民数記 21章21−35節
きのう午後礼拝に出かける時、家の前の道路の排水溝にたくさんの水が流れ込んでいくので、どこから水が来るのだろうと不思議に思っていました。帰宅すると水道管本管の水漏れとのこと。階下に住むハウスマスターさんが「もうすぐ断水になるから今のうちに水を汲んでおいたほうがよい」とアドバイス。急いで汲んでいるうちに、水道管から水は出なくなりました。これを書いている今も、外では掘削機械の音が聞こえています。
きょうの箇所には、死海の東側を北上するイスラエルの民がエモリ人の王シホンとバシャンの王オグとを打ち破って、ヨルダン川の東川を占領したことが記されています。これまで、エジプトを出て40年もの間荒野を旅して来たイスラエルの民には、土地を占領するということがありませんでした。しかし、ここに至って彼らは初めて土地を占領し、所有し、生活をするようになるのです。
この勝利について、これから彼らが入境しようとしているヨルダン川の西側も占領できるということを表わすものだとの解説がありました。ですから、彼らがここで勝利する意義は大きいということなのでしょう。
ヘブル人への手紙11章39、40節を読み、キリスト者が占領する地とは…と考えてみました。
「この人々はみな、その信仰によってあかしされましたが、約束されたものは得ませんでした。神は私たちのために、さらにすぐれたものをあらかじめ用意しておられたので、彼らが私たちと別に全うされるということはなかったのです。」
*金曜日夜に行ったピアノコンサート会場