カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

佐賀に水をあけられる長崎

2018-09-26 | 散歩
 久々に佐賀に行く。用事があって行ったというか、映画を観に行ったのである。長崎でも上映されていたが、時間が合わない。そろそろ打ち切りで、回数が減らされていたのだろう。ネットで検索すると佐賀でも上映されていた。時間帯もちょうどいい。朝飯を食べた後だったが、つれあいに確認してそれでいいという返事だったので、予約して少しダラダラして時間をつぶし、上映時間との調整をして家を出た。ナビの予測では1時間20分くらいはかかるらしい。この日は連休初日という事もあって、渋滞予想なども出ていた。しかしそういうナビの予測は、なんとなく外れて助かった。



 特に佐賀に恨みがある訳では無いが、長崎県民と佐賀県民は以前から相性が悪いとされている。佐賀はもと鍋島藩で長崎は天領だから、という説もあるが、そんなに古くからのものなのだろうか。まあ、お互いにバカにしあっている間柄というのは、単にお隣の県だからだろう。お互いに田舎具合が激しく、面白くない面がよく見えるのだろう。



 そういう事だが、僕の職場である事業所のスタッフの話によると、若い人などは時々佐賀に遊びに行っているらしい。何故だか僕は非常に驚いてしまうのだが、要するに佐賀に遊びに行くという文章に、すでに何かダサいものを感じる訳だ。そんなところに行ってどうするのだ? しかし僕らは、今まさに佐賀に映画を観に行っているのだ。長崎より佐賀の方が都合がいいという事実は、何とも口惜しい感じである。まあ、映画に関しては長崎は最初からダメな県なので、これはもう仕方ない訳だが、何か文化的に劣るような感覚は、やっぱりあるのだった。



 佐賀県民の自慢というのに、福岡に近い、というのがあるそうだ。これだから佐賀はバカにされるのだよ、と思うのだが、要するに福岡から距離のある長崎を馬鹿にしているらしいのである。そういう精神性は何とも悲しい感じがするのだが、島原の自慢に熊本が近い、というのも聞いたことがあるので、まあ五十歩百歩かもしれない。



 という事で映画を観て、少し遅めの昼食を食べた。入ったのはサイゼリヤである。説明は不要だろうが、馬鹿みたいに安いパスタの店である。でもまあこれも今のところ長崎には無い。福岡から遠い所為だろうか。
 友人の岩ちゃんはサイゼリヤで飲むこともあるらしい。ワインなどもあるし、いわゆる飲み屋としても使えるのだろう。昼間から飲めるような店はそんなにないが、そういう意味で重宝するのかもわからない。僕も出張中に数回利用したことがある。最初に入った時、まさに馬鹿みたいに安いので感動した。それにまあまあ旨いし。



 でもまあ佐賀というのはラーメンも旨いし、うどんも旨い。米どころで酒だって旨い。どういう訳か、ちゃんぽんにも個性があって面白いところである。そういう食べ物には困らないようなところであるが、観光だけがなんとなく弱い。そういうところが長崎の優位性だと思っていたが、日ごろの娯楽に差があるというのは、あんがい盲点だったな。
 ところで映画館は109シネマズ佐賀というところで、モラージュ佐賀というショッピングモールの中にあった。親会社が双日ということで、旧日商岩井系らしい。あのナイキを救った伝説の商社である。
 佐賀にはこのようなショッピングモールが三つあるらしく、激しい競争をしている。ゆめタウン佐賀とイオンモール佐賀大和、ともに規模的にはよく似ている。あと、ラウンド1スタジアムという娯楽施設もある。息子も遊びに行ったことがあるらしい。こういう商業娯楽の面では、やっぱり長崎は佐賀に後れを取っているように感じる。三菱も調子悪いようだし、長崎の衰退は目を覆うばかりなのであった。

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9月25日(火)のつぶやき

2018-09-26 | 時事
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観るのをあきらめるな!   カメラを止めるな!

