爺ちゃんとのコミニケーションと思って持ち帰ってくれる工作、頭をくっつけながらあと何年くらいこうして工作が楽しめるのだろう、そう長くはないと思いながらシュートを楽しむ孫を眺める。円板の回転速度が上がりシュートの回数が増えている。

(写真:完成したシュートするおもちゃ)
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選挙の思い出

2009年08月17日 | 回想
               

衆院の議員定数は小選挙区300、比例代表180の合計480、過半数は241。この数字はいつの間にか暗記した。

通りのあちこちに選挙ポスターの掲示板が設置された。その選挙があす公示され12日間の選挙戦が始まる。13日目、今月30日の夜半から当落が判明し始める。笑いに泣き、万歳にしょんぼりといつもの姿が画面に表れることになる。

与党の大物・長老といわれる経験者も苦戦とマスコミの選挙関係記事では報道している。選挙は水物といわれる。やってみなければ分からない、今回は「絶対当選」の予測がむつかしそうだ。

選挙があると50年以上も前のことを思い出す。中学校の生徒会長選挙は学校推薦の候補に対する信任投票で行なわれていた。生徒会の選管委員長になったとき「立候補と立会い演説会」という生徒会会則どおりの実行を生徒会顧問の先生に要求した。顧問は結果として職員会議で了承をとりつけ、実行させてもらった。

その時「選挙というものは選挙をすればいいとゆうものではない。その結果にも責任を持つということが重誉になる」顧問は選挙管理委員会のメンバーにこんな話をされた。思えば学校として初めてのことなのに寛大な先生だったと感謝している。この制度が今も続いているかどうかは知らない。

明日はポスターが貼られ選挙カーが走り出す。しばらくは小さな路地にも拡声器の声がこだまして賑やかになる。

(写真:選挙ポスターを待つ掲示板)
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幾つ見える

2009年08月16日 | 生活・ニュース
               

帰省する孫の迎えで駅前のロータリーで停車していた。緑地帯へ無造作に置かれた小さな岩を見るともなしに見ていた。しばらくして見ているつもりの岩から「逆に見られている」そんな気がした。

思い直してよく見るとその理由が分かった。昔「人面」を枕詞にした魚・犬・岩などで観光の目玉にしたころがあった。その人面岩に似ているから、見つめられても不思議はない、と納得する。

ならば観察してみよう。あそこが目で耳で口でと見ていくうちに幾つもの顔が読み取れることに気づいた。それは人の顔の様でもあり動物のそれの様でもある。正面向きだったり横向きだったりといろいろ。

この歳になってと思いながら指をおってみる。10個くらいまで見分けられた。楽しい錯覚もあるもだと思ううちにこだまの到着時間になった。自然石か人造石かという野暮なことはしなかった。

「確かにそう見えたのに」「思い違いだったのか」「順調と思ったのに」などなど思いや予測と結果が違ったとき「あれは錯覚でした」と責任逃れをするがたわい無い事なら笑って済まされる。が、それが大きな損失や罪になるときはそうはいかない。

2週間先は総選挙、錯覚だったと残念がることのない確かな1票を投票したい。

(写真:この奇岩からどんな顔が見えますか)
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ど根性ユリ

2009年08月15日 | 自然 季節
               

   高いコンクリート壁とアスファルト道路の境に見つけた「ど根性ユリ」 
   周りには雑草も生えていなのにそのユリだけが生えている

   いつ咲くかいつ咲くかとウオーキングの帰りに観察していた
   長梅雨のせいで咲かないのかなどと素人判断で眺めていた

   久しぶりの月明かりでのウオーキングを楽しんだかえり
   お待たせしましたと白いど根性ユリが揺れている

   育ちのせいか可憐というよりたくましい それでは失礼と1枚撮る

   どうしてこんな所で育ったのか 聞いても答えてくれないで揺れていた
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9回の空襲があった

2009年08月14日 | 生活・ニュース
               

広島・長崎の原爆の日に続いてこの夏3度目の黙祷をした。

64年前の終戦前日、1945年8月14日のお昼前、米軍はB29爆撃機100余機をもって岩国駅周辺を爆撃した。その密度は他に例を見ないほど激しいものであたっと聞かされている。

空から見た駅周辺の爆弾穴は蜂の巣のように写されている。1960年代の初めになってもその爆弾穴は残っていた。記録によると直径は5~30㍍、深さは5~10㍍もあったという。記録では571名の死者となっているが、遺体処理に当たった当時の市職員は1,000名をくだらないと証言されている。

岩国市の最初の空襲40年3月19日の藤生沖合いの船舶に対するそれだった。4月、5月、7月、8月に各2回合計9回の空襲に見舞われ、公式記録でも1,000名以上の方が尊い命を失われた。

中でも陸軍燃料廠や海軍航空隊周辺の空襲は語り継がれている。陸燃では学徒動員を含む300余名の方が亡くなられた。海軍航空隊のそれでは滑走路は爆撃されなかったという。戦勝後の利用を考えてのことという。

黙祷しながら、新たなこの日が加わらないことを願った。

(写真:空襲3年前の前の岩国駅周辺の地図、あき書房復刻地図より)
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物言い

2009年08月13日 | 地域
               

先日の新聞に「乗客は荷物か」という趣旨の投書があった。それは「夏季多客輸送における運転事故防止運動」というJRのビラが利用者に見えるように掲示してある。JR職員向用の内容で客には関係ない。ましてや客を輸送とはまるで荷物扱いに考えているのか、少し立腹された文面だった。

そのビラを見た。投書の指摘が分からないでもない。輸送は「車や船・航空機などで人や貨物を運ぶこと」(広辞苑)となっている。ほかの辞書でも同じ内容で輸送手段としての列車はない。

車は広い意味では列車も含まれると考えても良いが、いま「車」といえば自動車で列車とは言わない。貨物はJR貨物、人はJRに分けられている。

総選挙が近づき各党のマニフェストが出揃い、各党は他党のそれにいろいろと発言する。よく言えば意見や質問、有権者から思えば物言いに感じる。物言いにもいいそれとそうでないものがある。

双方の発言は揚げ足取りにも感じる。相手の言い損ないや言葉じり、足らないところを膨大にして突っ込んでいる。素人の政策討論なら面白いところがあるかも知れないが、プロのそれは面白くない。将来の日本はこんな国になる、どの政党の話しからも子や孫に負担を残さないという具体的なイメージがまだ湧かない。これも物言いだろうか。

(写真:JRのホームで見かけた多客輸送のビラ)
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短い夏休み

2009年08月12日 | 生活・ニュース
               

短い帰省を終えて孫は夕方京都へ帰っていった。明後日から夏期講座があるという。ちょっとかわいそうな気もするが、孫にはそんな心配は要らないようだ。しっかりと自分で決めた道に進むため、そんな話をしてくれた。

と、いってがちがちではないことに安心している。帰省前に妻と相談した料理についてはきちんと手伝いをし「おじいちゃん食べれるよ」と呼んでくれる。嫁の料理の流儀を見ているのか手際も要領もいいという。

孫の行く小学校は公立だが夏休みは短い。7月25日から8月23日まで、24日は普通どおりの授業と給食が始まると話してくれた。そんな環境も影響しているのか、小柄と少し心配していたが、身長も体重も目に見えて大きく育っていて安心した。

新幹線の中から妻の携帯へメール。最後に「また帰省しま~す」とくくってある。次はいつだろう。

(写真:ホームを離れる孫の乗った新幹線)
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