カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

宇宙に人を送る四カ国目になれるのか

2010-08-31 | 時事
一人乗りロケット試作機打ち上げへ

 ホリエモンも注目してるんじゃないだろうか。
 地球一周して帰ってくるとかすれば、もっと楽しい気がする。あんまり遠くに行っても帰ってこられない不安もあるから、宇宙から地球を見るツアーができればそれで十分なんじゃあるまいか。

 それにしても人を乗せて打ち上げられる「勇気の問題」というのも、怖いけど面白いです。
 国家プロジェクトから民間へという転換も素晴らしいんですけどね。デンマークやりますね。
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今敏の最後のブログ

2010-08-30 | 時事
今敏最後のブログ

 ツイッターに張り付けている人が多かったので知らなかったわけではないが、何故か読んでなかった。改めて読んだら、涙で文字がにじんで困ってしまった。なんという遺書だろう。

 最近養老さんの対談があるという理由だけで買った「自分を生ききる 日本のがん治療と生死観」中川恵一・養老孟司著(小学館)を読んだばかりで、僕も将来的に死ぬのなら癌でもかまわないかな、と思ったばかりだった。しかしながらやはりことはそう単純ではない。本当に直前にせまる死を前にして、なかなかこのように達観したような心境に見える文章をつづられるものなのであろうか。想像しただけで押しつぶされるような気もするし、しかし逃げられない立場というものを思うと、他に何をしてよいというのか。
 誰だっていづれは100パーセント死ぬことは確実なのだから、誰だって死の準備というものは必要であろうし、また準備をする時間はあるのだろうと思う。いや、現実には現在そのものがその時間だということなのだが、そう考えている人などおそらくほとんどいないのであろう。それは非常に当たり前でありながら、同時に不思議なことなのではないか。
 医者の宣告を受けていなくても将来は必ず死ぬ。目安になる平均寿命は僕の場合もう少し先であるにすぎないだけで、考えてみるとしかしそう遠い将来ではなくなってきた。なにしろ今まで生きてきたより短い時間である確率は高く、そのうえ平均に僕が達するとは思えないわけで、さらに死というのは身近な存在になったといえるだろう。そういう前提にあってしかし、今現在は何の死の準備もしていないし、自分が死ぬという実感さえほとんどない。人間というのは本当に傲慢な生き物らしい。
 僕は知らなかったのだが、モルヒネというのは薬として飲めばまったく中毒も起こさないらしい。それに胃癌以外であれば、放射線療法の方が主流と言っていいようだ。結局転移すれば後は死ぬだけなんだから、できる限り痛くない処置を受けて死を受け入れる準備をしたほうがはるかに生産的であるともいえる。やっぱり癌はそんなに悪くない死の受け入れ方法だ。
 しかしながら、自分がどのような形で死ねるのか、自殺をしない限り選択はできない。別に思想的なものは持ち合わせていないが、自殺の選択はできる限りしたくない。そうであるならば、死ぬことは分かっていながら、どうやって死ねるかはまだ分からない。癌のリスクを減らしてしまうとさらにどうなるか分からないのだから、今からでもタバコを始めるなりして準備するほうが賢明だと言えるのかもしれない。いまさら別に吸いたくもないが…。

 そういうわけで、日頃からお世話になっている皆様。今まで本当にありがとうございました。いつ死ぬかは分からないにせよ、これまでのご無礼心から陳謝致します。
 ときどきはそのようなことを思い出して感謝し続ける必要がありそうです。
 
 
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あと4ヶ月だとは…

2010-08-29 | 時事
地下に17日、33人の命つないだリーダー

 まさに壮絶という感じだ。しかしまだ現在進行形で、あと4ヶ月だって! 本当にこれからも耐えられるものなのだろうか。よく分からんが、海外からの支援の方法は無いのだろうか。
 日ごろからの信頼関係もあってのことだろうとは思うが、やっぱり難しい状況だろうと思う。これからも二次災害などが起こらないよう祈るばかりだ。
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まもなく世界同時不況がやってきます