2018-09-25 | 映画

カメラを止めるな!/上田慎一郎監督

 ホラー映画の撮影現場。鬼のような監督のもとストレスのある撮影が行われていたが、そのうち本当のゾンビがあらわれて、さらに深刻な混乱が広がる。それでも撮影をやめようとしない監督の狂気のままに、ホラーの闇が深まっていくのだったが…。
 その後の展開が重要なのだが、それを語るわけにはいかない作品。いわゆるネタバレごめん作品である。低予算で小さい規模での上映に限られていたものが、その面白さに人気に火がついて大ヒットにつながり、こうして劇場公開を観ることができたわけだ。
 話題になっていることは知っていたが、低予算ホラーは苦手な方である。ところが絶対に見るべきだという声も聞こえてきて、そこまで言われるのならと観ることにした。さらに長崎の上映時間と合わなくて、佐賀まで遠征した。結果、やっぱり面白かったです。これはホラー部分は客を選ぶだろうけど、後半は万人向けであろう。更にやっぱり人に薦めたくなるのもよく分かる。何故なら見なきゃこの感じはなかなかわからないだろうから。けっこう笑えて、観た者同士で語り合える作品ともいえるだろう。仲間づくりには欠かせない要素が詰まっていて、そこのあたりがこの作品の最大の魅力になっていると思われる。アイディアが何より良かったのだろうけど、低予算だからこそ面白さにつながっていることも素晴らしいのであった。まあ、気持ちは悪いんだけどね。
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9月24日(月)のつぶやき

2018-09-25 | 時事
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大会主管してました

2018-09-24 | 散歩
 今回は準地元長崎。某会の長崎大会主催のためやってまいりました。まあ、立場はお迎えするというものなんですけどね。



 まずは腹ごしらえ。居酒屋さんのランチでした。





 実はその後忙しくて、写真無いんですよ。
 資料詰めは人数集まって割合早く済んで助かりましたし、別段時間に追われていたわけでもなかったんですけど、会議やって打ち合わせやって懇親の席があって二次会あってコンビに行って部屋飲みしただけです。いよいよ始まって緊張感はあったかな。




 で、翌朝のホテルの朝飯。



 いよいよこれからが本番なのです。この日はあいにく雨でありました。





 スピーチは話の組み立て間違えたんですが、まあそんなに内容も無かったので何とかなりました。以前と比べるとそんなに緊張しなくなったな、と我ながら思います。でも、慣れてしまって何んとも無い訳でもない。もうちょっと何とかならないかな、というような思いがあるから、まだまだやれるのかもしれませんけどね。



 ということで弁当食べて午後の部へ。

 分科会廻らせてもらいました。みんな熱心、凄いですね。分科会によって緊張感が違いまして、質問だらけのところから、グループ討議で徐々に打ち解けるところまでさまざまでした。テーマが広くて難しいところもあったかもしれませんね。専門用語がよく分からないところもあって、改めて参加者の立場の幅広さも知りました。お仲間と言っても、普段やってることはずいぶん違ったりするようですね。

 懇親会でも挨拶して、役割終えたんで調子よく飲んで、アトラクション特等席で楽しみました。役得ですな、すんません。

 長崎組で二次会にもくり出しました。



 盛り上がりました。面白い話も聞けたな。事業所でいろいろチャレンジしてるんですね。僕等も頑張らなければ!



 まだ食い足りない、って人がいて…。



 やっちまいましたよ。




 部屋に帰って昨夜の残りのワイン飲んで、ほぼ寝落ちしました。



 最終日は全大会打ち合わせして、その後壇上に登っただけで何にもせず。ありがとうございました。
 講師の先生お迎えに行って、少しお話もしました。ほほ~、やっぱユニークな人ですね~。
 そのままお話も聞いて、ちょっと涙して、タクシーまでお見送りしました。最後までしゃべりっぱなしの人でして、面白かったです。


 さてさて、みなさん、終わって帰って行かれましたよ。お礼も言われましたけど、こちらこそ感謝であります。販売もお疲れ様でした。

 ウチの事業所の人とお疲れ昼飯。近くのアミュだと人だかりだろうということで、やっぱり居酒屋ランチとなりました。けっこうボリュームあって、コーヒーまでついてました。
 簡単な反省会兼ということですが、笑いあって良かったです。確かにちょっと疲れましたね。その後職場に戻ったんだけど、疲れてはかどらなかったです。




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9月23日(日)のつぶやき

2018-09-24 | 時事
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田舎に帰って心の傷は癒えない(場合がある)   シンクロナイズドモンスター

