ダブログ宣言!

ひとりでするのがブログなら、
ふたりでするのがダブログ。

モンテーニュ『エセー』(1・13)感想

2020年07月11日 22時41分33秒 | 文学
「国王たちの会談における礼儀」
《客の気分を一度だけ損ねるほうが、毎日、自分に腹を立てているよりもましではないか。》(93頁)に大いに同意する。
礼儀のために自分が不自由になるのは僕も嫌です。
それでも最後は礼儀の良さについてもきちんと言及する礼儀正しいモンテーニュ。

またまたカール五世。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・12)感想

2020年07月11日 22時30分01秒 | 文学
「揺るぎのないことについて」
恐怖を感じて逃げることは別に悪いことではない、という話。

またカール五世が登場した。よく出てくる。
何か歴史的な話が書かれているかと思い、買ってあった宮下志朗の『モンテーニュ』(岩波新書)を読み始めた。
とてもおもしろい本だが、まだカール五世については語られない。
プルタルコスの『モラリア』を読んでみなければいけないな、と思った。セネカの『倫理書簡集』はいつか簡単に手に入るようになるのだろうか、と思っている。村上春樹は次回作で主人公にセネカの『倫理書簡集』を読ませて欲しい。小野不由美は『十二国記』の登場人物はセネカの『倫理書簡集』を読んだことで生まれたと嘘でもいいから語って欲しい。
ひとまず中野孝次の本を読もうと思っている。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・11)感想

2020年07月11日 15時10分05秒 | 文学
「さまざまな予言について」
やはりだんだんと歴史を知らないことでよく分からない話があるということが分かってくる。
カール五世というのがどういう人だか(どこの国の人だか)分からないので、誰と戦ったのか分からない。フランスと敵なのかどうかも、たぶんここの書き方からすると敵なのだろうが、そういうことがすっと分からないので読みにくいのだ。
考えてみればフランス人が『徒然草』を読んでいるようなものなのだろうから、その時代のその国の歴史が分からなくてもそんなに変なことでもないのだろうが、やはり長く読んでいくには少し勉強しておいたほうがいいような気がする。

さて、モンテーニュは占いなんか信じるな、と言っているように読めた。
しかし最後のほうに、霊感のような、心の衝動のようなものはある、というふうに言う。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・10)感想

2020年07月11日 09時18分16秒 | 文学
「口のはやさと口のおそさについて」
僕はどちらかといえば口のはやいほうである。この場合のはやいとは、早口と言う意味ではなくすぐに言葉が出てくるというほどの意味である。
あの人は口がはやくて、あの人は口がおそいな、というのはそれぞれの人の印象としてある。
高校生くらいの時期だったか、大学生のときだったか忘れてしまったが、何か言われて即座にあたかも用意してあったかのように語れる人になりたいと思ったことがあって、心がけるようにした。
もともと口のおそいほうではなかったが練習によって少しはやくなったように思う。
ごめんなさい。ここまでモンテーニュの語ったことの要約ではなく、僕自身の話です。
読んでそんなふうなことを思いました、ということです。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・9)感想

2020年07月11日 01時41分54秒 | 文学
夜中に窓を開けていると最近特異な匂いがしてきて、ちょっといやだなと思って、窓を閉めてもまだ匂ってきて、何の匂いだろうと思っていたら、リビングに置いているサンスベリアがいま花を咲かせていて、その匂いだった。
もう何年も置いているが、花を咲かせるのは初めて。
匂うのも初めて。
癖のある匂いです。芳香剤のような匂いなのだが、匂いを説明するのに「芳香剤のような」というのも変な話だ。美しい風景を見て絵のように美しいというのと一緒だ。残念ながら、他に説明のしようがない。
ちなみに、「芳香剤のような」とはいい匂いを意味しない。癖のある、鼻につく、少し煙たくてむせる感じの、悪い匂いを隠そうとしているような、そんな意味合いです。

「うそつきについて」
記憶力があまりないことの良い面が語られる。決断力があることなど。
あと、嘘がつけない。
ミラノ公とかフランス王とかローマ教皇とか、そこらへんの関係がよくわからないから、言いたいことがよく分からないことも多い。
外国人ばっかりのパーティで誰かがジョークを言ったのに、自分だけ笑えない気分。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・8)感想

2020年07月10日 21時54分15秒 | 文学
「暇であることについて」
《目標の定まらない魂は、さまようしかない》(62頁)と言って、目標をもってきちんと生きていかなければならない、と言いながら、自分は引きこもって生活して、さまざまな妄想が出てきてしまっている、という話。
モンテーニュは説教臭くならないようにしようと心掛けているのだろうか。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・7)感想

2020年07月10日 21時43分06秒 | 文学
「われわれの行動は、その意図によって判断される」
タイトルも良い。
《意志以外に、われわれが支配できるものはない》(59頁)のだから、死ぬときになって死後のことは知らんというような、生きているときと整合性のとれない発言をすべきではない、という話。
すばらしい。その通り。肝に銘じたい。
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉も思い出す。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・6)感想

2020年07月10日 21時24分22秒 | 文学
「交渉のときは危険な時間」
ひとつ前の話の続き。
戦いのときはどんな手を使っても良いという考えと、卑怯に勝利したのでは勝ったことにならないという考えが述べられる。
モンテーニュの考えは後者。
コメント

モンテーニュ『エセー』(1・5)感想

2020年07月10日 00時08分16秒 | 文学
「包囲された砦の司令官は、そこから出て交渉すべきなのか」
タイトルのわりには結論のない話だった。
交渉すべきか、すべきでないか、という話ではない。
卑怯に勝っても勝ったことにはならない、というようなこともある、というくらいの話だった。
コメント

先崎彰容『吉本隆明 共同幻想論』

2020年07月09日 09時16分36秒 | 文学
NHKの番組「100分de名著」のテキストである、先崎彰容『吉本隆明 共同幻想論』(NHK出版)を読んだ。
最後のほうは『共同幻想論』以外からの話だったが、吉本隆明の思想がわかりやすくまとめられていたように思う。
良い本だったと思うがその上で疑問に思ったのが、それでは政治的なものとはどのように付き合っていけばよいのだろうか、ということだった。ネットの煽動にも左右されず、自分の生活を生きて、そうすると黙って選挙に行くということくらいしかないということなのだろうか。(私の記憶では吉本隆明自身は選挙には若い頃に行ったきりで行っていないと発言していた記憶がある。)
そこらへん政治的なものとの距離感について、このところずっと疑問に感じている。
コメント