みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

ひとりぼっちの野ろば

2015年12月11日 | ホセア書

ホセア書 8章

 きのう、「愚かで思慮のない鳩のよう」ということばについて書きましたら、その後あるラジオの放送で鳩の目の識別能力の高さを医療に用いようとする実験が行われて、実用化されそうだと報じられていました。神がお造りになったもののなかには、まだまだ私たちが気づかない優れた能力、知恵がひそんでいるのですね。

 8章も、神が北王国イスラエルを罪ゆえに厳しくおさばきになる様子が描かれます。偶像を持つのも、他国に頼るのも、本来頼るべき神から離れてしまったゆえのこと。政治の力関係で考えれば、国が生き残り繁栄するためには、どの国と組むのが良いのかという判断になるのです。

 イスラエルの場合は、アッシリヤに頼ろうとして、「愛の贈り物」をしました。ところが主は、そのような彼らの姿を「だれにも喜ばれない器」、「ひとりぼっちの野ろば」だとたとえます。

 器は何かの用のために作られます。美味しいごちそうを飾る器もあれば、花を生ける器もあります。中には掃除のぞうきんをすすぐための器もあります。ところがここで主は、イスラエルをだれにも喜ばれない器になぞらえておられます。周辺のどこにも受け入れられないような存在だというのでしょうか。

 「ひとりぼっちの野ろば」も悲しいたとえです。仲間に入れてとすり寄っても、気がついてみたらひとりぼっちというような雰囲気が伝わります。神に信頼すべくあるイスラエルが、神から離れるのは致命的なことだということに気づかされます。


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