2018-09-23 | 映画

シンクロナイズドモンスター/ナチョ・ビガロンド監督

 失業して酒浸りの日々を送っていたが、同棲している彼氏からも見切られてアパートを出ることになり田舎に帰る。空家となっている自宅に戻りはするものの、何のプランも無い。そこにちょうど幼馴染の男性が通りかかり、彼のバーで働き出すことになる。アル中のケがあるので毎日飲めてハッピーだし、生活は相変わらず破綻気味だが、皆優しいので形の上では何とかなっていたように見えていた。ところがちょうどその時、韓国のまちに怪獣が出現する事件が起こる。時差の関係もあるが、彼女が朝方公園で何かをしている時に、その怪獣も活動しているらしいことが気になりだす。何の因果があるのかは全く不明だが、何かその不思議なつながりのようなものに、彼女の心も囚われていくのだった。
 アン・ハサウェイがほとんど重要な映画。彼女の変な感じがなければ、なかなか成立しえないハチャメチャな物語だから。特に重要な意味など必要ないのかもしれないが、だらしなくも放っておけない存在だからこそ、まわりの男たちの奔走が始まるわけだ。物語は素直には進まないし、結末もなんだかわけ分からないが、なんじゃこりゃ、という映画は楽しむことはできる。子供のころの体験って大切かもしれませんね。
 怪物が現れる舞台が韓国だったのは何故だろう? 撮影しやすかった何かがあったのか。人をたくさん使うので、エキストラを雇いやすかったとか。また設定では少なからぬ人が死んだはずで、そういう部分のアメリカ人への感傷への考慮があったという事か。しかしながら最終的にはこの遠い場所にトリックもある訳で、まったく効果が無い訳では無い。
 最終的に誰と付き合うべきだったかとか、考えにくい謎は残る。いろいろつらいことがあっても、安易に田舎に帰っても仕方ないじゃないか、という映画かもしれない。過去には邪悪なものがあった訳だし。そういう意味では、都会で苦労している人は、都会で骨をうずめてください。一花咲かせることが出来るかもしれないし、そのままダメかもしれないですけどね。
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9月22日(土)のつぶやき

2018-09-23 | 時事
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名刺は相手を愚弄するか?

2018-09-22 | 境界線

 愚行録って映画を観てたら、渡した名刺の上に水滴滴る生ビールのジョッキを載せても、そのことに気づかないまま話に熱中する男の場面があった。名刺を渡した記者は、そのことに気づきながら、その男自体に嫌悪を抱いている様子ながら、取材なので静かに話は聞いているのだった。
 映画としては、なかなかいい演出だと思う。相手の性格も分かるし、そんな人間を好きになれるわけがない。しかし、そういう生き方をしている人でも、社会的にも成功者になったりする。社会というのは不条理なのだ。
 ところで名刺の扱いには、確かにうるさい人がそれなりにいるようだ。宴会の席で名刺交換をしていて、ある人が名刺の裏に何か書き込んでいた。それを見ていた人が、激しく叱責しているのを見たことがある。その人の分身である名刺をそのように扱うことは大変に失礼だ、という事らしい。そういう宗教でもあるのかな。
 名刺をもらったその場でするのかどうかは分からないが、もらった名刺にその時のエピソードなどを書き込んでおくことを進めているビジネス書を読んだことがある。そうすると相手のことを忘れにくくなって良いという事だったと思う。実践したことは無いが、まあ、そうかもしれない。
 名刺に何か書き込んで、それを渡すという人はいる。それは自分の名刺だから、それでいい。中には人の名刺にいろいろ書いてくれる人もいた。要するに紙なので、メモにも使える訳だ。
 以前仕事で挨拶に行った折に、担当の人が名刺を持っていなかった。うちの会社はケチで経費で落ちないので名刺が無い、と言っていた。へえ、と思ったが、会社の信用よりその人の信用が今一つ、という印象をもった。ただ名刺が無いと言われたところで、特に気にしないだろうに。
 営業の人で、何度も名刺をくれる人がいる。どういう理由かは分からないけど、一日に何枚配るか、何か目標にでもしているのではないか、と考えたりした。逆に営業に来たら、必ず名刺をくれという人もいた。実際に会社などを訪問したかどうかの、証拠物件にでもなるんだろうか。大変な上司を持ったもんだな。
 青年会議所時代には、名刺に写真がついている人が多かった。これは確かに便利だった。たくさんの人と名刺を交換すると、分からなくなる場合はある。写真だと名前より思い出せる。しかしながらそのまま会社などの名刺に写真を使っている人というのは、あんがい少ない。お金の問題もあるかもしれないけど、何か文化の違いがあるんだろうか。良いと思っていたはずの僕だって、自分の名刺は写真付では無い。どうしてだろう。
 やたらに凝った名刺をもらうことがある。サイズが極端に違ったり、分厚かったり、いろいろ書いてあったりする。やっぱりそういう方針というか信念というか、考え方があるんだろう。ふーんとは思うが、だからその名刺についていろいろ説明を受けても、特に感心したことは無い気もする。でもまあ少数派ではあるようで、一定の目立ち効果はあるかもしれない。もちろん感心してないから、マネもしないが。
 名刺の扱いなんて、たいして重要では無い、と書こうと思って思い出したが、名刺を渡した相手が、そのままテーブルの上に僕の名刺を忘れて帰ってしまったことがある。別に怒りはしないが、確かにそれとなく悲しい気分にはなったな。まあ、おっちょこちょいな人なのかもしれなかったが、そういえば仕事にはつながらなかった。別に怒ってたわけじゃないけが、そういうものかもしれません。最低限は気を付けましょう。
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9月21日(金)のつぶやき