2010-08-28 | 時事
まもなく世界同時不況がやってきます

 考え方には賛同できないものの、言っていることはそうだろうとは思う。普通に考えて当たりそうな予言というより、やっぱりそうなのかというあきらめの確認みたいなものだ。しかし、これを怖がって右往左往するよりしっかりと自分のことをやっていくしか無いんだと気を引き締めるべきだと思う。愉快がっても面白くないんだし。それにどのみち次に民主党がそのような政策を取ろうがとるまいが、結果的に悪い状況が改善される見通しなんて何もないのだ。
 しかしながら「大きな政府」ねえ。結局国を頼りにされたいという官僚の血が、彼にそう言わせてしまうのだろう。国民や政治家って馬鹿にしか見えないんだろうな、と、彼の立場になってみるとそう見えるのであろう。馬鹿にされついでに、自力で這い上がるしかないと覚悟を決めたいと思います。日本人的にはみんな悪くなるんで、自力を発揮しやすいんじゃなかろうかと、個人的には楽観している。まあ、僕もある意味では馬鹿にしているのかもしれないんですけどね。すいません。
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ついに186歳!

2010-08-27 | 時事
ついに186歳!勝海舟の一歳下

 みんな喜んでますね。流石長寿国である。
 しかしながら日本の信用はガタ落ちで、計算方法上平均年齢にこの人たちが入っていないことは躍起になって説明しているものの、もう聞く耳を持つ人はいないだろう。それでも自分たちのせいではないし関係無いと考えている役人がいるだろうことが現実で、なにしろ今みんながびっくりしているけど、何度も僕が書いているように、このようなことは担当したことがあった人であれば、実は役場内では公然の秘密だったことにすぎない。僕のように部外者でも知っていたくらいだから(もちろん、実際は書類等見たこと無いけど、噂や予想では、絶対あり得るし将来的には明るみに出るとは思っていた)、政治家だって知っていただろうことは間違いなかろう。彼らは一蓮托生なのである。
 今は戸籍上の問題だけだからおもしろがられるけれど、仮に80歳以上位まで年齢を下げて探し出すと、年金の不正受給など、もっと具体的に金銭の絡んだスキャンダルが掘り起こされていくに違いない。むしろそういう最も基本的な問題に触れない程度の話題を提供して、水面下でどのような処置をしていくか、彼らは既に検討しているはずである。できるだけ手をつけたくはないが予算が増額になって人員を増やして個人的に休みが増えるようであれば、重い腰をあげて調べてやってもいいということを考えているのかもしれない。
 これだけの問題になっても誰かが処分されたとは聞かない。問題の大きさの根源は、単純にそういうことをするシステムに欠陥があるというだけのことなのである。
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続く大渋滞

2010-08-26 | 時事
九日間以上続く大渋滞

 停車というより駐車状態。一番前は何してるんだろう。
 こういう時に困るのは、何よりトイレだと思うのだが、つまり、道端でやるより無いのでしょうね。そういうのは悲劇というか喜劇というか。
 トラックなどには簡易トイレを常備するとか、必要かもしれないですね。そういうものを輸出すると需要があるかもしれない。

 こういうニュースを見ると、それに比べて日本は…、などと変に悲観する人が多くなったように感じる。特に年配の人になると、日本は中国にやられてばかりと嘆く人がホントに多い。まあ、ここのところ確かに円高だの株安だの先行きが暗くなるようなトーンのニュースが多いのも確かだし、それ以外にも政治の閉塞感やら何やらで、明るくなれる方がおかしいということはよく分かる。
 しかし実際に相対的に考えるならば、日本だけが本当に悪いのかというのは少しばかり疑問に思う。元気のよさそうな中国だって、地方都市との格差問題は凄まじいものがあって、その上国が大きすぎておそらく将来はどうにもならない。日本と比べてあちらがいいと言い張ってみても、本当にあちらに移住したいほど魅力的だと思っている人がどれくらいあるのだろうか。彼らはもっと頑張らないとどうにもならない状態なのではないか。
 ヨーロッパだってストだらけで、実際に行ったらもう将来は無いという印象を持ったなどというブログのつぶやきはたくさん聞かれる。まあ、その程度しか知らないけど、本当に景気がいいとは思えないけどな。
 やっぱり腐っても鯛で米国がいいんじゃないか、という声もさっぱり聞かない。だいたいどうにもならん閉塞感で一杯の日本に対して値を下げるほどの国である。まあ、自由と弱肉強食の国だから勝手にどうにかなるのかもしれないが、上客としての地位はこれからも取り戻せそうになさそうだ。
 全部悪いというのが慰めにしかならないことは悲しいが、日本だけ、というのは少なくとも勘違いだと思う。日本は打つ手があるのにそれさえやらない馬鹿げた国だとは思うが、とにかく早く落ちてしまってすっきりシャッフルするという将来像はあるわけで、ダメなりに面白いんじゃないかとは思いますね。やけくそなだけで面白くないという人はいるかもしれないけど、ぜーんぶ悪いというのは日本人的にはいいことなんじゃないですか。
 やっぱり情けないだけでしたね。すいませんでした。
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マン・オン・ザ・ムーン

