みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

食べて、満ち足り、たくさん余った

2011年08月20日 | 歴代誌第二
Ⅱ歴代誌31章


 季節の変わり目がこんなに鮮やかに来るものかと驚いたのが、一昨日から昨日にかけての気温の変化でした。「ホッと一息」という方が多いのではないでしょうか。ところで私が通っている教会では月曜日から水曜日に子どものキャンプをします。きれいな川の側にあるキャンプ場が会場なのですが、こんなに涼しいと川遊びができないかも知れないという心配がでてきました。さあ、どうなるでしょう?

 ヒゼキヤの改革の締めくくり、良い結果をもたらしたのかがこの章に記されています。祭司やレビ人が主の宮で礼拝の奉仕に専念するためには、彼らの生活が安定したものにならなければならないと、ヒゼキヤはエルサレムの民に呼びかけました。それに応えて、エルサレムの民ばかりかユダに住む人々も、自分たちの収穫や持ち物の十分の1を携えて来て、山と積んだのです。食べて満ち足り、たくさん残ったのは、主が民を祝福されたからだと答える祭司の表情は満面の喜びだったのではないだろうか、と想像してしまいます。

 たくさん余ったということば、余ったものをむだにしなかったというのは、イエスさまがなさった5,000人の給食、4,000人の給食を思い出します。
 自分のために蓄えないで、主が喜ばれることのためにささげるならば、その喜びは何倍にもなるのですね。主にささげているか、自らに問います。

 そして、この改革はひたひたと忍び寄る大きな脅威に対処するための、大切な備えだったというのがこの後わかります。

 きゅうに涼しくなりましたので、おからだお大事に。それぞれの場所での礼拝が祝福されたものとなりますように。


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