2018-09-22 | 時事
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いい思い出ではないが懐かしい感じ   僕らの七日間戦争

2018-09-21 | 映画

僕らの七日間戦争/菅原比呂志監督

 宮沢りえの初主演作としてカルト的(?)に人気の高い作品。徹底した管理教育に反発した中学生たちが蜂起して、何か防衛相関連施設らしい廃墟に立てこもる。そこに捕えに来た先生たちと対峙して戦い、何故か廃墟にあった戦車などを使って警察とも戦うという一大事に進展するのだった。まあ、連合赤軍の浅間山山荘事件を暗示しながら、中学生を使ってずいぶんソフトに大きな事件を矮小化したものと考えられる。基本的にはファンタジーで、結局なんだかよく分からない展開になって終わってしまった。宮沢や教師役の俳優たち以外のキャストは、今はどうなっているのかよく分からない。いかにも80年代らしい雰囲気があって、懐かしいのだけれど、物悲しくも感じられる。映画としてはちょっとなんとも言えない出来栄えであるが、驚異的にかわいい宮沢りえを見るだけでも、価値があるという事かもしれない。
 教師や機動隊などが籠城している廃墟に突入してくる訳だが、さまざまな抵抗を試みて撃退してしまう。映像を見る限りでは、そうとう怪我をしたりしたはずであるが、これが咎められない訳がないという思いがしてしまう。そこのあたりがファンタジーという事にしないと都合が悪い。
 冒頭に抑圧された学校の風景が描かれるが、これも今となってはファンタジーに見える人が多いのかもしれない。しかしながらそう思う人には意外に思うかもしれないが、僕らの頃の中学高校は普通にこんな感じだったな、とも思った。教師は好き勝手に暴力をふるい、生徒の持ちものを奪い、暴言や抑圧で支配していた。学校に行くのは本当の馬鹿らしいものだったが、他に行くところが無いし仕方なく教師たちの遊びに付き合っていたものである。おかげでロクな大人になれなかったけれど、そういう時代だったのだから現在がある。僕らは単に犠牲になっただけのことである。
 という訳で、僕らは辛うじて教師を殺さずに成長できた。それだけはかなり幸運だったな、と改めて思い起こした映画だった。
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9月20日(木)のつぶやき

