リンカーン/スティーブン・スピルバーグ監督
伝記ものというのはそれらしく作られているとそれらしい訳だが、いくら有名な人のものであるとはいえ専門家でもないし、後に伝わる逸話というのが正確なものばかりでないことが多いわけで、実際にはそれらしいというのが一番怪しい。これを見ていてまず思ったのはそういうことだ。現代人に分かるように描くためには多少のデフォルメは必要だし、なおかつこの話のように偏見や密室のドラマが繰り広げられているようなお話になると、細部がそれらしいからといって、素直にそのようであったとは、逆に考えにくいのではないか。当時のアメリカの偏見というのは根深いものがあるし、現代には現代の偏見がある。特に奴隷制というような現代と180度真逆の価値観を語るときには、その複雑さの入れ込み具合には途方もない紐解きが必要だろう。実際に南北戦争が終結して奴隷制が法律でも禁止となったのちになっても、それなりに長い時間をかけて奴隷解放や差別というものが変化を遂げていったのは紛れもない事実だ。当時の人の自由の概念と現代における自由というのは、正確な意味で一致することは無いだろう。議会において圧倒的に多数派であった共和党の方が、北では奴隷解放をうたって戦争を優位に終結させる(ヨーロッパ諸国からの資金援助などの問題もあったようだ)方便にしていたという話も聞いたことがある。映画の中でも語られている通り、個人的な動機としては、奥さんから子供を戦死させないため強く言われていたという事もあるようだ。やはり戦争に勝たないことにはどうにもならない訳で、そのために有利に政局を進めるという事が、何より大きな動機だったのではなかろうか。非難しているわけでは無く、歴史というのは勝者の持つ最大の特権的な解釈である。後に敗者の言い分が発掘されたとしても、それが歴史的に残ることは稀であろう。要するにリンカーンというのは、偉大な勝者の代表のような人であって、それが歴代の米国の偉大な大統領の象徴なのである。
映画としては正直にいって抑揚が少なく、たいして面白いものでもない。主役の俳優の演技力は評価されたが、ダニエル・デイ・ルイスというのはぶっ飛んだ演技が最も素晴らしいと思っている僕のような人間にとっては、かなり残念な演出であるとも感じた。実にもったいない。正直言ってスピルバーグも焼きが回ったな、というようなことを考えさせられる作品になっている。まあ、失敗作もそれなりに楽しめる人には、帳面消しに観ておいてもいいのかもしれない。