2010-08-25 | 映画
Man on the Moon (1999) Trailer


マン・オン・ザ・ムーン/ミロス・フォアマン監督

 オープニングでいきなりクスクス笑っていい調子で観ていたのだが、20分ほどたってからやっと以前に観たということを思い出した。僕は記憶力が悪いらしいので、映画を観る分には大変にお得である。
 早世したコメディアン、アンディ・カウフマンの伝記映画である。主人公を演じているジム・キャリーの演技が素晴らしく、僕は本人を知らないながら、大変によく似ているということらしい。ジム・キャリーらしい演技に見えるから、彼も少なからぬ影響を受けているということなのだろうか。また、この映画にも出ているダニー・デヴィートは、生前親交があったのだという。別のそういう人たちも、実際に出演しているということらしい(カメオというよりはっきりと)。また、映画の題名にもなっているのはREMのヒット曲だ。こちらの方がどうも先らしく、もちろん僕も覚えがある。この映画を最初に観たのは、たぶんジム・キャリーにハマりまくっていた弟と一緒だったような気もする。あれからそんなに時間がたってしまったということなのだ。
 現在の目で見ると、今の日本のお笑いのネタもけっこう入っていることが分かる。まあ、アメリカは保守的な面もあるから、日本よりおおげさに強烈だったりもするわけだが、基本的にはごく最近までやっていた体を張ったバラエティの原型のようなおふざけが続く。正直に言ってやり過ぎで、怒りの方が勝って面白くもなんともないのだが、彼らは自分らが楽しめばそれでいいというような、しかしながらしっかりと支持を受けているというような確信も持っている。この映画で直接の説明は無いにしろ、REMが彼の曲を書いている事実から勘案しても、おそらく一定の強烈な支持があったことは間違いなかろう。こういう種類の笑いは、真剣に頭に来る人がいるからこそ、世界観のがらりと変わる強烈な笑いに変換できるのである。科白の上でも語られるが、人生というのは哲学としてジョークのようなものなのかもしれない。また、そういう信念こそ彼が本当に伝えたかったことに違いはないのだろう。
 しかしながら皮肉なことに、彼は笑いにするにはあまりにシリアスな病気に掛かってしまう。完治する見込みの薄い肺癌にかかってしまうのだ。本人もさすがに戸惑っているようだが、ごく身近な仲間でさえ、猜疑心の方が先に立って、どうしてもシリアスになれない。どこかで世界がひっくりかえるのではないか。自分が笑いの立場をキープするためには、本当にシリアスな立場に片足を突っ込んでしまうことが恐ろしいのだ。身内であってもおんなじである。医者から病状の説明を受けた後泣いている両親を前に、何度も騙され続けてきた妹や弟は、兄が俳優を雇って悪ふざけしているに違いないと怒り出す始末だ。
 このあたりは、かなりシリアスなのだが、観ている観客は逆に可笑しくなってしまう。切ないけど笑ってしまう。彼の悪行の数々に付き合わされている恨みもあって、自業自得じゃないかと喜びたい気持ちが湧いてくる。しかしこの映画は、本当に僕らを裏切らないのだろうか。可笑しいけど笑っていいのだろうか…。
 人間というのは本当に不思議な生き物だと思う。一貫して人間の持つ、そういう根本的だけどよく分からない悲しみのようなものを裸にしてきたフォアマン監督の力量は流石である。最後には不快でたまらないギャクが、温かみの感じられる微笑ましい笑いに変化してしまう。本来は笑いとは絶対的に相性の悪いはずの人間の怒りという感情が、逆に本当に心から温かくなるような笑いを生み出してしまうというマジックをみせるのである。
 人生はジョークなのかもしれない。しかし、ただ笑い飛ばしているだけでは分からない人間のしあわせは、そのジョークのようなものの中にもあるようだ。不快になる人もあるだろうが、そういうものをさらけ出して見つけさせてくれる人間技を編み出すのも、また人間の持つ本賞のようなものなのかもしれない。


