選挙の話になると、本当にたいがい誤解ばかり、という感じ。悲しいことに政治的にそれなりに理解ありそうな感じなのに無知、という人が本当に多い。大人ってこんなに馬鹿なんだなって改めて思います。僕の若いころと何ら変わりはないのだけど、いつの間にか僕と同じ世代の人々が、昔の馬鹿な大人になっただけというか……。当事者なのに、いまだに社会が悪いと思い込んでいるんでしょうかね。それはあなたのせいなのに。
でもまあ、考えてみると、馬鹿がいるから今の社会もあるのかな、とも思う訳で。こういう人たちは学歴は高い人も含まれているんだろうけど、そういう保険のかかった社会では上手くいくこともあるのかもしれないけど、結局融和的なことに欠けている、ということかもしれない。話せばわかるという民主的な取り組みは、相手の意見も聞くという事であって、自分の考えの押し付けではない。だから民主的な最終決定の多数決が成り立つわけで、今の政治はそれのための手続きに時間がかかりすぎている。圧倒的な数の優位性がありながら、なかなか早くに決められなかったり、誰かが即決して物事を進めることは、ほとんどなくなっている。結局それでいわゆる専門的に正しいという解答がありながら、政治的にゆがんだ世界になっているだけのことである。大衆に理解がないのだから、政治的に歪んでいる訳である。
そういうことは分かっているのだが、人間的にそれを許容しているのが、今の政治だ。だからそもそも何かは間違っている。しかしそれが民意なのだ。そうして戦争はなくならないし、対立は顕在化している。人間というのは、それだけ愚かさを含んでいるから人間らしいのだろう。根本的には人間は愚かなので、政治があるのである。
いい加減理解したほうがいいが、理解できないから大衆であり、ゆがんだ個人である。悪いのは政治家ではなく、自分自身だ。ガス抜きのために他人があるのではない。自分に向き合うことなく政治は無いのであって、不満に思う世の中は、自分の中にあるのである。行動すべきはそういう意味での民主性なのである。馬鹿でいられるのは本人の自由かもしれないが、ちゃんと目覚めないと、いつまでも民主的な人間になれないまま死んでしまいますよ。
※ 後で読み返すと、何に怒っていたんだろう。僕が戦うべきものは、そんなものでは無いのだけれど……。しかし毒というのは、時には吐く必要もあるのかな、とも考えたので、そのままにしておきます。どうもすいません。