みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

一言ずつに従って

2011年08月31日 | 使徒の働き
使徒の働き22章1-21節


 きょうは野菜(831)の日だそうです。それにしても、日本では毎日のように○○の日がありますね。語呂合わせのネーミングが上手だな、と時々感心します。私も、自分の携帯番号を語呂合わせで覚えています。明日から二学期を迎える子どもたちも多いことでしょうが、泣き泣き宿題に取り組まなければならないというお友だちも、きっといるでしょうね(私もそうでしたから…)。

 パウロの回心の出来事は、「使徒の働き」に二度記録されています。そのはじめがきょうの箇所。
感動的な場面です。天からの光が照らす、主の声を聞く、主を迎えバプテスマを受ける、使命を託される…。一つ一つの劇的な体験を読むと、これこそが本物の回心で自分のそれはどうなのか? と思う人も少なくないことでしょう。
 そんなことはない、と思います。それぞれも、実際の光を見ることがなくても心をみことばの光が照らし、主イエスの声を聞くことはなくても聖書によって主は語り、みことばの約束を信じ、イエスを主と信じてバプテスマを受け、使命を託される…。

 心に留まったのは、大きな節目にパウロに届けられることば。主にお会いする前のパウロには、鼻息も荒く自分が正しいと思ったことは何が何でもやり遂げるという印象があります。ところがこの時の彼は、語られる一言一言に従って行動しているのです。
 「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」との詩篇119篇105節のことばを思います。
 



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