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酔って母校のプールに侵入

2010-08-24 | 時事
酔って母校のブールに侵入、溺れ死ぬ

 どういうわけか母校のプールに侵入する話は盛り上がる話題である。
 僕は高校になってからと十代の後半だか二十代の前半だかに、二度にわたって学校のプールで夜に泳いだことがある。馬鹿騒ぎしたかどうかはよく覚えていないが、有刺鉄線で腕に怪我をしたような記憶がある。適当に泳いで星を眺めて、服を着られるくらいに体が乾いたら外に出て帰った。ただ、そういうことをしたかったというか、やってみようとそそのかすのに乗じて坦々と実行したという感じだったのかもしれない。
 高校の頃に職員トイレでタバコを吸って出てくる、というような馬鹿げた挑戦をするものだけど、たぶん、そんなような感じでやってみたくなるんじゃないだろうか。今は全然やってみたくないので、その当時の自分の考えは分からないのだが…。
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下駄飛ばし、世界新記録更新

2010-08-23 | 雑記
ゲゲゲの下駄飛ばし大会、世界新記録更新
 凄いのかどうなのかよく分からないところが凄いのかもしれない。

 幼稚園の時に靴飛ばしが何故か流行った。もちろんその当時のことだが。
 ブランコを勢いよく漕いで、その反動を利用して靴を飛ばす。幼稚園の校舎まで30メートル以上あったと思うが、上手く飛ぶとそこまで到達することもあった。しかしながら普通は手前の砂場で遊んでいるお友達に当たって泣かせてしまうので、先生からは厳しく叱られた。
 僕は一度だけ校舎の屋根に靴を引っ掛けたことがある。どうやって登ったのか忘れたが、屋根に登ったところで先生に見つかってその後ひどく叱られた。でも靴を取らなきゃ仕方なかったのですよ。裸足で帰るのは嫌だったし。
 あの時叱ってくれたミズノ先生も、今はどうされてるんでしょうね。もうお孫さんがいるくらいなのかもしれないな。どうか、お元気でいてください。
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やっと思い出せた

2010-08-22 | 音楽
The Nolans - Gotta pull myself together


 朝のNHKの「まちかど情報室」を見ながら、なんか昔聞いたことあるんだよな、と感じていたのだった。調べたらちゃんと教えてくれるところも多かったのだが、調べるまではしてなかった。漠然とこころに引っかかるままにこれまで過ごして来たのだった。まあ、どうでもいいことだし。でも、わかってみると晴れやかな青空を見るように気分がいい。記念に貼り付けておくことにする。
 それにしてもノーランズって何であんなに流行ったんだっけ。あの時代の日本人で知らない人居ないくらいじゃなかっただろうか。いや、ちょっと大げさかもしれないけど。
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朝鮮人参の思惑

2010-08-21 | 時事
朝鮮人参で債務を棒引きを提案

 提案するほうも受ける方も面白いです。
 朝鮮人参が欲しい訳じゃないけど、麻薬を流してくれるよりはける方法はいろいろありそうだ。北朝鮮の通貨をもらっても仕方ないだろうし、外貨をたくさん持っているとも考えにくい。そういうものよりよっぽど信用のあるものなのかもしれない。それに考えようによってはそれなりに美味しい話なのかもしれない。日本だったらやっぱり売れるだろうから、チェコとしてはそういう国と貿易の足がかりにしてもいい訳だ。ガラスとか職人芸の国だと思っていたけど、なかなかしたたかなのかもしれませんよ。
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スウェーデン産松茸

2010-08-20 | 
スウェーデン産松茸

 松茸の話題はなんだかんだで結構毎年取り上げている感じがする。別に好きでも何でもないが、気になってしまうということなんだろうか。食べられないから比較にならないが、僕は椎茸が好きです。

 しかし日本人が好んでも現地はまったく興味が無いというような食べ物は多いのかもしれない。中国人は何でも食うというが、日本人だって同じようなものなのではないか。
 前にテレビでカナダの食品加工かなんかの紹介があって、シャケの卵、つまりイクラをポンポン捨てている場面があった。「ああ、そういえば日本人は食うらしいな、こんなものとても食えないよ」みたいなことを言っていた。捨てられたイクラにカモメかなんかがたかっていた。
 クジラやイルカだって、つまるところ食わないから価値が分からないだけの話のような気がする。食わない文化というのは結局野蛮なのだ。
 中国にいる時に感心したのは、彼らは肉を大切に加工する技術に長けているということだった。僕はあちらで食う豚や牛の腎臓やアキレス腱が大好物になった。日本だとめったに見ることは無いからおそらく捨てられているんだと思うが、考えてみるとずいぶんもったいないものだ。最近はホルモンも好んで食われるようになったけど、以前ならえった後に捨てられていたことだろう。そういえば鶏のトサカなんかも飲茶では定番だったけど、あれもこちらでは見ないな。日本人は魚を食うことには情熱があっても、陸の肉は粗末にしている感じがしないではない。
 スウェーデンに松茸があるんなら他の国にもありそうなものである。円高の利点を生かして、さまざまな国のものを買うのもいいのかもしれしれない。そういう付き合いができると、国防とは違った形で結局は国を守ることにもつながるような気がする。スウェーデンは保守的な頭の固いお国柄という話(そのくせポルノは有名だが)は聞いたことはあるが、あんまりお付き合いが無いのでつまるところは分からない。北欧の魚介類はスーパーでは馴染みになってきているし、このあたりから日本との関係が深まるのは面白い現象かもしれない。
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甲子園の土

