唐戸市場をひやかして歩いていて、ちょっとでも立ち止まると激しく試食などを迫られる。その差し出される爪楊枝などを思わず手に取るだけで、いろいろやり取りがあって最終的には金を払っているという結末になる。少なくとも僕はそうなる。見ないふりをしてなんとなく確認し、本当に気になる時だけ戻って観察し、実際に買うという戦法をとっているのだが、でもやっぱりかけられる声を完全に振り切れるものではない。
そうした市場で度々引っかかりながらも、最後まで荷物が増えない猛者がいた。他校の先生だから知らない人だが、やりますねえ、と声をかけた。
秘訣はいたって簡単なんだそうだ。たとえば蒲鉾屋から声をかけられたら、親戚に蒲鉾屋が居るというだけの事なんだそうだ。普段もそうやって保険にさえ入ってないということだった。へえ。
でもまあ、まんざら完全に嘘ではないのだという。マンション暮らしだから住人にいろんな人がいる。遊びに来る教え子にもいろんな職業のやつがいる。業界のことはなんとなく聞いているからぜんぜん知らない訳じゃない。そうやって内事情などを話していると、売り子の方もまったく嘘ではないとわかってくれるらしい。
親戚に何屋が居るか。実際の知識は伴わないが、時には使えるとは思うわけだ。君子危うきに近づかず。君子でないから近づかなければつまらない。少しくらいは方便も覚えるべきなのかもしれない。