小高い集落の上から4番目くらいに自宅がある。ピークは高速道路の上にかかる高架の道があって、それが別の高みの集落へつながる道になっている。以前は周りは田圃か畑で、一つとなりの細道のさらに高見に墓所がある。子供のころは、ここで凧揚げをして遊んでいた。
当時道は舗装されておらず、雨が降るとあちこちに溝ができた。それをせき止めてダムをつくって遊んだ。この通りに僕の家があるきりで、お隣は500m以上は間があったはずである。うちは鶏を飼ったりヤギを飼ったりしていたが、特に農家ではなく、そのような暮らしに憧れた移住人の家族といったところだったのではなかろうか。自宅から下の土手は一面の梅畑になっていて、自分の庭では無いが、まだ寒い春先には見事な梅の花が咲き誇った。
時は流れてこの辺りは、それなりの住宅地に様変わりした。聞くところによると、自衛官や教師などが土地を買い家を建てる場所として、まだまだ安価で見晴らしのいいこの辺りが好まれたのだという。もちろんそれ以外の人々もいるのだが、僕らから下の世代の子供のいる夫婦が、手狭になったアパート暮らしから、一軒家を購入する人が流れてきたのだろう。
家が建つにつれ道路は舗装されていき、ぼちぼちと交通量も増えていった。僕も成長し、いつの間にやら自分も車の運転をするようになった。それでも僕の家の前の道というのは、基本的に入り組んだ住宅への足掛かりのような道で、一番外側を通っている準幹線道とはちがう。時々この家々と関係のある人がこの道に入り込み、抜けていく。
僕の使っている駐車場は、長い土地の一番下にある。斜めに入り込むようになっていて、都合5.6台は十分に止められるスペースはあるが、その出入り口の右わきには段のあるブロック塀が立っていて、見通しが悪かった。出庫するときは、そろりそろりと車の頭を出し、自分はよく見えないが、通行する車の方がこちらを見つけて注意してくれたらいい、という感じだろうか。そういうことを続けて早や数十年。時々クラクションを鳴らされる程度で、事故が起こったことは無かった。
ところが一年ほど前だろうか、そんな風にそろりそろりと車の頭を出していると、キキーッという音と共に自転車が突っ込んできたのである。厳密にはスリップして、止まるときにその人の足が僕の車のバンパーを蹴った感じだった。中学生の男の子は、それからまた自転車をこごうとして、おっとっと、と今度は溝にはまった。僕の車との出会いがしらのショックに動揺して、うまく運転できなくなったのかもしれない。車から降りて無事を確認し、ちょっと話を交わしてみたが、まあ、驚いて冷静さを欠いていたのだのだろう。怪我も痛いところもないということで、うちはそこだから、と伝えて中学生は去っていった。
こういうのはやはり車の方が分が悪そうで、いや分がどうだとか言う前に、こういうのは何とかすべき問題である。その後ブロック塀にはびこっているツタ状の植物を一部はぎ取ったり、少し視界を明るくはしてみた。しかしどうにも都合は悪い。向かい側のブロックに鏡を設置させてほしいとも思ったが、こういうのは斜面の下側になっていて、不動産屋が自分の業者に、などということがあるらしい。そんな大げさなものが欲しい訳ではないし、それではやはり自分の家の側の土地に何かを……。ということで、ホームセンターに行って、家庭の鏡のたぐいをいろいろ見て、壁に貼り付ける類のものがあったので、それを買ってきて駐車場のブロックの角に接着剤でつけておいた。設置してもよく見えないのだが、まあ何らかの影さえ映ればいいだろう。
しかしながらこれが、やはり勝手が悪いのである。見えているのかどうなのかよく分からない。角度が悪いのかもしれない。せっかくブロックにくっついていたが。半分くらい剥がして、そこに別の石などを詰めて角度を作り調整して見た。ぼやっと何か見える気がしないではない。
ところがである。また今度も自転車の急ブレーキ音がしたのである。自転車は僕が車を出す側に沿って、坂道を下って来る。ちょっと前が見えた時は、ずいぶん近くに居たものらしい。これもギリギリセーフでぶつかりはしなかったものの、危ないのである。それにミラーには見えなかったのである。本人は前を見てなかった、と言っていたが、いや、結局僕の方が悪くなるだろう。
ということで、結局ネットで探すとブロック塀に設置できる設備と一緒に、ミラーが売ってあるではないか。聞いていたものよりもだいぶ安価だから、すぐに買って設置してみると、思ったより簡単なうえに、ものすごく都合がいいではないか。これまでのことが何だったのか、と思えるほどによく見える。気を良くして、妻の車の出入り口にも二つミラーを設置までした。この通りにミラーが増えて、通行人は何か思うことがあるかもしれない。それらはすべて、安全のためである。遅ればせながらだが。
日頃からできることはやるべきだ、なんてことを言っているくせに、こんなことには時間がかかってしまった。反省すべきは日ごろの行いである。ということで、気を付けます。