2018-09-21 | 時事
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歩き始めは足の裏が痛い

2018-09-20 | HORROR

 体調のことが話題に上がることが多くなった。ほとんどシリーズ化が可能じゃないかと思える。僕が特に気にしているのは、足の裏のことなのである。それというのも足の裏が痛いから。
 ふだんから日課として散歩するが、歩きはじめに既に痛い。しばらくすると忘れるけど、主に土踏まずのあたりが痛いような気がする。飛び上るくらい痛いというのではないけれど、なんか痛いんだけどな、と思う。毎回そんな風に思いながら散歩を始める。帰ってくると、歩いている時のような痛みでは無いにせよ、今度はコリがあるような痛みに変わっている。まあ、運動したんだからしょうがない、と思っていた。
 座ったりすると、自分で指圧してみたりする。痛くて気持ちがいい。場所によってはひどく痛む。指の付け根の裏だとか、やはり土踏まずは全体的に痛い。足の真ん中よりちょっと上あたりもひどくいたいかもしれない。
 内臓が悪いと足の裏が痛くなる、と脅されることがある。僕の内臓はひどく悪いと知っているし、嫌な感じである。そういう本を引っ張り出したりネットでみたりする。おおむねなんだか胡散臭い。足の裏と内臓がつながっているという記述があったりする。つながるったって、どうつながるんだろう。そういう理屈が今一つ信用ならない。
 確かに足の裏を何か専用の器具で押して、痛い痛いと言いながらマッサージを受ける人がいる。特に趣味の人でもなかろうが、それが健康法のような風に信じているのかもしれない。竹踏みをしている人も聞いたことがあるし、痛いけど頑張ることが健康にいいという事だろうか。痛いというのがなんとなく気になるが、本人が満足なら仕方がない。
 以前ある先輩が、やはり足の裏をギューと押すのを日課にしていると言っていた。本当に涙がこぼれるくらい痛くて、またそれくらいやるから僕は健康なんだと言っていた。なるほどそんな健康法があるんだな、とその時は感心しないまでもほほーっと思った。それからのちその人は、何年もしないうちにガンで死んでしまった。今思うと、足の裏だって痛くなるような事があったのかもしれないな、とも思う。
 気になるというか、やはり足の裏の痛みは、若い頃と多少違う感じがあるかもしれない。器具を買って試してみたが、あんまり固い奴は痛すぎるような気がする。押している手は楽だけど、受けている足の裏が楽では無い。でもまあ自分で指圧しても飽きてしまうし、長続きしない。長続きしたから良いかどうかも分からない。
 そうして散歩に出ると、やっぱり足の裏が痛いな、と最初は思っているのである。
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9月19日(水)のつぶやき

2018-09-20 | 時事
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山の暮らしは困ることもあろう   ベル&セバスチャン

2018-09-19 | 映画

ベル&セバスチャン/ニコラ・ヴァニエ監督

 フランスでヒットした映画だという。原作も有名らしく、アニメ作品もあるらしい。もちろんそれらのことは知らなかった。自然描写が美しく、フランスという国は田舎も壮大なんだなと思った。
 戦時中ドイツの占領下にある山中の村には、野獣が家畜を襲う被害が出ていた。ところがそこに暮らす少年と巨大な犬は、なんとなく心を通わせるようになり、この野獣騒動はとばっちりであることが分かってくる。しかしながら大人たちからは、この犬は命を狙われることになる。少年の言うことをよく聞いて、この賢い犬は難局を乗り越えていくのだったが…。
 犬を使った映画のようなものは、どうしても人間の都合で演出するので、ワザとらしいところが出てしまう。特にこの犬なんだが、明らかに最初から心優しさが出ている。野犬の恐ろしさが伝わってこないのである。もう少しオオカミのような犬を使うべきだったのではなかろうか。もしくは牙が出ている奴とか。まあ、いい犬だからこそ交流が美しい訳で、キャストとしては仕方なかったのだろうけど。
 僕は学生時代には貧乏旅行を楽しんだりはしたものの、冒険というものには縁が無い。今後もするつもりはない。理由はお腹の調子がいつも悪いから。特に午前中の移動というのに不安がある。この映画のように険しい山中を踏破するような試みは、とてもできそうにない。要するに戦争になったら、すぐに殺されてしまうクチだろう。この映画のように大自然の中動き回る人々は、トイレはどうしてるんだろうな、といつも思う。映像的に難があるのでトイレシーンなどは割愛されているのだろうけど、まあ、野グソをしてるんだろうね。仕方ないだろうし。
 いいお話というのは分かるのだけど、ちょっと中途半端な感じが最後までぬぐえなかった。たぶんなんとなく健全すぎるからではなかろうか。子供向けの映画であっても、そういう部分はちゃんと作り込まないといけないのではなかろうか。確かに少年と犬というのは、絵になっているとは思うのだけれど。
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