ホセア書 4章
私は出席できなかったのですが、土曜日に自宅で聖書の学び会がありました。学びが終わるといっしょに美味しいものをいただきます。ほぼ皆さんが日本食を作ってきます。帰宅した私がまず見つけたのが桜餅! 参加者の一人の方が作ってくれたのだそうです。私もお裾分けにあずかりました。美しい和菓子ですね。ごちそうさまでした。
ここで厳しく罪を指摘されているのは、祭司たちや豊かな人たち。しかも、その豊かさは人を食い物にして築き上げたものだと言われています。富や名声には多くの人が魅力を感じます。それらは主の恵みの中で働かせてもらった結果なのですが、いつの間にか、それ自体が人生の目当てになってしまう危険をはらんでいます。
たとえば、いろいろな所で活躍し、良い評価を得てまた用いられると、気づかないうちに高ぶるようになります。その先には危険な穴が待っているのに気づきません。
10節に「彼らは食べても、満たされず、姦淫しても、ふえることはない」とあります。快楽の限りを尽くしても、決して満たされることはないというのです。そして、理由は次の行に「彼らは主を捨てて、姦淫を続けるからだ」とあります。
神を離れるならば決して満たされることはないとの大切な原則が、ここでも確認されています。