2010-08-19 | culture
甲子園の土に注文相次ぐ

 僕は子供の頃から、あの甲子園の土を持って帰る球児たちが嫌いだ。せめてもの思い出ということらしいけど、泣きながら土を掻き集める姿が見苦しい所為だろうと思う。そういう場面を喜んで撮影しているカメラマンも嫌な感じだ。しかしそんな写真って普段は新聞で見ることは無い訳で(スポーツ新聞には載るのかな)、あれは一種のラリっている状態なのではないかと疑っている。
 またせっかく仕事でグラウンドを整備している人たちに失礼ではないかとも思う。大量の土が盗まれることで、また大量に土を調達しなくてはならなくなるだろう。情緒だけで仕方なく許しているだろうこととはいえ、右へ倣いで盗みつづける精神性が、とにかく日本的な無責任に思えてならない。たまにまた来るからという意味で土を持って帰らなかった、などと実力を過信した美談めいたことを聞かされることがあるが、持って帰らない方がはるかにもともと当たり前の話ではないか。持って帰らなければ損であるような感覚を醸成した今の社会的空気というものが、球児たちをそのような行動に駆り立てているわけで、実に罪深いことだと思う。グラウンドの土は、まともにプレーするためにあるんだということを忘れては、まともな高校球児とはいえないのではないか。

 ということで、土を買うのであれば実に合理的でいいことだと思う。行ってない人が買って自慢するんだって、それはそれで良いだろう。鹿児島の土が化けるということで、なんだか産地偽装の疑いがないではないけれど、この方がよっぽど精神的に健全だと感じるのである。
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ルービックキューブ、20手で解ける

2010-08-19 | 雑記
ルービックキューブ、20手で必ず解ける

 ルービックキューブと言えば僕は欽ちゃんを思い出す。子供のころは誰でも持っている必須アイテムだった。攻略本もたくさんあって、ガチャガチャの中身が攻略図だったりもしてた。そんな中、テレビで欽ちゃんがいとも簡単にルービックキューブを解く姿を見て、絶対に僕でもできると確信したのだった(考えてみると失礼なことだ)。
 まあ、だいたい一分程度でどんな状態でも解けるようにはなったようだが、次第に飽きて忘れてしまった。またやってみたい気がしないではないが、自分ひとりで喜んでも仕方がないしめんどくさい。しかし、ヒトはこんなことに熱中する生き物なんですよね。
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ドライブスルー公衆電話

2010-08-18 | 時事
ドライブスルー公衆電話

 そりゃあそうでしょう。むしろ残っている方が不思議だ。

 二十代の頃知り合いの先輩が自動車電話で話しているを見て驚いたもんだが、あれから二十年。考えてみると最初のころは子機付きの電話よりでかい電話(筆箱というか靴入れみたいなやつもあった)を内ポケットに入れて歩いているビジネスマンなんかも居たりした。それでもちゃんとカッコよかったから不思議である。しょっちゅう会話が途切れるのだが、携帯からの通話だというだけで先方からは何故か有難がられたり(という感じですね。少なくとも迷惑そうじゃなかった)通話代高いのにすみませんと言われたりした。
 今や持ってないのをアイディンティティにしている迷惑な人を除いては、下手をするとペットでも持ってそうな勢いだ(持ってないだろうけど)。
 たまに携帯忘れて外出することもあるけど、その状態の精神の不安定さは何とも言えない。ここまで依存症になってしまった携帯電話との付き合いは、人間にとって良かれ悪しかれ影響がないはずがない。まあ説教めいたことを言いたいわけではないので、それはそれでいいのだけれど…。
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